温まった心
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エディスは、ローラの問い掛けに頷いた。
「ええ、覚えているわ。私がこの家に来たばかりの頃、お祖母様が倒れられたと聞いた時のことよね?」
「はい、そうです」
エディスは、オークリッジ伯爵家に来て間もなかった当時のことを思い出していた。普段は控えめなローラが、エディスの義父に向かって、祖母のためにオークリッジ伯爵家で扱っている薬を買いたい、どうにかして給金を前借りできないかと、必死になって懇願しているところを、エディスは偶然見掛けたのだった。
渋い顔をして首を横に振ったエディスの義父に背を向けられてから、声を殺して泣いていたローラのことを見過ごすことができずに、エディスは彼女に声を掛けて事情を聞いた。エディスは、ローラの祖母の症状を聞いて、両親が営んでいた薬屋から持参していた手持ちの薬草を、いくつか煎じて薬を調合したのだ。ローラはその後、エディスの薬のお蔭で祖母が元気になったと、幾度もエディスに頭を下げていた。
ローラは、当時のことを思い返すように、少し俯くと遠い目をした。
「私にとってかけがえのない、唯一の肉親であり、育ての親でもある祖母が倒れて寝込んでしまったあの頃、私は絶望の淵にいました。祖母はまだそれほどの歳でもないのに、一時は生死の境を彷徨ったほどで、お医者様にも診せたものの、完全な回復の見込みは薄いと言われていましたから。勤め先のこの伯爵家で扱っている、高価な薬をどうにか祖母に飲ませたいと思いましたが、それも叶いませんでしたし。でも、」
目の前のエディスに、ローラは視線を戻した。
「エディス様が祖母に調合してくださった薬を服用してからというもの、日に日に、祖母の身体は少しずつ快方に向かっていきました。今では祖母はすっかり回復し、以前にも増して快活に過ごしています。……私、祖母の身体が動くようになり、憑き物が落ちたように表情が明るくなっていく様子を側で見ていて、日々思っていたのです。まるで、魔法にかかっているようだと。このご恩は、決して忘れません」
「そんな、ローラ。私はできることをしただけだし、特に珍しい薬草を使った訳でもないのよ。それほどあなたに感謝してもらうような、たいしたことはしていないわ」
エディスは、気落ちした様子のローラを見て、彼女の祖母の回復を心から願いながら薬を調合していた。けれど、薬屋を営んでいた両親の元で、店を手伝っていた時にやっていたことと、取り立てて違うことをした訳でもなかったのだ。
ローラは、エディスの前で勢いよく首を横に振った。
「いえ、そんなことはありません。今まで、祖母も幾度か簡単な薬を飲んだことはありましたが、エディス様からいただいた薬は、今までの薬とは別物のように、全く効き目が違うようでした。エディス様は、今も仰っていたように、特別なことをしていらっしゃるご自覚はないようでしたが……エディス様に会いに来たのは、今一度、どうしてもそのことをお伝えしたかったからなのです」
真剣な表情で、ローラはエディスの瞳をじっと見つめた。
「ライオネル様の病は、相当重いようだとの噂も耳にしましたが、エディス様なら奇跡を起こせるのではないかと、私はそう信じています。寂しくはなりますが……エディス様がグランヴェル侯爵家で幸せに過ごせますよう、心からお祈りしております」
そう言って、瞳に薄らと涙を浮かべて微笑んだローラの両手を、エディスはぎゅっと握った。
「ありがとう、ローラ。あなたのお蔭で、とても励まされたわ。……私、お義母様やお義姉様の前でも、ライオネル様が回復するようにお支えすると、そう大口を叩いてしまったのだけれど、本当に自分にその役割が担えるのか、不安に感じているところもあったの。むしろ、彼の足を引っ張ってしまったらどうしよう、って。でも、あなたの言葉を聞いて勇気をもらったわ。ライオネル様のために、とにかく自分にできる限りのことをしようって、覚悟も決まったわ」
エディスは、ローラに向かって晴れやかな笑みを浮かべた。
「ローラも、どうか元気で過ごしてね。あなたの幸せも願っているわ」
「ありがとうございます、エディス様」
部屋から出て行くローラを見送ってから、エディスは温まった心を抱えて翌日の準備を終えると、静かに小さな鞄を閉じたのだった。