ライオネルの発熱
本日も2話投稿しています。
たくさんの詳細な誤字報告をいただいておりまして、ありがとうございます!本話も修正しております。至らぬところも多く、恐縮です…。すべて直し切るのは難しいかとは思いますが、この場を借りてお礼申し上げます。
また、8/3夜の日間総合ランキングで、まさかの1位になっていました…! 応援してくださっている皆様、どうもありがとうございます。
エディスは、ライオネルの父に続いてグランヴェル侯爵家の屋敷の玄関を潜ると、従者に代わってライオネルの乗った車椅子を押しながら、優美に設えられた長くて広い廊下を歩いていた。平民として両親と過ごしていた時期が長く、こぢんまりした家に慣れ親しんでいたエディスは、オークリッジ伯爵家に引き取られた時も、あまりの屋敷の広さと豪華さに眩暈を覚えたものだった。けれど、それにも輪をかけて立派なグランヴェル侯爵家の屋敷に、エディスは圧倒されていた。
ライオネルの父に並ぶようにして、エディスがしばらく車椅子を押していると、ライオネルは、一階の廊下をしばらく進んで折れたところにある一室の前で、エディスのことを振り返った。
「エディス、ここが君の部屋だよ」
ライオネルの父が部屋のドアを開くと、その向こう側には、広々とした品の良い空間が広がっていた。部屋の中央で控えめな輝きを放つシャンデリアの下には、艶のあるマホガニーのテーブルと椅子が置かれ、部屋の奥には、雰囲気のあるアンティークの鏡台とクローゼット、そして天蓋付きのベッドが並んでいる。壁には数枚の、名のある画家が描いたのであろう風景画が飾られていた。一見して質の良さが感じられるものばかりに囲まれながらも、それでいて華美に過ぎずに温かみのある、居心地の良さそうな部屋だった。中庭に面した広々とした窓からは、温かな陽射しが差し込んでいた。
まるで美しい絵の中に迷い込んでしまったような気分で、現実感のないままに、ぼんやりと部屋の中を見回していたエディスを、ライオネルが少し不安気に見つめた。
「どうかな、君に気に入ってもらえただろうか。もし気に入らなかったようなら、遠慮なく教えて欲しい」
エディスは、ライオネルの言葉に慌てて答えた。
「あの、私にはもったいないようなお部屋で、驚いてしまいまして……。本当に、こんなに素敵なお部屋を使わせていただいてもよろしいのですか?」
ライオネルは、安堵の表情を浮かべて父と視線を交わすと、にっこりと頷いた。
「ああ、もちろんだよ。この部屋は君のために用意したのだから。足りないものがあれば、何でも言って欲しい」
「いえ、私にはもう十分過ぎますから」
エディスは、贅沢な家具類の置かれた、広過ぎるようにも思われる部屋を見ながら、オークリッジ伯爵家の離れにあった自室のいったい何倍分あるのだろうと考えていた。けれど、せっかく自分のために用意をしてもらったこの部屋を、ありがたく使わせてもらうことにした。
ライオネルの父が、息子の言葉を継いで、エディスに向かって口を開いた。
「それから、エディスに侍女を用意しようと思っているのだが……」
エディスは、今度ばかりは、ライオネルの父の言葉に首を横に振った。
「あの! 私は平民暮らしが長く、一通り身の回りのことは自分でできますから、侍女までご用意いただかなくて大丈夫です。その方が、私としても気楽ですから。オークリッジ伯爵家でも、私に侍女はおりませんでしたし」
ライオネルの父は、息子と顔を見合わせたものの、エディスの言葉に頷いた。
「ああ、わかったよ。あなたが慣れたやり方で、過ごしやすい方がいいだろうからね」
ライオネルも、再度エディスを振り返った。
「……ただ、もし君の気が変わることがあれば、遠慮なく言って欲しい。そうしたら、いつでも侍女をつけるからね」
「温かなご配慮をありがとうございます、ライオネル様」
微笑みを浮かべたエディスに向かって、ライオネルは笑みを返すと、窓から中庭に目を向けた。
「僕の部屋も、この中庭に面した部屋なんだ」
「息子は車椅子を使うから、一階の方が何かと都合が良くてね。また、後で改めて屋敷の中を案内するが、次は息子の部屋を案内するよ」
「はい、お願いいたします」
エディスの部屋からも程近いライオネルの部屋は、深みのある艶のある書棚に、書き物机と椅子、そしてベッドが並んでいるほかは、整っていて物の少ない、すっきりとした部屋だった。几帳面そうにも見えるライオネルの性格が現れているように、エディスには思えた。
ライオネルは、申し訳なさそうに顔を翳らせながらエディスを見つめた。
「せっかくエディスに来てもらったばかりなのにすまないが、僕は、一度ベッドに戻って休ませてもらってもいいだろうか?」
「もちろんです、ライオネル様。体調が優れない中で、今日はわざわざオークリッジ伯爵家まで迎えに来てくださって、感謝しております」
エディスは、従者の手を借りて、ライオネルの身体を車椅子から抱き起こすと、彼の部屋にあるベッドへと横たえた。従者の手助けが不要なほどに軽いライオネルの身体に、エディスの胸は痛んだ。
(あら……?)
少し顔色が良くなっていたように見えていたライオネルだったけれど、エディスは、触れたライオネルの身体に熱を感じたような気がして、彼の顔をじっと見つめた。少し苦しそうに呼吸をする彼の顔にほんのりと赤味を感じたエディスは、思わず口を開いた。
「ライオネル様。少し失礼して、額に触れさせていただきますね」
身体を横たえたまま、大人しく頷いた彼の額に手を当てて、エディスの顔からすうっと血の気が引いた。
「大変、熱があるわ……! すみません、無理をさせてしまって」
「いや、これくらいはよくあることだから、心配ないよ」
弱々しく笑ったライオネルと彼の父に、エディスは尋ねた。
「私、ある程度、家から薬を持参しているのです。よかったら、ライオネル様にお持ちしても構いませんか?」
「ああ、ありがとう」
エディスは、さっき荷物を置いたばかりの自室へと、すぐに急ぎ足で向かった。




