婚約者の弟妹
8/3朝の日間総合ランキングで4位に、8/3昼の日間総合ランキングで3位に入っていて驚きました…!
これも、読んでくださり、応援してくださっている皆様のお蔭です。本当にありがとうございます。
また、誤字報告もありがとうございます、修正しております。
グランヴェル侯爵家に馬車が到着し、大きな外門から、速度を落とした馬車が屋敷まで続く石畳の道をごとごとと通り抜けると、屋敷の前で止まった馬車の中、ライオネルの父が息子の肩を優しく揺すった。
「屋敷に着いたぞ、ライオネル」
薄く瞳を開いてから幾度か目を瞬いたライオネルは、父の言葉に頷くと、正面に座っているエディスを見て穏やかに微笑んだ。
「すっかり君の気遣いに甘えてしまったが、お蔭で体調も落ち着いたよ。ありがとう」
「それは何よりです、ライオネル様」
(よかった。ライオネル様、顔色も少しよくなったみたいね)
ほっと胸を撫で下ろしたエディスは、馬車から降りるライオネルに従者と一緒に手を貸して、彼を車椅子に乗せると、目の前に立つ立派な屋敷を見上げた。歴史を感じさせる上品な佇まいの屋敷は、オークリッジ伯爵家とは比べものにならないほど大きく、エディスは小さく息を飲んだ。屋敷の前には、既に幾人かの使用人たちが並んでおり、屋敷の玄関の扉からは、ちょうど一人の青年が走り出て来るところだった。馬車の前まで軽い足取りで駆けて来た青年は、ライオネルとその父を見てにっこりと笑った。
「兄さん、父上! お帰りなさい。ああ、そちらが……」
ライオネルと同じ黒髪で、ライオネルよりも紫寄りの瞳をした、年の頃はエディスと同じくらいと思しき青年は、人好きのする笑みをエディスに向けると、彼女に右手を差し出した。
「ようこそグランヴェル侯爵家へ、エディス様。俺はクレイグ、ライオネルの弟です」
クレイグは、端正で品のある顔立ちをしていて、ライオネルの面立ちともどこか似ていた。エディスは、やはり二人は兄弟なのだなと感じながら、クレイグに微笑みを返すと、少し緊張しながらも彼の右手を握り返した。
「初めまして、クレイグ様。オークリッジ伯爵家から参りましたエディスです。これから、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくね、エディス様。それから、向こうにいるのが……」
クレイグが振り返った先に視線を向けると、玄関の扉に半ば隠れるようにして、艶のある黒髪に赤紫の瞳をした、まだ七、八歳と思われる幼い女の子が、エディスのことを見つめていた。
「妹のアーチェです。アーチェ、兄さんの婚約者のエディス様だよ。ご挨拶なさい」
その場からじっと動かないまま、無言のままでぺこりと頭を下げたアーチェに、エディスも丁寧にお辞儀を返した。
「私はエディスと申します。こんにちは、アーチェ様」
警戒心の強い小動物のように、大きな瞳でじっとエディスを見つめるアーチェを見て、エディスは思わず口元を綻ばせた。
(何て可愛らしいのかしら……!)
エディスはつい、にこにこと笑ってアーチェに小さく手を振った。一人っ子で、兄弟姉妹に憧れていたエディスにとって、ライオネルに弟妹がいることは、少し羨ましくもあった。
ライオネルは、扉の陰から出て来る様子のないアーチェの姿を見て軽く苦笑すると、エディスに向かって口を開いた。
「すまないね、エディス。数年前に母を亡くした影響もあるのか、アーチェは人見知りが激しくてね」
「いえ、ライオネル様。弟君がいらっしゃるというお話は伺っていましたが、可愛い妹さんもいらしたのですね」
にこやかに目を細めてアーチェを見つめるエディスの姿に、ライオネルも安心したように微笑みを浮かべた。
「ああ、そうなんだ。アーチェは、僕や弟よりもかなり年が離れているのだが、なかなかませた女の子でね。エディスになら、そのうち心を開くと思うのだが、気長に待ってやってもらえればと思うよ」
「はい。いつか、アーチェ様とも仲良くなれたら嬉しく思います」
まだ探るような視線でエディスを見ていたアーチェだったけれど、エディスには、そんなアーチェの姿も愛らしく思えた。まるで小さな妖精のように見えるアーチェの笑顔も、いつの日か見られたらと思いながら、エディスは、持参した小さな鞄を持ってくれた使用人に頭を下げると、ライオネルたちと一緒にグランヴェル侯爵家の屋敷へと入って行った。