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私でよいのなら

本日も2話投稿しています。

 エディスは、ライオネルに明るい笑みを返して頷いた。


「もちろん、私は構いませんわ。喜んで」


 ライオネルは、エディスの返答と、それが嘘ではないことを裏付ける彼女の笑顔に、驚いたように少し目を瞠った。ライオネルの父は、そんな息子とエディスを見て嬉しそうに微笑むと、ソファーからすぐに腰を上げた。


「では、私たちは二人の邪魔はいたしますまい。よろしいですか?」

「ええ、それはもう。エディス、任せたわよ」


 エディスの義母も満面の笑みを浮かべると、最後の『任せた』の部分に力を込めた上で、去り際にエディスを鋭い目で見つめた。部屋のドアが閉まって、応接間にエディスとライオネルが二人きりで残されると、ライオネルは、彼の前の椅子に腰掛けたエディスに尋ねた。


「……エディス様。あなたは、僕の身体がこのような状態だとはご存知なかったのですか?」

「はい、存じませんでした。実のところ、ライオネル様との縁談がこの家に来ていると知ったのも、つい先程のことなのです」


 エディスの言葉に、ライオネルは苦笑した。


「それでは、あなたを騙してしまったようなものですね。まさか、婚約相手になるはずと聞いたばかりの僕が、これほど酷い状況にあるとは想像もしていらっしゃらなかったでしょうから。ただ……」


 ライオネルは、思案気にしばし視線を宙に浮かせてから、エディスに視線を戻した。


「ご無理を承知でお願いしますが、エディス様、あなたに僕との婚約を受けていただけたら嬉しく思います。エディス様には、僕から直接事情をお伝えしておいた方が誤解もないと思いますので、これからご説明させてください」


 それだけ言い終えると、苦しそうに咳き込んで身体を震わせたライオネルの姿に、急いで椅子から立ち上がったエディスは、彼の背中をさすりながら口を開いた。


「ライオネル様、大丈夫ですか? あまりご無理をなさらないでくださいね……」

「問題ありません。お気遣いをありがとうございます」


 ライオネルの気持ちを汲んで、彼の言葉に頷いたエディスは、礼儀正しい彼の姿に好感を覚えながら微笑んだ。


「ライオネル様。私の方が身分も年齢も下ですし、私のことはエディスとお呼びください。私への言葉も、どうぞ気安いものにしていただければと」

「……そうか。では君の言葉に甘えさせてもらうよ、エディス」


 ライオネルは、ふっと頬を緩ませてから、エディスに向かって言葉を続けた。


「隠したところで仕方ないと思うから、正直に伝えるけれど、先程会った君の義姉上あねうえのように、僕を見て青ざめたご令嬢も、今まで少なくはなかったんだ。僕が病に臥せってから、僕の姿を見ても顔を歪めなかったのは、エディスが初めてだよ」

「……えっ?」


 エディスは、きゅっと胸が痛むのを感じながらライオネルを見つめ返した。


「実は僕の父は、今までにも何人かの貴族家の令嬢方に、僕との婚約の打診をすることを検討したことがあるようなんだ。そんな話に辿り着く前に、皆、僕の姿を見て逃げ出してしまったけれどね。いくら侯爵家長男という肩書きがあっても、さすがにこんな重病人と婚約したいなどと考える物好きはいなかったようだ。……ただ、」


 ライオネルは、真剣な表情でエディスを見つめた。


「僕には弟が一人いるのだが、彼が、あるご令嬢ともうじき婚約する予定なんだ。けれど、君も知っての通り、僕はまだ婚約していない。僕の身体がこんな状態だから、先に弟が婚約してくれても、僕としては全く構わないのだけれど、父がそのことを気に病んでいてね。あるべき順番としては、僕の婚約を先に調えるべきだろうと」


 エディスは、ライオネルの言葉に頷いた。グランヴェル侯爵家が、もしこの状況で兄よりも弟を先に婚約させたなら、家を継ぐのは次男であり、重い病を抱えた長男は後継ぎとしては見限ったと、他の貴族家にそう想像されたとしてもおかしくはなかった。


「しかも、君は回復魔法に長けた家系の子孫に当たるという話だったね。父は、僕のことを申し訳ないくらいに大切にしてくれて、僕の病に手を尽くそうとしてくれている。君の優しさに加えて、君の家の台所事情にもつけ込むようですまないけれど、僕はできれば、そんな父の希望を叶えたいんだ。もし君が僕との婚約を受けてくれても、僕は、婚約者らしいことは君に何もしてあげられないかもしれない。夜会では君のダンスの相手も務められないし、一緒に出掛けられる場所も限られてしまうだろう。君には迷惑を掛けてしまうばかりかもしれないが……」


 ライオネルは、寂しげな笑みをその口元に浮かべると、小さく息を吐いた。


「ごめんね、こんな僕と婚約だなんて。僕は、実は医師からも匙を投げられていてね。余命一年と言われているんだ」

「……!」


 ライオネルに返す言葉が見付からず、茫然と彼を見つめたエディスに、ライオネルは続けた。


「だから、今もし君が僕との婚約を受けてくれたとしても、僕の命は結婚までは持たないと思う。父は僕にできる限りの治療を受けさせてくれているけれど、僕には感覚としてわかる。ただ、僕が世を去る時に、父が心残りを感じることがないようにしたいんだ。……こんな僕の我儘で申し訳ないけれど、一年だけ我慢してもらえる? 一年間の婚約の契約だと考えてもらって構わない」


(そんなご事情が、ライオネル様にあったなんて……)


 エディスは、瞳にじわりと滲みかけた涙を堪えながら、ライオネルに向かって口を開いた。


「もしも私でよいのなら、ライオネル様との婚約をお受けさせていただきます。ただ、私からも一つお伝えしておかなければならないことがあります」


 エディスは、ライオネルのことを真っ直ぐに見つめた。


「……義母も申していましたが、私はこの家に来て、まだ一年半程です。私の母は平民の出ですし、両親を事故で亡くしてこの伯爵家に引き取られるまでは、私も平民として過ごしておりました。貴族としての最低限のマナーも身に付いてはおりませんし、貴族として学んでいるべき教養もありません。ライオネル様にご迷惑をお掛けすることも多々あることでしょう。それでも構いませんか?」

「ああ、もちろんだ。そんなことは全く気にならないよ。……それに、」


 ライオネルの瞳は、穏やかな光を湛えてエディスを見つめ返した。


「もし叶うなら、最後に君と過ごせたらと、今日君に出会って思っていたんだ。君が僕との婚約を受けてくれて、嬉しいよ」


 柔らかな笑みを浮かべたライオネルの言葉に、エディスの頬はふわりと赤く染まったのだった。

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