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ユージェニーの願い

 必死に父に向かって訴えるユージェニーの声が、応接間に響いた。


「私……私は! クレイグ様を心からお慕いしているのです。クレイグ様がグランヴェル侯爵家を継ぐか継がないかにかかわらず、私はクレイグ様と一緒になりたいのです。それに、ライオネル様には、既に婚約者のエディス様がいらっしゃいますわ。エディス様こそ、グランヴェル侯爵家やライオネル様をお支えするのに相応しい、素晴らしい方です。それなのに、お父様は、どうしてそのようなことを……」

「……お前に口出しする権利はない、ユージェニー。これは、家と家との問題だ」


 初めて口答えをした娘に驚きながらも、スペンサー侯爵は冷たく娘をいなした。それでも、ユージェニーは父に向かって縋り付きながら、瞳に浮かぶ涙を堪えて続けた。


「お父様が今日、グランヴェル侯爵家に手土産を渡しに行くと仰った時、お父様が理由もなしにこちらを訪問するはずがないと、どこか不安に思っておりましたが。まさかこんなお話だなんて……」

「いい加減にしないか、ユージェニー!」


 苛立って声を荒げた父を見つめて、ユージェニーの頬をすうっと一筋の涙が伝った。


「お父様がクレイグ様と一緒になることを認めてくださらないなら、いっそ親子の縁を切ってくださっても構いません。何があっても、私はクレイグ様と添い遂げたいのです。こんなに至らない私をいつも庇い、守ってくださるクレイグ様と……」

「……何だと? 育ててやった恩も忘れて……」


 顔を顰めながらも、スペンサー侯爵も流石に娘の言葉に怯んでいる様子だった。クレイグは、薄らと瞳に涙を浮かべながら呟いた。


「ユージェニー。君は、それほどまでに僕のことを……」


 クレイグは、ユージェニーが長い間両親に逆らえずにいたことをよく知っていた。それだけに、スペンサー侯爵が口にした言葉は、ユージェニーを愛しているクレイグの背筋を凍らせるのに十分だった。そんな父に対して歯向かったユージェニーの言葉が、いかにユージェニーにとって勇気と覚悟が必要なもので、クレイグに対する愛情がどれほど大きいものなのかということが、クレイグには痛いほどに感じられたのだった。


 ユージェニーたちのやり取りを見守っていたグランヴェル侯爵は、静かに口を開いた。


「私は、息子の幸せと家業の利を天秤に掛けるなら、迷うことなく息子の幸せを選びます。……ユージェニー様がこれほどにクレイグを想ってくださっているのは、クレイグにとっても私にとっても喜ばしいことですから、現状通り、クレイグの将来の夫人としてなら、喜んでユージェニー様を迎えましょう。……けれど、グランヴェル侯爵家の家督はライオネルが継ぎます。それが受け入れられないのであれば、どうぞこのままお引き取りを」

「……」


 苦虫を噛み潰したような顔をしたスペンサー侯爵は、同じく悔しげな表情をした夫人と顔を見合わせると、娘に視線を移した。強い決意を込めた眼差しをして、決して折れる様子のない娘を見て、スペンサー侯爵は首を小さく横に振った。


「こんな娘に育てたつもりは、なかったのだがな」


 ソファーから立ち上がったスペンサー侯爵夫妻は、ユージェニーに背を向けて、そのまま応接間の扉を潜った。

 彼らは、応接間の外をライオネルたちが通り掛かっていた様子に気付くと、気まずそうに目を逸らせて歩き去った。


 ライオネルは、応接間から聞こえて来たユージェニーの声を聞いて、感慨深げな呟きを漏らしていた。


「……ユージェニーは、クレイグを利用しようとしていたのではなく、本当にクレイグのことを愛していたのだな」


 漏れ聞こえて来る声に、静かにじっと耳を澄ましている様子だったアーチェも、ぱちぱちと目を瞬きながらも、その表情を少し柔らげていた。


 エディスは、そんな二人の姿を見つめて微笑んだ。


(ユージェニー様の一途なお気持ちは、ライオネル様にもアーチェ様にも届いたように見えるわ……)


 まだしばらく時間がかかるかもしれないとは思いながらも、今までの彼らの冷えた関係を解消していく糸口が確かに見付かったような気がして、エディスの胸はふわりと温まったのだった。

本日は3話投稿予定で、本日中に完結予定です。よろしくお願いいたします。

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