薬が繋いだ縁
「私、そんなことを言われたのは初めてで。あの、ありがとうございます……」
すっかり頬を染めて、恥ずかしそうに俯いたエディスの姿に、ライオネルはくすりと笑うと、憧憬を込めた眼差しで彼女を見つめた。
「それに、君は心の温かい、思いやり深い人だ。君のような女性がオークリッジ伯爵家にいたなんて、何て幸運だったのだろうと、僕は神に感謝しているんだよ。……オークリッジ伯爵家への支援と引き替えにこんな話を持ち込むなんて、どれだけ伯爵家のご令嬢に迷惑を掛けることになるのかと、当初はあまり気が進まなかったんだ。けれど、そのお蔭で君に出会えたなんてね」
「……ライオネル様こそ、いつもお優しくて、私もお会いできたことを感謝しているのですよ。平民出身の私にも、分け隔てなく接してくださいますし。オークリッジ伯爵家にいた時は、平民暮らしの長かった私が急に貴族家の養子になってしまって、自分だけ場違いなところにいるようで、疎外感を覚えることもありましたが……私、ライオネル様とご一緒していると、とても楽しいのです」
「君にそう言ってもらえると嬉しいよ」
ライオネルと微笑みを交わしてから、エディスはまたゆっくりと車椅子を押して中庭を進み始めた。エディスは、花壇に伸びやかに咲く花々を眺めながら車椅子を押していたけれど、ふと、花壇の一角に目を留めて、小さく声を上げた。
「あら、あの薄紅色の葉をした植物は、薬草としても用いる、少し珍しいものなのです。このような種類の植物も、花壇には植えられているのですね。オークリッジ伯爵家でも、この薬草を使った薬を作っていたのですよ」
花壇の中で花々に混じって植えられている、薄紅色の葉をした背の低い草を、エディスはライオネルに指差した。
「ほう、そうなんだね。やはり、君は薬草に詳しいな。……これは、どんな薬に使う薬草なんだい?」
「身体の痛みを緩和する薬が主ですね。見た目は可愛らしい色をしていますが、かなり薬効の強い方に分類される薬草で、例えば、身体を安静にしていても、手足や関節、背中といった部分の痛みが治まらないような症状がある時に使います。単体で使うと痺れが出る可能性があるので、このほかに、通常は数種類の薬草と混ぜて薬にします」
驚いたように、ライオネルはエディスを見上げた。
「凄いな、そんなにすらすらと詳しく説明できるなんて」
「いえ。ちょうど、この薬草を使った桃色の錠剤は、私が一年ほど前から、オークリッジ伯爵家で調合を担当していましたので」
ライオネルは、彼女の言葉にさらに目を瞠った。
「……君の作った、この薬草を使った錠剤というのは、黒い袋に詰められて販売されてはいなかった?」
「はい。オークリッジ伯爵家が扱っていた中では高価な薬のラインだったので、黒いパッケージでした。ライオネル様、どうしてそれをご存知なのですか?」
今度はエディスが首を傾げる番だった。ライオネルがゆっくりと口を開いた。
「それは、僕が使っている薬だからだよ。……不思議な縁だね。君に出会う前から、君が作った薬を使っていたなんて。それに、ちょうど一年くらい前から、効きが良くなったように感じていたんだ。以前よりも、その薬を飲むと身体が楽になって、眠れるようにもなったし、一時は寝たきりに近い状態だったこともあったけれど、車椅子にも乗れるようになったんだ」
「まあ、そうだったのですね……」
エディスが、想像以上に酷かった様子のライオネルの症状に思いを馳せて、顔を翳らせていると、彼は穏やかな笑みを浮かべた。
「あの頃から、僕は君に助けられていたようだね。それに、父が君の家への貸付けの増額を認めたり、僕の縁談を持って行くきっかけになったのも、君の薬の効きが良かったからなんだ」
「そのような背景があったなんて、まったく知りませんでしたわ」
ライオネルの言う通り、不思議な縁もあるものだと、エディスが感慨深く思っていると、ライオネルがふいに少年のような明るく純粋な笑みを浮かべた。
「君には、本当に魔法が使えるのかもしれないね。僕は、君が側にいてくれるだけで、身体の奥から元気が湧いてくるような気がするんだ」
「ふふ、そうだったらいいなと、私も思います。……ところで、ライオネル様。もうそろそろ、朝食にしませんか? もしよかったら、今朝は卵入りの薬草粥でも作ろうかと思うのですが」
「お願いしてもいいのかい? ありがとう、エディス。ちょうど、お腹が空き始めたところだったんだ」
エディスは、ライオネルに笑みを返すと、彼の車椅子を押しながら、朝陽に照らされて鮮やかに輝く中庭を後にした。




