避暑地での療養へ
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ユージェニーとエディスは、冷めかけた紅茶と、それまで手付かずだったケーキを口に運びながら、それから思い付くまま話を続けた。エディスは、ユージェニーが自らの行いを悔いてライオネルの身体を心配していたことや、侯爵家令嬢らしく美しい外見や仕草とは裏腹に、思いのほか親しみやすかったこともあり、警戒や緊張が次第に解けて、話すほど心が温まっていくのを感じていた。
ユージェニーは、ふと興味深そうにエディスに尋ねた。
「エディス様は、ご両親の薬屋を手伝っていらしたのですか?」
「ええ。主に、商いの仕方は父から、薬草の煎じ方や薬の調合方法は母から教わりました。小さな薬屋でしたが、いらっしゃる患者様とも距離が近くて、私は両親の店が大好きでした」
「きっと、温かくて素敵なご両親だったのでしょうね……」
ユージェニーが目を細めると、エディスは頷いた。
「はい。それに、とても仲がよかったのですよ。父がオークリッジ伯爵家の跡取りだったと知ったのは、父が他界してからでしたが、父は平民の母と結婚するために、家を捨てて駆け落ちしたそうです。その後も、ずっと母のことを大切にしていました」
「まあ。素敵ですわね。それに、勇気があるお父様だわ。……私とは、正反対ですわね」
ユージェニーは、顔を翳らせて寂しげに微笑んだ。
「もし、私が両親に逆らってでも、クレイグ様と一緒になりたいと、ライオネル様がお元気でいらした時にそう言えていたのなら……。そうしたら、きっとライオネル様をあれほど傷付けることもなかったでしょうし、今だって、別の方法でお支えすることもできたかもしれないのに……」
深い溜息を吐いて、ユージェニーは続けた。
「私の身勝手な行いのせいで、あれほど仲の良かったライオネル様とクレイグ様のご兄弟にも、目に見えない亀裂を生じさせてしまったことでしょう。お二人とも、優しく思いやり深い方たちですし、今でも互いを大切に思っているのは間違いありませんが、ライオネル様を裏切ってクレイグ様と婚約した私の存在が、グランヴェル侯爵家に影を落としているはずです。それに……」
ユージェニーは力なく視線を落とした。
「アーチェ様には、すっかり嫌われてしまいました。どうやら、私がライオネル様を見舞った時の様子を、アーチェ様は物陰から見ていらしたようなのです。大好きなお兄様を傷付けたと、幼な心にも怒り心頭だったのでしょうね。どんなに謝っても許されないことをしてしまった私のことを、きっと、これからも受け入れてはくださらないでしょう」
「そうだったのですか……」
エディスは、出会った時から警戒心が強かったアーチェのことを思い起こしていた。恐らく、ユージェニーの言葉に傷付いた兄の姿を目撃したために、新しく兄の婚約者になったエディスが、また兄を傷付けることがあるのではないだろうかと、小さな胸を痛めて心配していたのだろうと、そう思った。
ユージェニーは、エディスに向かって静かに口を開いた。
「すべて、これは私のせいで起こしてしまったことです。身から出た錆ですし、私が嫌われるのは当然ですが、せめて、グランヴェル侯爵家に私が生じさせてしまった不協和音を、少しずつでも解消していけたらと思うのですが……難しいですね」
「けれど、ユージェニー様は、ライオネル様のために、白魔術師の血筋を辿って調べていらしたではないですか。ライオネル様やアーチェ様がそのことを知ったら、ユージェニー様の印象も変わってくるのではないでしょうか」
エディスの言葉に、ユージェニーはすぐに首を横に振った。
「いえ、私がしてしまったことを償うには、程遠いですわ。それに、エディス様のお力は、ライオネル様が一番側で実感していらっしゃるはずです。伝えていただくには及びませんので、伏せておいてくださいませ。……エディス様がとてもお優しくて素晴らしい方で、今日はお話しできて嬉しく思いました」
「こちらこそ、ユージェニー様とお話しできてよかったです。お誘いくださって、ありがとうございました」
エディスは、ほんのり温まった胸を抱えて、自分がユージェニーやグランヴェル侯爵家のために何かできることはないかと思いながら、帰路に就いたのだった。
***
「エディス、だんだん暑くなってきたね。僕の体調も君のお蔭で随分と良くなってきたし、君さえよければ、療養も兼ねて避暑地にある別荘に行こうかと考えているんだ。ほとんど寝たきりだった時には、とても考えられなかったことだがね。……使用人も、数人連れて行こうと思っている」
車椅子に乗ったライオネルの朗らかな笑顔を見て、エディスも嬉しそうに笑った。
「それはよい考えですね。私も、是非ご一緒させていただきたいです」
エディスは、ライオネルが自発的に新しいことをする気力が湧いてきた様子を、喜ばしく思っていた。
「幼い頃に毎年のように行っていらしたという、あの別荘ですか?」
「ああ、そうだよ。あの場所に行くのは、随分と久し振りだな」
ライオネルの言葉に、ユージェニーとも幼い日に遊んだという別荘なのだと理解したエディスは、躊躇いがちに尋ねた。
「別荘には、クレイグ様やユージェニー様はお誘いするのでしょうか?」
「いや、その予定はないよ。使用人を除いては、今回は君と、それからアーチェも連れて行けたらと思っているが……どうだい?」
「ええ。私はライオネル様のお側にいられるなら、もちろんそれで構いませんわ」
ライオネルの表情がやや固くなった様子に、エディスは申し訳なさを感じながら、慌てて微笑みを浮かべた。ライオネルには、ユージェニーと会った日、彼女がライオネルのことを心配して、彼の回復を願っていた旨は伝えていたけれど、ライオネルの表情はあまり変わらなかったのだ。わだかまりの深さを感じて胸を痛めつつも、エディスはいつの日か、また皆が昔のように笑える時が来ることを願っていた。
(ユージェニー様たちを誘うことをご提案するのは時期尚早だったようだけれど、きっとまたいつか。……それに、まずはライオネル様のお身体が第一だものね)
ライオネルは、エディスが出会った頃に比べると、目覚ましいほどの回復を見せていた。まだ車椅子の上に座ってはいたけれど、ライオネルの姿は、思わず見惚れてしまうほどの瑞々しい美しさを取り戻していて、エディスは彼の笑顔を見る度に、つい頬が染まってしまうのだった。
「広々とした自然の多い場所で、空気も綺麗なんだ。君にとっても、良い気分転換になるとよいのだが」
「私も楽しみです。ふふ、初めてのライオネル様との旅行ですね」
エディスの言葉に、ライオネルは嬉しそうにその美しい顔を綻ばせると、車椅子の上から愛おしそうにエディスを見上げたのだった。
皆様、温かなお言葉をくださって、どうもありがとうございます。涙が出るほどありがたく思っております。できる範囲で無理なく更新していけたらと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 




