受け継がれた血筋
ユージェニーは、手元の紅茶のカップに視線を落としてから、言葉を続けた。
「ライオネル様の急激なお身体の具合の悪化を目にして、きっと、これは魔法の力でも借りない限りは回復が難しいのだろうと、私にも容易に想像がつきました。今は、魔法を使える者はほとんどいないと言われる中で、雲を掴むような話ではありましたが、その非常に優れていたと言われる白魔術師の家系には、魔法の力を受け継ぐ子孫が多く出ていたと言われていました。私はそこに希望を託して、その家系にのみ焦点を絞って探すことにしたのです」
ユージェニーの言葉にエディスが頷くと、彼女は視線を上げてエディスに尋ねた。
「特に、その家系に生まれた女性には強い魔力が受け継がれることが多かったそうで、その昔は、聖女の名を拝するほどの方も多く輩出されたとか。……エディス様は、そのような聖女の話はご存知ですか?」
「いいえ。私は、そのような話は聞いたことがないですね」
「そうでしたか。……魔法を使える者が次第に減る中で、貴重な回復魔法が使えたその家系の跡継ぎの女性は、ある時突然行方を眩ましてしまったそうです。昔のことですし詳細はわかりませんが、どうやら、権力者たちに自らの力を利用されることに嫌気が差したようですね。いつの世も、特殊な力の持ち主は、自らの意思にかかわらず、利用される対象になりがちですからね」
ユージェニーはいったん言葉を切ると、再度エディスを見つめた。
「幸運にも、その女性に関する手掛かりを見付けることができ、私は侯爵家の情報網を通じて彼女の足跡を辿らせました。驚くことに、彼女は平民に紛れて生活していたのです。金や権力にまみれた貴族社会を離れ、困っている身近な人々を救いながら、穏やかにその生涯を終えたようでした。本来の聖女らしい姿で過ごしたと言えるのかもしれませんね。……そして、さらにその数代後の子孫に当たる女性のところまで、ようやく辿り着いたのです」
「では、その強い魔力を受け継ぐ可能性のある女性は見付かったのですか?」
エディスは、身を乗り出すようにしてユージェニーに尋ねた。
「ええ。彼女は、地方の町で、夫婦で小さな薬屋を営んでいたことがわかりました。……彼女の作る薬はとてもよく効くと評判だったそうですので、恐らく、彼女にも回復魔法を扱う力があり、自らの力を自覚していたのかはわかりませんが、きっと薬に魔法を込めていたのでしょう。けれど、私がようやく彼女に辿り着いた時には、残念なことに、彼女は夫と共に不幸な事故で世を去った後でした。けれど、彼女には一人娘の少女がいたのです」
「……!」
まさかとは思いながらも、エディスがはっと息を飲んでいると、ユージェニーは静かに頷いた。
「私がその町に向かおうとした時には、既に、彼女は親戚の貴族に引き取られた後でしたが。……もう、お気付きですね。それがエディス様、あなたなのです。エディス様の居場所を突き止めたのはごく最近になってからでしたが、調査報告書を見て、私は信じられない思いでした。その時にはもう、エディス様はライオネル様と婚約なさって、グランヴェル侯爵家にいらしていたのですから」
ユージェニーは、言葉を失っているエディスを、やや眉を下げて、気遣うように見つめた。
「突然ご両親を亡くされて、辛い思いをなさいましたね。心中お察しいたします。……けれど、まさか、ライオネル様の元に、既にエディス様がいらしていたなんてと……神様は本当にいらっしゃるのかもしれないと、私は生まれて初めてそう思いました」
エディスは、幾度か目を瞬いてから、ユージェニーの瞳を覗き込んだ。
「あの、それは本当のことなのでしょうか? 母がそのような特別な血を引いていたというのは。突然の話で、まだ現実味が湧きませんし、もしそうだったとしても、娘の私にそのような魔法の力があるかはわからないのですが……」
「お母様に関しては、確実に、聖女を輩出している由緒正しき白魔術師の家系の末裔です。そして、エディス様は、ご自身の魔法の力について自覚なさってはいらっしゃらないようですが、私は間違いなくお力があると信じています。……先日、グランヴェル侯爵家にクレイグ様との婚約のご挨拶に伺った時、私はライオネル様のお身体の具合はいかがなのだろうと、そっとご様子を窺っていました。明らかに顔色もよく、回復に向かっている様子の彼に、胸を撫で下ろしながら、エディス様のお力も確信したのですよ」
(お母様は、魔法を使えたのかしら。私にも、魔法が使えるの……?)
エディスの頭に、患者たちに慕われていた優しかった母の顔が浮かんだ。今となっては確かめようもなかったけれど、心を込めて薬を作る母の姿に、温かな力を感じたことも、エディスは思い出していた。
ユージェニーは、エディスに向かって深く頭を下げた。
「エディス様。どうか、ライオネル様を支えて差し上げてください。彼を治せるのは、きっとエディス様のほかにはいらっしゃいません。……ライオネル様を見捨てるようなことをしてしまった私に、こんなことを言う資格がないことはわかっていますし、何て虫のよいことをと思われるでしょうが、どうしてもそれだけお伝えしたくて、今日はエディス様をお誘いさせていただいたのです」
「もちろんですわ。ライオネル様のことは、私にできる限り、全力でお支えさせていただきます」
エディスの言葉に、ほっとしたように微笑んだユージェニーに向かって、エディスも穏やかな笑みを返した。
少し体調を崩してしまいまして、更新ペースが多少落ちるかもしれません。申し訳ありませんが、ご了承いただけますよう、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
 




