早朝の散歩
本日も2話投稿しています。
エディスは、薄暗い部屋に響く鳥の囀りに目を覚ました。
(ん……?)
見慣れぬ部屋の光景に、一瞬困惑して目を瞬いたエディスだったけれど、上半身を起こして辺りを見渡し、グランヴェル侯爵家で与えられた自室にいることに気が付いた。
窓の外は、ちょうど空が白み始めたばかりだった。
「私、この部屋に帰って来て、あのまま寝落ちてしまったみたいね……」
エディスはそう呟くと、窓際まで歩いて大きな窓を開け、まだ冷んやりとした爽やかな早朝の空気を吸い込んだ。
エディスは昨日、ライオネルが眠るのを見届け、キッチンで彼の父と話した後、自室に戻って手荷物を片付けてから、大きくふかふかとしたベッドにぼふりと身体を横たえていた。その時はまだ夕刻で、夕陽が差し込む部屋の中、少しだけ休むつもりが、そのまま深い眠りに落ちてしまったようだった。
(こんなこと、今までは滅多になかったのに。私も、自分で思っていたよりも新しい環境に緊張して、疲れていたのかしら……)
普段は大抵きっちりとした生活リズムを保っていたエディスは、そんな自分に驚きつつも、自室から扉続きの浴室で手早く湯浴みをすると、急いで身支度を整えた。
手際良く支度を終えたエディスは、部屋の窓から見える中庭の花々が、上り始めた朝陽に照らされていく様子に、思わずほうっと息を飲んでいた。すると、中庭を挟んで向かい合った窓からエディスに向かって手を振る人影が、彼女の視界に映った。
「……ライオネル様?」
エディスが中庭の向こう側に見える窓の奥に目を凝らすと、そこにはにこやかに笑うライオネルの姿があった。
「おはよう、エディス。随分と早起きだね」
昨日よりも元気そうな張りのある彼の声を耳にして、エディスも嬉しくなって微笑んだ。
「ライオネル様! おはようございます。昨日はゆっくり眠れましたか?」
「ああ、君のお蔭でぐっすり眠れたよ。あのままずっと眠っていて、さっき目が覚めたところなんだ」
「体調はいかがでしょうか?」
「昨日よりも、大分良くなったよ。君の薬と、薬草粥がよく効いたみたいだ」
ライオネルの言葉に、エディスはほっと息を吐いた。
「よかった……! そう伺って、安心いたしました」
ライオネルはエディスを見つめて頬を少し赤らめると、遠慮がちに尋ねた。
「こんな早朝ではあるけれど、もし迷惑でなければ、少し君と話せないかな?」
「ええ、喜んで。ここからだと少しライオネル様と距離があるので、これからお部屋に伺っても?」
「そうしてもらえると助かるよ」
エディスは、すぐにライオネルの部屋へと向かった。扉をノックして、彼の返事に部屋の扉を開いたエディスは、ベッドの上で上半身を起こしていたライオネルに数歩近付くと、彼の姿に目を瞠った。
(あら……?)
彼を中庭越しに見た時にはエディスは気付かなかったけれど、ライオネルは顔色も肌艶も良くなり、やつれていた顔も少しふっくらとしたようだった。昨日と比べて、青紫色の瞳も輝きを増した様子のライオネルは、エディスに向かってにっこりと笑い掛けた。
「エディス、来てくれてありがとう」
「ライオネル様、随分と顔色もよくなりましたね」
「ああ。こんなに清々しい気分で目を覚ましたのは久し振りだよ。……それに、朝から君の顔も見られたしね」
幸せそうな笑みを浮かべてエディスを見つめたライオネルを前にして、エディスの頬もふわりと染まった。
「こんなに朝早くに、窓から君の姿が見えて驚いたのだが、この中庭を眺めていたのかい?」
「ええ。グランヴェル侯爵家のお庭は、よく手入れされていて美しいですね。ちょうど朝陽が差した中庭がとても綺麗で、見惚れていたのです」
「それなら、少し中庭を散歩してみるかい?」
ライオネルの提案に、エディスは嬉しそうに頷いた。
「よろしいのですか? もしライオネル様のお身体に障らないようでしたら、是非ご一緒させてください」
「僕は大丈夫だよ。ただ、僕は車椅子だから、申し訳ないが、君の手を煩わせてしまうことになってしまうが……」
「ふふ、それはまったく問題ありません」
エディスがベッドに車椅子を寄せると、ライオネルは、ベッドの上で身体をずらして、エディスの手を借りベッド際の車椅子へと移った。エディスは彼の車椅子を押して、中庭へと続く扉を潜ると、眩しい朝陽に目を細めた。
エディスとライオネル以外には誰の人影も見えない、ひっそりとした中庭には、高い鳥の囀りだけが響いていた。
色とりどりの花々が咲き乱れる中庭を間近から眺めて、エディスは改めて感嘆の溜息を吐いた。
「素晴らしいお庭ですね。本当に綺麗だわ……」
「庭師が、いつも整えてくれているんだ。僕の部屋からもよく見えるからと、季節に合わせて、花の種類も頻繁に入れ替えてくれてね」
「まあ、それは素敵ですね。それに、よい香り……」
庭に咲き誇る美しい花々をうっとりと見つめていたエディスが、視線を感じてふとライオネルを見ると、彼は、花の代わりに、微笑みを浮かべてエディスを見つめていた。
「……ここに咲いている花も綺麗だけれど、花を見つめる君の笑顔の方が、余程美しいと思ってね」
「い、いえ。私はそんな……」
オークリッジ伯爵家にいた時は、義姉から地味だと蔑まれ、美しいなどという言葉を掛けられたことのなかったエディスは、途端に頬を恥ずかしげにかあっと染めた。
「……お世辞は言っていただかなくても大丈夫ですよ、ライオネル様」
「いや、僕は心からそう思うよ。君は綺麗だよ、エディス。それに、君の笑顔を見ていると、僕の気持ちまで明るくなるようだ」
ライオネルの言葉に、エディスはさらに顔中を真っ赤に染めたのだった。




