義姉に来た縁談だったはずが
本日は2話投稿しています。
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「お義父様、どうなさったのですか?」
離れの窓から恐る恐る顔を出したエディスに、義父は大声で叫んだ。
「とにかく、早くそこから出て来るんだ! 可及的速やかに、母屋で着替えをするように。わかったな?」
「はあ……」
全く意味のわからない義父の言葉に、エディスは訝しげに眉を寄せた。ついさっき、母屋には決して近付かないようにとダリアに言われたばかりだったのに、いったい何が起きたというのだろう。
エディスがダリアに目を向けると、先程まで浮き足立っていたはずの彼女は紙のように白い顔をして、エディスに向かって金切り声を上げた。
「エディス、お父様の言葉に従って! もう、母屋では私の侍女を待機させているから、あなたが行けばすぐに準備は整うわ」
「ええっと、はい……?」
やはり状況が掴めないままに、エディスはとりあえず頷くと、義父と義姉の言葉に従うことにした。今まで、彼らの言葉に逆らった時は、ろくな結果にならなかったからだ。
「今はお母様が、ライオネル様とそのお父様の相手をしてくださっているわ。あまり客人をお待たせしては失礼だから、早くしてちょうだい」
「……??」
必死の形相をしたダリアに、離れから引き摺られるようにして母屋に連れて行かれたエディスは、ダリアの侍女の早業で、あっという間にドレスに着替えさせられ、化粧を施された。エディスは、ダリアの侍女には、普段はチクチクと嫌味を言われるのだけれど、今日はそれすらもなかった。
「このオークリッジ伯爵家の命運がかかっているのよ」
と、侍女には、背後にいる主のダリアからプレッシャーを掛けられていたこともあったのだろう。エディスは、気付けば、ダリアのものと思しき派手なドレスの中でも、比較的露出の少ない紫のタフタのドレスを身に纏って、しっかりと化粧をした状態で、大きな姿見の前に立っていた。
「さすが、馬子にも衣裳ね」
ダリアはほっとしたようにそう呟いた。けれど、エディスの目には、豊満な身体付きかつ華やかな顔立ちの義姉に合わせて作られたドレスに、やせ型であまり目立たない顔つきの自分がすっかり着られてしまっているようで、さらに普段はしない化粧が落ち着かないことも相まって、何だか心許なかった。
「……あの、お義姉様。これは一体、どういうことなのですか?」
「あなたには、ライオネル様と婚約してもらうわ」
エディスは驚きに目を丸く見開くと、ダリアを見つめて幾度か瞳を瞬かせた。
「ライオネル様との婚約は、お義姉様に来た縁談だと仰っていませんでしたか?」
「……それは、じ、状況が変わったのよ」
ダリアは気まずそうに一度エディスから目を逸らしたけれど、すぐにいつも通りの不遜な態度に戻ると、エディスを見つめ返した。
「あなたには過ぎた身分のお方よ、感謝なさい。絶対に、彼との婚約を破談にすることのないようにね。さっきも言ったけれど、彼はあのグランヴェル侯爵家の長男なの。この縁談は、このオークリッジ伯爵家にとって必須なのよ」
「……まだ完全には今の状況を理解しかねますが、これから私が、お義姉様の代わりにライオネル様とお会いするということでよろしいのですね?」
「まあ、そういうことね。それだけわかったのなら、さっさと行ってくれないかしら?」
ライオネルが待っているという応接間に急ぎ足で向かいながら、エディスは混乱する頭で考えていた。
(……そんな身分が上の方、平民育ちの私には、絶対に釣り合わないでしょうに。いくら借金帳消しのためとはいえ、これでは先方にご迷惑をお掛けするだけだわ。丁重にお断りしないと……)
エディスが応接間のドアをノックして、部屋の中から聞こえた返事にそっとドアを開けると、エディスを見つめた車椅子の青年と目が合って、彼の姿にはっと小さく息を飲んだ。