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大切な友人

2023年9月1日に、講談社Kラノベブックスf様より書籍が発売されます! 紫藤むらさき先生に素晴らしいイラストを描いていただいています。

本話は書籍化記念のユージェニー視点でのサイドストーリーです。

「ユージェニー様!」


 グランヴェル侯爵家を訪れた私のことを、エディス様が手を振って出迎えてくださいました。彼女の左手薬指には、ライオネル様とお揃いの結婚指輪が輝いています。


「こんにちは、エディス様。……アーチェ様も、こんにちは」


 エディス様の背後からひょっこりと顔を出したアーチェ様に手を振ると、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んで、手を振り返してくれました。


(まあ、可愛い)


 小さな天使のようなアーチェ様が笑う姿を見る度に、思わず胸がきゅうっとなります。以前は、私を見る度に顔を顰めては、そっぽを向いて逃げ出してしまった彼女が、これほど歩み寄ってくれたことに、心がじんわりと温まるのを感じます。


(これもすべて、エディス様のお蔭だわ)


 私のかけがえのない友人であるエディス様。彼女は、重い病に臥せっていたライオネル様を助けてくださっただけでなく、深い後悔の中、暗い迷路の中を彷徨っていたようだった私のことまで、優しい光で照らしてくださったようです。

 私がしてしまったことは、今思い返してみても、決して許されることではありません。けれど、エディス様は、そんな私を友人として迎え、温かな笑顔で包み込んでくださいました。アーチェ様も、そしてライオネル様まで、今では私に笑みを向けてくださるようになったのは、エディス様が私に手を差し伸べてくださったからにほかなりません。グランヴェル侯爵家の空気も、エディス様がいらしてからは、見違えるほどに明るくなりました。


 そんなエディス様とお話しできる時間は、私の最も楽しみな時間の一つです。平民としての生活が長かったエディス様が、貴族としての知識や教養を身に付けるお手伝いも、ほんの微力ながらさせていただいてはいますが、私にとってそれは名目のようなもので、彼女と過ごせる時間というだけで、毎回心が弾みます。


 この日は、私の婚約者のクレイグ様はライオネル様と外出なさっていると聞いていましたので、クレイグ様がお帰りになるまでは、エディス様のお部屋で、彼女の前回の学習の続きを進める予定でした。

 ただ、いつになく、どこか表情を曇らせている彼女を見つめて、私は首を傾げました。


「エディス様、今日はどうなさったのですか? 何か心配ごとでも?」


 学問のことでエディス様に不安があるようには、私にはとても思えませんでした。彼女はいつも、乾いた砂が水を吸うように、そして楽しげに、新しい知識をどんどん吸収していらっしゃいます。好奇心が旺盛で、人一倍努力家なことも、目を瞠るような学びの速さにつながっているのでしょう。聞けば、オークリッジ伯爵家にいらした際にも、この若さで薬の商いの大半を担当していらしたのだとか。関連する知識を結び付けるのがお上手なことも、実地の商いの経験に裏付けられているのだろうと、感心させられるばかりでした。

 それなのに、と、私は不思議に思いました。


(エディス様がこんな顔をされているなんて、珍しいわ。何かあったのかしら)


 彼女は隣を歩いていた私を見つめ返しました。


「察しがいいですね、ユージェニー様。できれば、アドバイスをいただきたいことがあって……」

「ええ、もちろんです。私にアドバイスできることでしたら、何でも聞いてください」


 エディス様の部屋に入り、テーブルを囲む椅子に私たち三人が腰を下ろすと、彼女は小さく溜息を吐きました。


「実は、来月、初めての夜会に参加することになったのです」

「まあ! それは素敵ですね」


 夜会の場で、凛々しいライオネル様と並ぶ可愛らしいエディス様のお姿を想像して、私は目を輝かせました。それに、再び夜会に出られるほどに、ライオネル様のお身体が回復なさったことを改めて感じて、深い安堵と喜びを感じずにはいられませんでした。


「社交界でも、重い病に臥せっていたライオネル様が、エディス様の支えのお蔭で回復したと、そんな喜ばしい噂で持ち切りですよ。皆、エディス様を歓迎なさいますわ」


 私が隣に座るアーチェ様を見ると、彼女も元気良く頷いてくれました。


「ええ、私もそう思うわ! それに、エディスお義姉様に会ったら、誰でもお義姉様のことが好きになってしまうもの」

「……なのに、エディス様は、どうしてそんなに浮かない顔をなさっているのですか?」


 私がそう尋ねると、エディス様は躊躇いがちに口を開きました。


「夜会では、ダンスを踊る機会もあるでしょう? でも、私、ダンスが上手に踊れないのです。ライオネル様は、練習に付き合ってくださると仰っているのですが、私のせいでライオネル様にまで恥をかかせてしまったらどうしようと、それが心配で……」


 心許ない様子でそう話したエディス様は、再び溜息を吐きました。


「私がオークリッジ伯爵家にいた時にも、しょっちゅう夜会に参加していた義姉からは、『洗練された貴族たちが集う煌びやかな夜会は、田舎者のあなたにはまるで縁のない場所。もし参加したって恥をかくだけだから、決して行きたいなんて思わないように』と、何度も釘を刺されていましたし。正直なところ、かなり不安です」


(ああ。エディス様には、オークリッジ伯爵家で掛けられていた呪いが、まだ残っているのだわ)


 オークリッジ伯爵家に義娘として迎えられた後、平民出のエディス様は理不尽に虐げられていたようだと、私はクレイグ様から伝え聞いていました。こんなに優しく頑張り屋のエディス様の心に、あえて彼女を貶めるような言葉で、これほど深い傷を負わせていたなんてと、胸にふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じました。

 私は思わず両手を伸ばすと、彼女の手をぎゅっと握りました。


「エディス様。私、エディス様ほどライオネル様にぴったりで素晴らしい方を、ほかに知りません。誰より温かな心の持ち主で、それでいて芯が強くて聡明で、誰がどう見たって侯爵家夫人に相応しいと、自信を持って太鼓判を押せますわ」

「そうよ! 私が教えたマナーも、エディスお義姉様はあっという間に覚えてしまったもの。心配することなんて、何もないわ」

「ふふ、二人とも優しいですね。ありがとうございます、少し気が楽になりました」


 ほっと表情を緩めたエディス様に、私は続けました。


「それから、さっきエディス様は、できればアドバイスをと仰っていましたね?」

「はい。ユージェニー様は、これまでもたくさんの夜会に参加なさっているでしょう? 夜会にあたっての心構えや、気を付けた方がよいことなどがあれば、何か教えていただけないかと思って」


 真剣な瞳で私を見つめるエディス様に、私はウインクを返しました。


「では、一つだけ。ライオネル様を信頼して、胸を張って彼の隣にいることです。クレイグ様もそうなのですが、私が何もしなくとも、夜会では完璧にエスコートしてくださいます。誰かに話し掛けられても、ライオネル様が上手く対応してくださるでしょうし、ダンスも、彼がスマートにリードしてくださるに違いありません。エディス様は、肩の力を抜いてライオネル様に任せておけば、全て大丈夫ですよ」

「まあ、本当ですか? それならよかった……」


 エディス様がようやく笑顔を見せてくださったことに嬉しくなりながら、私もにっこりと笑いました。


「それに、ダンスだって、ライオネル様は大切なエディス様に、優しく丁寧に教えてくださることでしょう。ダンスの練習も、初めての夜会も、楽しみになさっていたらいいと思います。アーチェ様もそうは思いませんか?」

「はい、賛成です!」

「……! そ、そうですね……!」


 私たちの言葉に、エディス様の頬がふわりと染まりました。彼女の表情から、ライオネル様を心の底から信頼していること、そして彼のことが大好きなことが、こちらにまで伝わってきます。

 普段はしっかりしていて頼りになるのに、こんなに女の子らしくて可愛い一面もあるなんて、私ですらぐっときてしまいます。もし私が男性に生まれていたのなら、ライオネル様と同じように、絶対にエディス様を選びたくなってしまうだろうと、ついそんなことを考えてしまいました。

 自然と口元が綻ぶのを感じながら、私はエディス様を見つめました。


(エディス様とお友達になれて、本当によかった)


 これほど心を開いて何でも話せる友人は、私にとってはエディス様だけです。なぜか、お会いしたばかりの時から話しやすくて、初めて出会った気がしなかったのです。これが、馬が合うということなのでしょうか。遠くない将来、私がクレイグ様に嫁いだら、エディス様がお義姉様になってくださると思うと、嬉しくてなりません。


 その時、馬車の車輪と馬の蹄が鳴る音が、屋敷の外から聞こえました。身軽に椅子から降りたアーチェ様が、窓際に寄って門戸の外を眺めました。


「お兄様たちが早く帰ってきたみたい!」

「では、迎えにまいりましょうか」


 嬉しそうに微笑んだエディス様に、私たちも頷きました。きっとこの後、彼女はライオネル様にダンスを教えていただくことになるのでしょう。エディス様が自信を持って夜会に臨めるよう、私も陰ながら応援しています。

 玄関に向かって廊下を歩いていると、アーチェ様がすっと近寄って来て私の袖を引き、背伸びをして私の耳元に囁き掛けました。


「さっきはエディスお義姉様を励ましてくれて、ありがとうございました」

「どういたしまして。励ましたというよりも、私が思っていることを口に出しただけですから」


 アーチェ様がにこっと笑ってくれました。アーチェ様も私も、エディス様のことが大好きな仲間であり、同志なのだと感じます。


「ただいま」


 玄関の扉が開いて、ライオネル様とクレイグ様のお姿が見えました。ライオネル様は、迎えに出て来たエディス様を、すぐに愛しげに抱き寄せました。お二人の仲睦まじい様子に、こちらまで胸が温まります。クレイグ様も、私を見つめて微笑むと、ひらひらと手を振ってくださいました。愛する方の笑顔に、私の顔にも笑みが零れます。アーチェ様も弾むような足取りで、にこにことお兄様たちの元に駆け寄っていました。

 この笑顔が溢れる瞬間を、もし言葉で言い表すとしたのなら、幸福という一言しか思い浮かびませんでした。


(グランヴェル侯爵家は、何て温かな場所なのかしら)


 玄関の外から差し込む明るい午後の陽射しが、私たちを優しく包み込んでいました。

できれば本作の書籍版もお手元にお迎えいただけましたら、とても嬉しく思いますm(_ _)m


書籍版では、番外編3編の追加に加えて、本編も加筆&改稿しておりまして、かなりボリュームが増えております。このサイドストーリーの中の話題に登場した、初めての夜会に参加するお話も、番外編の1つに含んでいますので、エディスとライオネルの夜会の場面は、是非書籍版でお楽しみいただければと思います!


また、活動報告にも記載いたしましたが、個人的に是非読んでいただけたらと思っているのが、書籍版で本編に加筆した2人の結婚式の晩のお話です。私の全力で書いた甘い仕様となっておりまして、エディスへのライオネルの溺愛ぶりを感じていただけるかと思います…!


講談社様の書籍ページへのリンクを、ご参考までに以下貼らせていただきます(ru-ga様、レビューでのご提案をありがとうございました!)。

https://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000381346


そして、8月6日からは、もりこも先生によるコミカライズがコミックアプリpalcy様にて配信開始しております!

とっても素敵に可愛らしくコミカライズしていただいているので、こちらも是非ご覧ください!


詳しくは活動報告もご覧いただければと思います。書籍版もコミカライズも、どうぞよろしくお願いいたします!

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