夢想還魂 3
六情高校から約1.5キロ離れた場所にある商店街の中を梓麻は歩いていた。
平日ながらもそれなりに賑わっており、子供連れの家族や主婦達、同じく始業式で早く終わったであろう他校の生徒達が寄り道とばかりにすれ違う。
その度に髪色の事や容姿もいいのでそれなりに注目が集まるが、まるでそのことに全く気が付いていないように動じる様子は無く堂々としていた。
すると奥へ進むにつれ、何か匂いが漂っており一瞬彼女の足が止まるのだが、何かに気が付いたように再び早足になりながら歩き始める。
辺りを見渡しながら梓麻は小さな紙に書かれた地図を見て目的地を確認し歩き進む。
その目的地は商店街から外れて直ぐにある小さなビルなのだが、訪ねようにもインターホンが無い。有ったであろう所はセメントで埋め潰されている。
なんでと思いながらも取り敢えず扉をノックするが返事は無い。何度か時間を空けてノックするも応答が無い為、完全に留守の様だ。
扉を開こうとガチャガチャとするが当然鍵が閉まっていて開かない。
「開いてないわね…。約束の時間まで居ないって言うのは分かるけど十九時に来いって流石に遅すぎるわよ。今から九時間も何処で時間を潰せっていうのよ…全く。荷物が届いていたらやることがあるっていうのに…」
諦めて再び商店街へ向かって歩いて行く。
先ほどまでは目的地があった為、気にしてないようにしていたが、その場に漂うそのいい匂いがしてとても気になってしまう。
「おや、いらっしゃいお嬢ちゃん何がいるんだい」
店員のおばさんの声にはっとした。その様子を不思議そうに見られる。
「どうしたんだい?」
「い、いえ何も…」
いつの間にか無意識に精肉店の前まで歩いていたなんて。店の前に立ってしまった以上、何か買わなければ…。でも何を…。
普段こういう店に来たことがない為、何を頼めばいいのか分からない。それに生肉なんて買っても保存する為の場所なんてないし…。すると彼女にとって見慣れないモノが目に留まる。
「これって何」
そう気になったその茶色いものに指を指して尋ねる。
「おや、こういったモノは食べたことは無いのかい?これは揚げ物って言ってね。大量の油に浸して揚げられたものだよ。揚げたてだからどれもおいしいよ」
「揚げ物…。どれがいいの?」
「おすすめかい?そうだね。やっぱり私自慢の特製コロッケかねぇ」
「では、それを一つ」
「はいよ」
店員のおばさんはそれは慣れた手つきでコロッケを紙袋に入れて差し出す。
「はい70円ね」
「はい」
「100円だから30円のおつりね。ありがとうね。お嬢ちゃん、初回だからサービスしといたからね」
「サービス…?ありがとうございます」
店を離れて何処か座れる場所はと探していると、少し離れた先に公園を案内する看板があり、その方向へ進む。
公園のベンチに座り紙袋を剝く様に折り曲げて中にあるコロッケの半分をさらけ出す。
それを物珍しそうに観察をして一口食べる。揚げたてなのか齧ると音が鳴り、じゅわっと美味しさが広がる。
その一口を咥えた瞬間、瞳の色が変わる。
美味しい…これがコロッケ…。
彼女にとってコロッケは初体験であり、その美味しさに少々はしたなくがっついてしまっている。
だがそんなことなど身に覚えなどないように、味の余韻に浸っており、もう無くなったっと思っていると袋の底にまだ何かが入っているのが重さで分かった。
まだ何か入っていると、中を覗くと底には同じく揚げ物の衣をまとった細い円柱型の物が入っていた。
それを先と同じように出して食べる。
それは先のコロッケの様なのだが少し違った。ジャガイモ細長くスティック状にしたものに薄切り肉を巻いて揚げたようだ。ただそれだけなのだが、先のコロッケに引けを取らない美味しさであり直ぐに食べ終えてしまった。
「はぁ…こんなにおいしいものがあったなんて…」
そう満足してまだ残る余韻に浸るように空を見上げて呟いていた。
空はそれはそれは快晴で鳥たちが飛んで過ぎていた。公園内というのもありビルに囲まれているにも関わらず木が幾つか立ち並んでいることもあり、空気が気持ち良く。海が近いからか潮の香を微かに感じる。
そう眺めていると幾つもの透明な球体が真上を通っていくのが見えた。
軌道をなぞるように見下ろしていくと、そこには母親と園児八人のグループがあり、大小様々な道具を使ってシャボン玉を膨らませて戯れていた。
その様子を見て微笑み、自由に飛んでゆくそのシャボン玉達を少し羨ましそうしばらく眺めていた。
さて、これからどうしようかと考えるも美味しい物を食べて気分がよく、取り敢えず時間はいっぱいあるし歩いて回ろう。と立ち上がり歩き出す。
商店街の中にはいろいろなお店があり、その中で目に入ったのは店前に並びに動くからくり玩具のあるお店だった。
一体どういう仕組みでそれが動いているのだろうと、まるで職人のような立ち振る舞いで暫く観察しながらそれらを見て回った。
そして店を出ては次の店へと入りそれらを見て回る。たまに少々欲しいものを見つけるが、この時間に買っても手荷物になると諦める。
しばらく歩きまわると、空腹を感じてきた。
商店街の通路にある壁掛け時計を見ると既に13時を過ぎていた。
見て回るのが楽しくていつの間にか結構時間を潰せていたようだ。
お昼は何を食べようか…と辺りを見渡すもビル近くというのもあってか居酒屋などと夜からのお店が多いい。
もう少しお腹を空かせるために歩こうと商店街を出て次の目的地を探すために辺りを見渡すと、この街の周辺地図の案内の様な物があり、それを手に取って見ると真っ直ぐ行った先に図書館があるようだ。そしてその周辺に食事処もいくつかあるようだった。
ちょうどこの街の事も調べたかったし食事を済ませて図書館に行こう。と目的地が決まり歩き出す。
周辺には和食に中華、洋食のレストランにお好み焼きや焼き鳥専門店と様々な食べ物屋さんがあり、悩みながらも先ほど揚げ物を食べたからさっぱりかあっさりとした食べ物が食べたいと思いながら見渡すとうどんという文字が見え、そこで軽く食事を済ませ、図書館へ向かった。
その図書館は最近開館したばかりの様で人がそれなりに多く入っていた。
特に近くに幼稚園や中学、高校が近い為に商店街と同じように制服姿がよく目に入った。
その施設には本だけでなくビデオテープや最近広まってきたDVDの物も棚に並んでおり、近くを見るとそれを再生する個室があった。
そこには張り紙がされており、どうやら受付で専用のカードとヘッドホンを受け取り利用するようだ。
だが、棚に並ぶそれらは洋画やアニメといったものが多い為、今回は利用する必要はない。
今回調べたいのはこの街のことなのだから。というのもここに来る前に紹介してくれた知人から軽くだが、ある話を聞いていたからだ。
だが、図書館中を探すもそれに関するものは一切見つからず、諦めて自分の趣味である物作りの本を読み漁っていく。
約束の時間になったらその時に教えてくれると聞いていたので、実際は調べる必要はない。
ただ、事前勉強として調べたかったに過ぎないから、無いなら無いで仕方ない。
暫く読み漁り満足すると、明日の為にもテスト勉強でもしようと思い出し二つのノートを広げ勉強を行う。
そう勉強をしばらくしていると、うずうずとしてその手が止まり、本を取りに行く。
その本は発明、からくりの歴史資料の本だ。
物作りは良い。例えどんなにも小さなものでも細かく沢山の部品達が複雑に噛み合い、大きさに似合わず、用途に応じて様々な仕事をこなしてくれるのだから。
作るのも使うのも見るのも昔から変わらずとても楽しめられる。こうして改めて見る事で新たな発見にも繋がるのだから。
と持っていたノートに道具の絵を描き、使用用途や仕組み、使われてそうな部品を想像して書いていく。
これが一人でやる事ができない時、暇な時にする行う彼女の日課の一つである。
「おや、まだこんな時間まで居たのかい?お嬢ちゃん」
この図書館の管理人なのか優しい声のおじいさんが後ろから話しかけてきた。
こんな時間?そう携帯電話を取り出して時間を見ると18時半を過ぎていた。当たりを見渡すとおじさんと自分以外に人の気配を全く感じず、人が居ないためか少し不気味な感じがした。
「…閉館時間は何時でした?」
「うちの閉館時間は19時なんだけどね…。今日は早めに帰りなさい」
「今日は?」
そう首を傾げると。不思議そうな顔をした。
「おや、お嬢ちゃん最近越してきたのかい?」
「はい。今日来たのだけど」
「そうか、それなら知らないのも仕方ないな。ほら、そこの窓から外を見て見なさい」
そう指差す方を見るとぼんやりと赤暗くなっていた。
ほんとにこんな空になるんだと見入ってしまう。
「この辺ではね、子供の時から赤い空の日には早く帰りましょうって言われてるんだよ。そうじゃないと怖い怖いお化けに連れ攫われてしまうってね。それに実際、赤夜の日は不気味な事が起きているからねぇ。最近では流行病で入院した人が出てるって言うのも聞くしなぁ」
「そうなんですか…。分かりましたこれから帰らせていただきます」
「うん、そうしなさい。本は私が片付けておくから気をつけて帰りなさい」
「ありがとうございます。では」
そうお辞儀をするとおじさんは優しい笑みを浮かべながら手を振って見送ってくれていた。
外を出ると夕焼けにしてはかなり濃い真っ赤な空で雲が赤黒く見え、その景色の様子が少々というよりもかなり不気味に感じる。
そして当たりを見渡すと車の通りも昼間に比べてかなり少なくなっており、歩いている人も2、3人程度しか見当たらない。
もう、そろそろ約束の時間だしさっさと最初の目的地へと向かおうとすると、丁度よくすぐ側のバス停にバスが止まった。
ここから商店街まで1キロも無いけど少し遠いし、歩くよりバスの方が楽でいいかな。
そう思いバスに乗る。
中には仕事帰りだろうかスーツ姿の男が一人、カップルらしき若い男女がいた。
先の話もあってか、かなり空いている。入口のそばにある席に座り外の赤い空を眺める。
図書館で調べようとしていたのは、正にこの赤い空の事だ。
ここ六情市にはもう一つ呼び名がある。
赤き夜の町。
赤夜町。
街の様子を見た通りごくごく普通の街である。この現状を除けば。
その名前の通り度々、今のような夕焼けに空を本当に焼かれた様に不気味な赤い月と赤黒い雲が覆う夜空になっている。
それはただ不気味でもあるが、人によっては綺麗に思う人もいるだろう。
なぜ赤い空になるのかということは未だ判明していないらしく、この街について書かれている本を眺め見たが何処にもこのことに詳しい情報は無い。と言うよりもそもそもこの赤い空について記されている本が一つもない。
まるでその事にあえて誰も知ろうと、触れようとしない、そもそも興味が無いように見える。
現に頻繁に赤い夜空になる街なんてあれば田舎であったとしても外に知れ渡るはずだ。だが、知人からその事を聞くまで知る事など無かった。
何故だろうと考えていると、少し眠気が来てウトウトと瞬きが深くなってしまう。
すぐ着くのだから寝てはいけないと、眠気を覚まそうとするも眠気は覚め無いため、何とか眠るまいと眠気に耐えていると、いつの間にか静かでバスが止まっていた。停留所に着いたのかと思い少しの間閉じていた目を開くと、それを見て固唾を飲む。
目の前に映ったのは赤黒く気味の悪い朽ち果てた異様なバスの中だった。
「何…これ…」