クレイグの婚約者
8/8昼と夜のランキングで、週間総合ランキング1位になっていて驚きました…!
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エディスがグランヴェル侯爵家に来てから半月ほど経った日の昼下がり、ライオネルの部屋で談笑していたライオネルとエディスに、ライオネルの父から声が掛けられた。
「伝えていた通り、もうじき、クレイグと婚約する予定のユージェニー様がお見えになるよ。……もう、二人とも準備はよさそうだね」
車椅子に乗ったライオネルは、ライトグレーのスーツに、瞳と同色の青紫色のタイを締めており、ライオネルと向かい合っていたエディスは、ライオネルに合わせて、上品な光沢のある青紫色のシルクのドレスを身に纏っていた。エディスのドレスは、元々手持ちの服も少なかった彼女がグランヴェル侯爵家に来てから、ライオネルの意向で彼女にと新しく誂えられたものだった。
ライオネルの父は、二人の仲睦まじい様子に目を細めながら、明るい表情の息子を嬉しそうに見つめた。
「ライオネル、君の身体は見違えるように良くなってきたね。私にも、まだ信じられないくらいだよ」
車椅子なしでの生活はまだ難しいものの、車椅子の上で背筋を真っ直ぐに伸ばす息子の姿を、彼は感嘆の面持ちで見つめた。ライオネルの土気色に萎れていた顔は、本来の色白で滑らかな肌を取り戻しつつあり、黒髪にも徐々に艶が戻り始めていた。ライオネルの弱々しく落ち窪んでいた目元も、今では涼やかな美しさが感じられるまでになり、その瞳には希望に溢れる強い輝きが宿っていた。
ライオネルは、愛おしそうにエディスを見つめてその手を握ると、父に向かって微笑んだ。
「父上、これも全てエディスのお蔭です。父上もご存知の通り、この家に来てから、エディスはずっと僕に寄り添って、いつも支えてくれています。僕は、エディスに感謝してもしきれません」
「……一昨日往診に来てもらった医師にも、奇跡が起きたとしか思えないと、そう言われたからな。エディスが奇跡を起こしてくれたのだろうね」
ライオネルのことを、以前に持って余命一年だろうと診断していた医師は、改めて彼の往診に訪れた際、まるで突然生気を吹き込まれたかのようなライオネルの姿に、驚きに目を瞠っていたのだった。エディスは、遠慮がちに微笑んだ。
「いえ、私はできることをしただけですから。それに、ライオネル様はどんな時でも私に優しくしてくださいますし、こんなに素晴らしいドレスまで誂えていただいて。私の方こそ、ライオネル様には感謝しております」
ほっそりとしたエディスの身体に沿った青紫色のドレスは、エディスを品良く可憐に映えさせていた。ライオネルは、ドレスに身を包んだエディスの姿を眩しそうに見つめて、彼女に笑い掛けた。
「ドレスも君によく似合っていて、とても綺麗だよ、エディス。君に側にいてもらえるなんて、僕は本当に幸せ者だ」
頬を染めて微笑み合う二人の姿を見て、ライオネルの父は感無量といった表情で頷くと、屋敷の外から聞こえてきた馬の蹄と馬車の車輪の音に気付いて、廊下側を振り返った。
「どうやら、いらしたようだな。私たちもそろそろ行こうか。……アーチェ、君もそこにいるんだろう。一緒にユージェニー様を出迎えに行くよ」
ライオネルの父の言葉に、ライオネルの部屋の扉の陰から、アーチェがひょっこりと顔を覗かせた。薔薇色の小さなドレスを身に付けたアーチェはまるで人形のように可愛らしく、エディスは思わず彼女の姿に笑みを零した。ライオネルが手招きをすると、アーチェは明るい笑顔で兄の元に駆けて来た。
「ライオネルお兄様!」
ぱたぱたと兄に駆け寄ったアーチェは、車椅子の上にいるライオネルにきゅっと抱き着くと、兄に髪を撫でられてから、はにかんだ笑みをエディスにも向けた。エディスの胸が、彼女の笑顔にきゅんとときめく。
(アーチェ様、天使だわ……!)
アーチェはどうやら、少しずつエディスの存在にも慣れて来たようだった。このところ、彼女は、ちょろちょろとライオネルとエディスの周りに現れては、エディスと目が合うと、恥ずかしそうにしながらも、にこりと笑ってくれるようになっていた。
ライオネルと手を繋いだアーチェに歩調を合わせるようにして、エディスはゆっくりとライオネルの車椅子を押しながら、ライオネルの父の背中を追って、屋敷の玄関に向かって歩いて行った。
***
玄関先に立っている、クレイグに腕を取られた一人の令嬢の姿と、彼女の両親と思しき人物の姿が、エディスの視界に映った。
ライオネルの父は、彼らに向かって挨拶をすると、ライオネルの車椅子を押すエディスを振り返った。
「こちら、長男のライオネルと先日婚約してくださった、オークリッジ伯爵家のエディス様です。以後、お見知りおきいただけますよう」
ライオネルの父から紹介されたエディスも、丁寧に彼らに頭を下げた。
「初めまして。ライオネル様と婚約させていただきました、オークリッジ伯爵家のエディスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
頭を上げて、クレイグの隣に並ぶ令嬢を改めて見つめたエディスは、その姿にはっと息を飲んだ。
(まあ。何てお綺麗なのかしら……)
そこには、艶のある栗色の髪に、青みがかった翠色の瞳をしたすらりとした令嬢が、クレイグと腕を組んで立っていた。エディスは、義姉のダリアも美人だと思っていたけれど、目の前にいる令嬢は、また別格の美しさだった。非の打ちどころなく整った顔で、彼女はふわりとエディスに微笑み掛けた。
「初めまして、エディス様。クレイグ様と婚約させていただくことになりました、ユージェニーと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
淑女らしい身のこなしも完璧なユージェニーに、エディスは思わず見惚れていた。ユージェニーは、少しぎこちなく、車椅子に座るライオネルに視線を移した。
「……ライオネル様、ご無沙汰しております。この度は、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとう、ユージェニー」
ユージェニーの言葉に、ライオネルは淡々と答えていた。次いで、ユージェニーは、ライオネルと手を繋いでいたアーチェを見つめたけれど、アーチェはじとりとした目でユージェニーを見上げると、ぷいっとそっぽを向いて、彼女に背を向けて走り去ってしまったのだった。




