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幸せな未来へと

本日2話目の投稿になります。

「エディス」


 ライオネルの薬の調合をしていたエディスのことを、ライオネルは彼女の背後からそっと抱き締めた。


「きゃっ、ライオネル様……!?」


 突然温かな腕に抱き締められて、驚いたエディスが振り向くと、ライオネルは目を瞠るほどに美しい笑みを浮かべながら、エディスを愛しげに見つめていた。エディスの頬は、途端に真っ赤に染まった。

 まだエディスの薬を毎日飲んではいるものの、ライオネルは、今ではほとんど以前と変わらない生活が送れるまでに回復していた。輝くばかりの美しさを取り戻し、まるで本の中から飛び出して来た王子さながらの姿になったライオネルは、さらに日を追うごとにエディスへの愛情も深めているようで、エディス自身も戸惑うほどに、彼の溢れんばかりの温かな愛に包まれていることを感じるのだった。


 漆黒の艶やかな前髪の間から覗く、タンザナイトのような澄んだ青紫色の瞳がエディスの手元に視線を移すと、ライオネルは、ふっと柔らかな笑みをその整った口元に浮かべた。


「ねえ、エディス。僕は、君が僕の薬を煎じたり、調合してくれたりしている姿を見るのが好きなんだ。君の真剣な瞳が、僕の回復を願ってくれていることが伝わってくる。それにね……」


 ライオネルは、美しいものを眺めるように目を細めた。


「君が薬を作る時、淡い光が君の手元を舞っているのが時々見えるんだ。……薬を作るガラスの容器が光を弾いているのを、僕がそう錯覚しているだけかもしれないが、それがとても綺麗で、幻想的でね。まるで、君が薬に魔法を掛けてくれているようで……」

「あら、そうでしたか? ……ふふ。私は気付いてはおりませんでしたが、ライオネル様の目にはそのように見えていたのですね」

「ああ。それに、同時に温かな力も感じるんだ。君は、僕を救いに来てくれた魔法の使い手なのかもしれないね。……誰より愛しい、僕のエディス」


 ライオネルは、そのままエディスの髪に軽く唇を落とすと、彼女に回していた腕を解いて、優しく微笑み掛けた。


「せっかく僕の薬を作ってくれているというのに、邪魔してしまってすまなかったね。……できれば少し君の時間をもらいたいのだが、そろそろこの薬も作り終えるところだろうか?」

「ええ、ちょうどあと一混ぜすれば出来上がりです。……これでよし、っと」


 薬の調合をしていた手を止めてエディスがライオネルの顔を見上げると、ライオネルはエディスの左手を取り、そのほっそりとした薬指に触れた。


「これを、君に受け取って欲しいんだ」


 ライオネルから、左手の薬指にそっとはめられたものを見て、エディスはそのライラック色の瞳を大きく見開いた。


「これは……!」


 エディスの薬指には、細やかな彫刻の施された金台に、煌めきの綺麗な、大きなダイヤの輝く指輪がはめられていた。エディスが、きらきらと光を弾く、見たこともないほど美しいダイヤに思わず見惚れていると、ライオネルがその口元を綻ばせた。


「君に気に入ってもらえたなら、嬉しいのだが。これは、グランヴェル侯爵家の夫人に代々伝えられているもので、母の形見なんだ。君の指に合わせさせたものだよ。……君が僕を支え続けてくれたお蔭で、僕の身体はここまで回復し、とうとう人とほとんど変わらない生活が送れるまでになった。以前は車椅子に乗るだけでも一苦労で、身体を横たえている時ですら苦しかったというのに、今は車椅子どころか自分の足で、こうして立って歩くことができている。今でも、こんな奇跡が僕の身に起きたことが信じられないくらいだ」


 ライオネルは、エディスの髪を柔らかく撫でてから、じっとエディスの瞳を覗き込んだ。


「僕の止まりかけていた時間を動かして、僕に生命の息吹を吹き込んでくれたのは、エディス、君だ。……ここまで回復して、ようやく君に改めて伝えられると思ったんだ。僕と結婚して欲しい」

「ライオネル様。……はい、喜んで!」


 瞳を潤ませながらも、大きく頷いて、にっこりと笑ってライオネルの腕の中に飛び込んで来たエディスのことを、ライオネルはきつく抱き締めた。エディスは、ライオネルの力強く温かな腕と、左手薬指にはめられた指輪の存在を感じながら、ライオネルと結婚するのだという実感に、じわじわと喜びが胸に湧き上がってくるのを感じていた。

 エディスが婚約者としてライオネルの側で過ごす日々も、次第に長くなってきてはいたけれど、婚約の先にある、生涯を共にすることを誓う結婚という言葉には、また違った重みが感じられていた。


「これからも、ずっとライオネル様のお側にいられると思うと……とても嬉しいです」

「ああ。これからは、僕の妻として、将来のグランヴェル侯爵夫人としても、この家を支えてほしい。とは言っても、君はそのままの君でさえいてくれれば、僕にはそれで十分なんだけれどね。……ただ、君は色々と努力してくれているみたいだね。アーチェと、そしてクレイグからも伝え聞いているよ」

「……! ライオネル様も、ご存知だったのですね」


 エディスは、ライオネルの言葉にほんのりと頬を染めた。ライオネルがほぼ健康を取り戻し、ずっとライオネルの側についている必要がなくなったために、余裕ができた時間で、エディスは、貴族の女性に必要とされるマナーや教養といった知識を、ユージェニーとアーチェから学んでいたのだった。テーブルマナーやお辞儀の仕方に始まり、貴族の息女が通う学校で教わる学問や外国語といった内容も、エディスは少しずつ身に付け始めていた。

 ライオネルは、エディスを見つめて明るい笑みを浮かべた。


「何でも、アーチェは自分がエディスの先生になるのだからと譲らずに、はじめはユージェニーに対して頬を膨らませていたのだとか」

「ふふ、アーチェ様は、小さくても立派なレディですからね。テーブルマナーは、一通りアーチェ様が私に教えてくださったのですよ。それから、学校で教わるような学問の知識は、ユージェニー様から教わっています。お二人とも、熱心で優しくて、私にとって理想的な先生なのですよ」


 エディスは、ユージェニーとは、いつの間にかすっかり気の置けない友人同士になっていた。ユージェニーは、時間を縫ってよくグランヴェル侯爵家に顔を出しては、クレイグとだけではなく、エディスと過ごすことも心待ちにしている様子だった。そして、エディスとユージェニーが楽しげに談笑したり、エディスがユージェニーから学問を教わったりしていると、アーチェもひょっこりと羨ましそうに顔を出すようになっていたのだった。


「そうか。……クレイグから伝え聞いたところによると、ユージェニーは、君の飲み込みの速さに目を瞠っているそうだよ。君は間違いなく才媛だと、そう絶賛していたそうだ」

「いえ、それは、ユージェニー様の教え方がよいからだと思いますが。いつも親身になって協力してくださるので、とても感謝しているのですよ」

「それは良かったね、エディス。君の人柄あってのことだと思うが、君を支える味方が増えることは、僕も嬉しく思うよ」


 ライオネルの穏やかな笑顔を見て、エディスも喜ばしく思っていた。ライオネルがユージェニーの存在を少しずつ受け入れつつあることも、アーチェがユージェニーに次第に心を開いてきていることも、エディスには心底嬉しかったのだ。ライオネルとクレイグとの会話も、エディスがグランヴェル侯爵家に来た時よりも増え、言葉を交わす二人の表情も明るいものになっていた。

 エディスの内心を察したかのように、ライオネルはにっこりと笑った。


「まるで、グランヴェル侯爵家に温かな光が差して来たような気がしているよ。これも全て、君がこの家に来てくれたからこそだ。君への感謝は、一言ではとても言い表せないが……」


 ライオネルは、エディスを抱き締めていた腕を解くと、そっとエディスの顎に手を添えて持ち上げた。熱の籠った、美しく輝くライオネルの青紫色の瞳が、エディスを真っ直ぐに見つめた。


「心から愛しているよ、エディス」


 ライオネルの柔らかな唇が、優しくエディスの唇に重ねられた。エディスは、息が止まりそうなほど胸が跳ねるのを感じながら、静かにライオネルに身を任せていた。

 ようやくライオネルの唇が離れると、エディスは頬に血を上らせて、ライオネルの胸元に縋り付いた。そんなエディスの姿に、ライオネルはくすりと笑みを零した。


「本当に可愛いな、君は。生涯かけて、君を幸せにすると誓うよ」


 エディスも、赤く染まった顔のまま、恥ずかしそうにしながらライオネルを見上げた。

 

「私も、ライオネル様を一生お支えするとお約束します。大好きです、ライオネル様」


 ライオネルは、再びエディスのことを愛おしそうに抱き締めた。


「僕たちの結婚式の日取りも、近いうちに考えていこうか。……君のウェディングドレス姿を想像するだけで、胸が躍るよ」

「ふふ。ライオネル様のタキシード姿も、お美しいに違いありませんわ」

 

 幸せそうな笑みを浮かべている二人を祝福するかのように、エディスの左手薬指の指輪にあしらわれたダイヤが、きらきらと眩い光を美しく弾いていた。

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