エディスの薬
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自室に戻ったエディスは、鞄の中から、年季の入った大型の薬箱を取り出した。エディスがグランヴェル侯爵家に持参した荷物の中で、多少の衣類の他には、最も場所を占めていたのがこの薬箱だと言ってよかった。エディスが実家にいた時から使っていたものだ。
エディスはその薬箱を手にすると、すぐさまライオネルの部屋へと戻った。
「お待たせしました、ライオネル様」
首を少しエディスに向けて微笑んだライオネルと、興味深そうにエディスの手元の薬箱を見つめる、彼の父と従者の前で、エディスは薬箱の蓋を開けると、慣れた手付きで茶色の小瓶を取り出した。発熱の症状を緩和し、熱による体力の消耗を抑える薬効のある花の蜜に、自己治癒力を高めると言われる薬草から抽出したエキスを合わせて、エディスが作ったシロップが入っているものだ。それから、エディスは薄緑色の粉薬が入った小さな袋も手に取った。この粉薬は、喉の炎症を抑えて呼吸を楽にするハーブを、エディスが数種類混ぜてすり潰したものだった。
ライオネルの部屋に用意されていた水差しとグラスを見つめて、エディスがライオネルの父に尋ねた。
「こちらのお水を、少しいただいても?」
「ああ、好きに使ってくれて構わないよ」
エディスは、グラスに粉薬を少し入れ、水差しからそこに半分ほど水を注ぐと、小瓶からシロップを数滴垂らして、グラスをくるくると揺すって中身を混ぜた。
(少しでも、ライオネル様のお身体が快方に向かいますように)
エディスは、心の中でそう願いながら作った、グラス半分程の淡緑色の液体を見つめると、辛そうな様子のライオネルに向かって口を開いた。
「ライオネル様、こちらを飲んでいただくことはできますか? 薬効のあるシロップを中心に、ハーブで作った粉薬を合わせたもので、比較的飲みやすいとは思います」
「ありがとう、エディス。いただくよ」
エディスは、ライオネルに手を貸して、彼の上半身をそっと抱き起こすと、グラスに手を添えて、彼がグラスの中身を飲み終える様子を見守っていた。
ライオネルは、空になった手元のグラスを見てからエディスに微笑み掛けた。
「君の言う通り、とても飲みやすかったよ。微かな甘味があって、香りも爽やかだった」
ほっとしたように、エディスもライオネルに笑みを返した。
「それは良かったです。熱や息苦しさ、それに体力の低下に効く薬ですので、お身体が少しでも楽になればと思います」
ライオネルの父は、目の前の二人の様子に温かな眼差しを向けると、従者に目配せをして椅子から立ち上がった。
「エディス、どうもありがとう。私たちがこの場にいなくても、どうやら大丈夫そうだね。私たちは先に失礼して、君たち二人をこの部屋に残しても構わないだろうか」
「はい、私はもちろん構いません」
穏やかに笑ったエディスに向かって頷いたライオネルの父は、従者と共にライオネルの部屋を後にした。
エディスは、彼らの後ろ姿を見送ってから、上半身を起こしたままのライオネルに、気遣わしげな視線を向けた。
「あの、ライオネル様が、もしお一人の方が休まるようでしたら、すぐに私は失礼いたしますので、遠慮なく仰ってくださいね」
ライオネルは、静かに首を横に振った。
「いや、エディス。君がよければ、もう少しここにいてくれたら嬉しいよ。……不思議なのだが、君が作ってくれた薬を飲んだばかりなのに、もう、身体が軽くなってきたような気がするんだ。エディス、君のお蔭だね」
エディスも、どこか明るくなったライオネルの表情を見て、にっこりと笑った。
「私、ライオネル様は絶対に回復なさると信じていますから。私にできることがあれば、何でも仰ってくださいね」
ライオネルは、エディスの言葉に嬉しそうに頬を染めてから、不思議そうに彼女のことを見つめた。
「君は、オークリッジ伯爵家に引き取られてから日が浅いと言っていたけれど、随分と薬に詳しいようだね。薬のことは、オークリッジ伯爵家で学んだのかい?」
「いえ。私の両親が、以前田舎町で小さな薬屋を営んでおりまして、両親の手伝いをするうちに覚えたのです。両親は不幸な事故で他界してしまいましたが、父も母も温かな人で、薬のこともたくさん教えてくれました」
昔を懐かしむような口調でそう言ったエディスを見つめ、ライオネルはさらにベッドから身体を起こすと、優しい笑みを浮かべた。
「エディス。僕は、まだ君のことをあまり知らない。よかったら、君のことをもっと教えてもらえないだろうか」
エディスはライオネルの言葉に頷くと、彼に勧められるままに、彼の前の椅子に腰を下ろした。