オークリッジ伯爵家の混乱
本日は2回投稿しています。
ライオネルとエディスが避暑地にある別荘を訪れている頃、オークリッジ伯爵家は混乱の渦中にあった。
「一体、どうなっているんだ!? ……いくつもの薬の在庫が切れている上に、薬の作り手も足りない。しかも、薬の効きが悪くなったと、品質についても苦情が来ているだと?」
怒りに顔を赤らめたオークリッジ伯爵は、青ざめた使用人に詰め寄りながら、ふと、エディスがグランヴェル侯爵家に向かう時に、彼女から手渡された書類があったことを思い出した。
エディスからは、信頼できる使用人に渡してください、できる限りお義父様も目を通しておいてくださいと、そう言われて託された書類だったけれど、彼はそれに一瞥もくれることなく、そのまま放置していたのだった。
使用人は、顔色を失ったまま、消え入りそうな声で答えた。
「薬の在庫の管理も、足りない薬の調合も、それに帳簿付けも、皆エディス様がやってくださっていましたので。エディス様がオークリッジ伯爵家を出られた今、そこの部分が、その……穴が空いてしまっている状態でして」
「どうして、もっと早く言わなかったんだ!?」
怒りに任せて怒鳴り付けた伯爵を見て、使用人は身体を震わせた。
「エディス様が去られてから、幾度も旦那様のところにご相談に参りましたが、エディス様がしていらしたお仕事の話をする度、義娘がしていた仕事など大した話ではないだろうと、まともに耳を貸してはくださいませんでした」
「……」
確かに身に覚えのあった伯爵は、むっとしたように口を噤むと、ぴりぴりとしながら使用人に告げた。
「すぐに、帳簿をここに持って来い」
「かしこまりました」
急いで戻って来た使用人から手渡された帳簿を彼は無言で捲ると、みるみるうちにその顔を歪めた。
「エディスがこの家を出た日から、白紙のままだ……」
頭を掻き乱しながら、伯爵は呻くように呟いた。
「一刻も早く、グランヴェル侯爵家にいるエディスに連絡を。すぐに一度、この家に帰って来るようにと伝えるんだ」
しかし、グランヴェル侯爵家から、エディスはライオネルと別荘に出掛けていると伝え聞いた伯爵は、さらに頭を抱えて蹲った。
「まさか、エディスがこれほどオークリッジ伯爵家の薬事業に深く関わっていたなんて……」
「どうなさいましたの、お父様?」
血の気の引いた顔をして小さく疼くまる父の元に、不審そうに眉を寄せたダリアが、腕組みをしながらやって来た。
「それがな……」
「それよりも、聞いてくださいませんか、お父様」
父の言葉を遮って、ダリアは苛立った様子で口を開いた。
「今度招待されている夜会に備えて、ドレスとアクセサリーを新調しようとしたのですけれど、つけ払いにしようとしたら断られたのです。支払いが滞っているからと。……ねえ、お父様。おかしくはありませんか? グランヴェル侯爵家から、もう借金は帳消しにしていただいているはずですし、手元のお金だって潤沢にあるはずですよね?」
「……ダリア。お前は、毎回夜会の度にそんなことを?」
「当然じゃありませんか、お父様。ようやくまとまったお金もできたことですし、何よりこの私をより美しく見せるためですもの。いつでも最上のものを揃えるのは当然でしょう?」
「……っ!」
伯爵は、娘の言葉に、何か言いたげに口を開いたり閉じたりを繰り返していたけれど、ようやく一言だけを絞り出した。
「どうして、こんな大切な時に、エディスはグランヴェル侯爵家の別荘なんぞに行っているんだ……!」
「……別荘?」
ダリアは眉を顰めると、その目を幾度か瞬いた。
「別荘にって、エディスが、あのライオネル様と一緒に?」
「ああ、他に考えられないだろう。今は、それどころの話ではないがな……!」
「……あの子にライオネル様を押し付けた時、彼、別荘なんかに行けるような身体をしていたかしら? 今にも倒れそうだったし、そんな旅行に行くような体力は残っていないように見えたのだけれど……」
首を傾げながら、ダリアは口の中で小さくそう呟いていた。
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