両家でのお茶会
ユージェニーの隣で彼女の腕を取っていたクレイグは、駆け去るアーチェの背中を見つめて肩を落としていたユージェニーに、申し訳なさそうに話し掛けた。
「すまないね、アーチェがあんな様子で。君がこの家に来るのは久し振りのことだから、彼女も戸惑っているのかもしれない。大目に見てもらえるだろうか」
「……ええ、もちろんですわ」
少し寂しげな微笑みを浮かべていたユージェニーに向かって、クレイグは励ますように笑い掛けた。
ライオネルが、目の前のユージェニーとクレイグの姿を車椅子から改めて見上げた。
「君たちも、婚約おめでとう。ユージェニー、クレイグ」
「……ありがとう、兄さん」
クレイグは、さらにライオネルに何か言いたそうに口を開き掛けたけれど、また閉じていた。ライオネルの父が、その場にいる一同を見渡して口を開いた。
「では、そろそろ応接間に移りましょうか。スペンサー侯爵家からいらしたユージェニー様たちもお疲れでしょうし、もうお茶の準備もできていますから」
エディスは、クレイグと腕を組んでいるユージェニーが、ちらちらとライオネルに視線を向ける様子が少し気になりつつも、応接間に向かって、ライオネルの乗る車椅子を押して行った。
***
テーブルを囲んでお茶を飲みながら、クレイグとユージェニーを中心とした歓談が和やかな雰囲気で進む中、ユージェニーが、ふと気付いたように、ライオネルの前に用意された小ぶりのティーポットから、空いた彼のティーカップにお茶を注いでいたエディスに尋ねた。
「ライオネル様が飲んでいらっしゃるお茶は、私たちの飲んでいる紅茶とは違うのですか?」
エディスは、ユージェニーの言葉に頷いた。
「はい。紅茶に含まれるカフェインは、胃に多少刺激があるので、このポットにはハーブティーが入れてあるのですよ」
「そうなのですね。……良い香りがしますね」
微笑みを浮かべたユージェニーに向かって、エディスも笑みを返しながら尋ねた。
「ユージェニー様も召し上がってみますか?」
「あら、私もいただいてもよろしいのですか?」
「ええ。今お注ぎしますね」
エディスは、使用人が用意した新しいティーカップにハーブティーを注ぐと、ユージェニーに差し出した。
ユージェニーは、早速エディスから受け取ったティーカップに口を付けると、ふわりと口元を綻ばせた。
「……美味しいわ。優しい味がして、後味もすっきりしていますね」
にっこりとエディスに美しい笑みを向けたユージェニーを見て、エディスはほっと緊張が緩むのを感じていた。
(どんな方かと思っていたけれど、ユージェニー様、良い方のようでよかったわ。ユージェニー様と会った時のアーチェ様の様子は、少し気になったけれど……)
エディスと娘の会話を聞いていたユージェニーの父は、車椅子のままでテーブルについていたライオネルを見つめた。
「ライオネル様。病に臥せって寝込んでおられると、娘から聞いておりましたが。どうやら、聞いていたよりも大分良くなられたご様子ですね。……今は、お身体の具合はいかがですか?」
どこか探るような視線をライオネルに向けたユージェニーの父に対して、ライオネルはそつなく笑みを返した。
「ええ、このところ、かなり体調も良くなってきています。エディスと婚約して、彼女がこの家で献身的に僕を支えてくれるようになってから、僕の身体は信じられないほどに回復しました。……これも、全てエディスのお蔭です」
「そうでしたか、それは何よりですね。エディス様は、オークリッジ伯爵家のご出身とのお話でしたね?」
「……はい、そうです」
柔らかな物腰ながらも、家格の違いを見下すような響きをユージェニーの父の言葉に感じて、エディスは少し萎縮していた。そんなエディスを庇うように、ライオネルはエディスににっこりと笑い掛けると、ユージェニーの父を見つめた。
「オークリッジ伯爵家で作られた薬が、悪化の一途を辿っていた僕の身体に効いたのです。エディス自身、薬の知識が非常に豊富で、実際に、今、僕のための薬を調合してくれているのはエディスなのですよ。このハーブティーも、彼女が薬効のあるハーブをブレンドしてくれたものです」
「……ほう、そうでしたか」
あまり興味のなさそうな様子でライオネルの言葉に頷いたユージェニーの父は、隣り合わせの席に座っているクレイグと娘に視線を移した。
「クレイグ様と娘の婚約が調って、嬉しく思いますよ。クレイグ様も、お元気だった頃のライオネル様に負けず劣らず優秀な方と伺っていますからね」
ユージェニーの母も、夫の言葉に頷いた。
「娘のユージェニーも、近い将来、グランヴェル侯爵家の一員に加えていただけることを喜んでおりますわ。侯爵家を支えるために必要な知識も、娘にはしっかり備わっておりますからご安心ください」
エディスは、ユージェニーの両親の言葉に、少しもやもやとしたものを感じていた。彼らは、直接言及はしていなかったけれど、病を患ったライオネルではなく、クレイグがグランヴェル侯爵家を継ぐのだろうと、そう考えている様子が滲み出ているように思えたからだ。
エディスがちらりとユージェニーを見やると、どうやら彼女もエディスと同じことを感じた様子で、両親の言葉に顔を曇らせていた。
ライオネルの父が、椅子から立ち上がりながら、テーブルについているユージェニーたちを見つめた。
「長男のライオネルも、次男のクレイグも、素晴らしい婚約者を得て嬉しく思いますよ。本日は我が家までお越しくださり、ありがとうございました」
お茶会もお開きになり、帰りの馬車に乗り込もうとしているユージェニーたちを見送るために、クレイグをはじめグランヴェル侯爵家の面々が並んでいると、一度は背を向けて馬車に向かいかけたユージェニーが、再度振り返ってライオネルの前までやって来た。
ユージェニーとは、互いの婚約を祝う簡単な言葉を交わして以降は、会話らしい会話もしていなかったライオネルは、彼女を前にしてやや戸惑った表情を浮かべたけれど、ユージェニーはそんな彼をじっと見つめた。
「ライオネル様。前回お会いした時よりもずっとお元気そうになられて、よかったですわ。お身体の回復を、心よりお祈りしております」
「……ありがとう」
ユージェニーは、ライオネルの後ろで車椅子を押していたエディスに視線を移すと、柔らかな笑みを浮かべた。
「エディス様のような素敵な方がライオネル様の婚約者で、嬉しく思っておりますわ。また、改めてお話しさせてくださいね」
「ええ、喜んで」
エディスも、ユージェニーに穏やかな笑みを返した。エディスには、やはり、ユージェニーは悪い人のようには見えなかった。彼女の笑顔や言葉に、裏があるようには思えなかったからだ。
けれど、結局アーチェはこの日、ユージェニーたちの前に再度姿を見せることはなかった。




