表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠の青  作者: 蒼井七海
第二部 人と竜
31/140

10.救いの手

 黒々と佇む鉱山の前で、激しい刃と戦意の応酬が続いていた。

 ディランは飛びすさって大きく息を吐きだすと、剣をにぎりなおして走った。センの剣とぶつかる。相手の胸を狙って刃を滑らせたが、瞬間、センは剣を上へと押し上げた。軽く舌打ちをこぼしたディランは蹴りを突き出す。わずかにかすりはしたものの、俊敏なセンは、すぐ後退して避けてしまった。剣どうしが激しくこすれて火花を散らす。

 センがにやりと笑った。直後、脇腹を狙った突きがくる。ディランはそれを受けとめて、なかば強引に弾きあげた。わずかによろめいた相手へ刃を叩きこむが、彼はそれを鍔の近くでむりやり受けとめる。

 高音が鳴り、互いの動きが止まる。二人は距離をとって、それぞれの出方をうかがった。

「いや、ここまで当たらない奴、初めてだ」

 実に楽しそうにセンが言う。「こっちの台詞だ」と吐き捨てて、ディランは彼を正面から見た。

 目が笑みのかたちにゆがめられてはいても、瞳の奥には狩人のような鋭い光がある。先ほどの、「首領おかしら」とのやり取りから考えて、殺しに来ることはなさそうだが、油断していると、本当に手足の一本か二本は斬りおとされてしまいそうだ。ディランは自然と唾をのみこんでいた。

「俺もまだまだだな」

「……ん?」

 ディランが唐突に言って、センは首をかしげる。少年は得体の知れない男との距離をはかりつつ、わざと口を動かしていた。

「あんたたちが竜狩人りゅうかりうどだってことくらい、黒装束が何者かわかった時点で、突きとめられることだった。けど、見事に騙されたよ」

「はは、そりゃあよかった」

 センがことさらに明るい声を出す。

「坊主、無害に見えて意外とおっかないもんな。そんな君を騙せてよかったよ。――騙されたままでいてほしかったが」

 言い終わる前に、センが動いた。走りながら、ディランの頭めがけて剣を振りおろしてくる。彼はそれをすんでのところで受けとめ、今度は瞬時に足を出した。狙ったとおりに蹴りは腰あたりに入って、センをよろめかせる。

「やってくれるね」

 呟いたセンは、ぞっとするような笑みを浮かべていた。

 その後も打ちあいは続いた。互いに、一歩も譲らない。竜のもとへ、正確にはカロクのもとへ足が向かっているセンを、ディランがけん制するという格好で、二人は剣を交えた。

 どれくらい経った頃だろう。再び、センめがけて思いきり剣を突きこもうとしたディランだが――その刃が、かすかにぶれる。

 目の端に、蹴り飛ばされるゼフィアーの姿が映りこんだ。

 息をのむ。無意識のうちにそちらへ行きかけた体を、しかし、前へ躍り出てきたセンが押しとどめた。こめかみを砕かんとする一撃を、ディランはすれすれで避ける。

「行かせるかよ」

 ねっとりまとわりついてきそうな声に、ディランは奥歯を噛みしめた。今はちょうど、『破邪の神槍』の首領に、センが背を向けている状況だ。むりやり突っ込んでいこうかという考えが頭をかすめるが、すぐに自分で否定する。強行突破をしようとしても、彼に止められて自分が不利になるだけだ。

 センが再び剣を振る。ディランは受けとめ、相手を押し返し、仕返しとばかりに自分の方から踏みこんだ。刃が鳴る。互いが互いを弾きあう。彼らの距離は近かった。剣越しにセンの顔はよく見える。ディランは左足を下げて、思いっきり地面を踏みつけると、右足で、その表面をすくいあげるように蹴った。

「なっ……!?」

 驚く声が聞こえた。

 力いっぱい蹴ったおかげで、つま先はセンの顔面めがけて大量の砂を巻き上げた。いきなり目つぶしをされかかったセンがとっさに顔をかばう。そこへディランは、前のめりになるように踏みこんだ。センが、はっとしたように剣を持ちなおす。が――

 剣先に捉えられるより先に、ディランは彼の脇をすり抜けた。

「あっ……この!」

 怒りをはらんだ声は、横から背後へ遠ざかる。ディランは走りながら剣を鞘に収め、あとはもう、がむしゃらに、もうひとつの戦場に突っ込む。広がる光景に、彼は目をみはった。

 ゼフィアーがふらつきながら竜の前に立っている。武器も何も持っていない。ただ、どこまでも反抗的な強いまなざしで、敵を見据えている。彼女の前で、槍頭が光った。

「大馬鹿っ……!」

 口の中で毒づいたディランは、そこから大きく踏み込んだ。

「ゼフィー!!」

 意識せずとも、叫びが口からほとばしる。少女の驚いた顔は、やけに目に焼きついた。そしてディランは、横から彼女に体当たりした。

 強い衝撃の後、さらにディランの肩を鋭い痛みが駆け抜ける。かっと燃えるように熱くなったところから、液体が飛ぶのを感じた。そして、二人はもつれあうように地面を転がり、竜のすぐそばで止まった。

 とっさに体を起こし、倒れて咳きこんでいるゼフィアーに覆いかぶさるよう、地面に手をついた。肩に激しい痛みが走り、思わず顔をゆがめる。

 そのとき、声が聞こえた。


「ディラン……?」


 呆けたような声を辿って下を向くと、信じられないものを見るような、琥珀の瞳が見えた。



     ※



 打ちこまれる刀には、先ほどまでより激しい感情がこもっていた。棒越しにそれを感じて眉をひそめるも、レビはあくまでも冷静に攻撃を上へ流す。ここまで、幸いにも、自分が若干の優位に立てているのを感じていた。

 が、慣れない長期戦のせいで、消耗しているのはレビの方だった。体はすでに汗だくで、息も上がっている。けれど、ここで疲れを見せるようなまねをしてはいけない。チトセはレビを殺しに来ている。一瞬でも気を抜いたら、その瞬間、斬られるだろう。

 一見、余裕にも思える棒さばきの裏で、レビは押しよせる緊張感と戦っていた。

 曲刀の突きを受ける。下へ流す。そして棒を前に突き出すが、そのとき、チトセはすぐ背後の岩陰へ回り込んだ。悪態をつきたいのをこらえて、レビはすぐに距離をとる。

 年上の少女はずいぶんと怒っているように見えたが、戦い方は実に冷静だ。気持ちの切り替えは早い方らしい。レビは苦々しさと相手へのすなおな感心を抱え、棒をななめに構えた。

 ややあってチトセが飛び出してくる。棒をかわすようにして、刀を薙いできた。身長差の影響で、刃は少年の肩を狙って飛んでくる。棒で受けようにも、上手くそちらに回らない。レビは青ざめた。

 が、そのとき、二人のすぐそばに何かが飛んできた。

 少年と少女は同時に息をのんで、それぞれが後ろに下がった。

 糸を張ったような静寂の中、彼らの視線は砂の上に注がれる。二人の間の地面には、矢が突き刺さっていた。

「これは……」

 チトセが眉根を寄せて呟いて、直後にさっと上を見た。鉱山からは少しばかり離れているが、すぐそばには岩山がそびえていたのである。人が立つには十分な大きさの岩。けれど、その上に、すでに人影はない。

 チトセを追うように上を見ていたレビは、間もなく砂へ視線を落とした。そこで、首をかしげる。「あれ?」と、我知らずこぼしていた。

 刺さっている矢は弓矢で、矢羽がついている。白い、薄汚れた矢羽。それに、見覚えがあった。なんだろうと記憶を探って、まばたきする。

「あっ――!」



     ※



 奇妙な沈黙が場を満たす。

 槍を引いたカロクは、驚いたように瞠目していたが、あいにくディランはそれに気づいていなかった。血の気が失せているゼフィアーの顔を見ていたからだ。

「な……ん、どうして……!」

「ゼフィー」

 動転して、言葉が上手く繋がらないゼフィアーへ、ディランは静かに呼びかけた。彼女の目が自分を捉えると同時に、口を開く。

「あとで、説教だ」

 ゼフィアーが固まった。このとき、ディランの瞳は、底冷えするような光を湛えていたのである。しかし、もちろんそんなことを意識していないディランは、それ以上彼女に構わず、立ち上がって敵を見た。ようやく我に返ったゼフィアーも、体を起こして立つ。

「あ、あの、ディラン、傷……」

「左肩、やられただけだよ。大したことじゃない」

 いつもの調子でディランは返す。確かめるように傷口に手を触れると、まだ生温かく、ぬるりと血の感触が伝わってきた。

 ゼフィアーへ放った言葉は、半分本当で、半分は嘘だ。左肩をやられただけ、というのは確かだが、傷は見た目以上に深いらしい。火で炙られるような痛みがはっきりと残っている。腕が上がらないかもな、と、他人事のように考えた。

 正面に立つ男をちらと見る。カロクは、槍を立てて持ち、あくまで冷静に二人を見ていた。ディランと目が合うと、口の端をちょっとつり上げる。

「大したものだな。その傷で、立って戦うだけの気力が残っているのか」

 おもしろがるような口調だ。ディランは眉をひそめた。一度収めた剣に手をかけていることに、気づかれていたらしい。そしてまた、この偉丈夫が一筋縄ではいかない相手であることを見抜く。

 彼は、尻ごみしそうな自分を叱咤し、あえて強気な笑みを浮かべた。

「頑固さと勘のよさが取り柄なんでね」

「そうか。それを聞いて安心した」

 言いながら、カロクが槍を傾ける。それを見て、ディランは今度こそしっかりと、剣の柄をにぎった。左腕は予想通り、動かそうとすると痛みを訴えてくるが、右腕は問題なく動く。抜剣しようとする彼に、カロクは冷やかな視線を向けた。

「勝てると思うのか? この状況で」

「勝てる、とは思ってないさ」

 ディランは、あっさり答えた。意外そうな顔をする男を見据える。

「けど、負けるつもりはまったくない」

「――なるほど」

 また、男がかすかに笑う。そして、槍をわずかに引いて、突きの構えをとった。ディランも剣を再び抜いて、切っ先を相手に向ける。全身に、じっとりと嫌な汗がにじんだ。

 刹那の緊張の後、カロクの槍がぶれた。ディランはとっさに腰を落として剣を振るう。刃が、槍頭を弾いて音を立てた。が、安心している暇はない。次々と、突きが繰り出される。なんとかその場に踏みとどまってかわし続けていたが――さすがに、ぞっとした。

 風を切る音。ディランがとっさに身をかがめると、頭のすぐ上を穂先が通り過ぎた。槍が再び引っ込んだ瞬間を狙って、ぐん、と伸びあがるようにして立ちあがり、相手めがけて駆けだす。

 槍は微妙に回転しながらディランを狙ってきた。彼はそれを受けとめて、力を流すことで辛うじて無効化する。それでも男の瞳は揺らがない。細い息を吐きながら、少年は肌が粟立つのを感じていた。

 勝てるとは思っていない、が、予想以上だ。

「けど」

 負けてやるわけにはいかない。絶対に。

 ディランは、ぐっとその場で踏みとどまった。すると、今度はカロクの方が突っ込んでくる。槍がうなりを上げて向かってくる。穂先が凶暴に光る。研ぎ澄まされた刃は恐怖を煽るが、ディランはぎりぎりまで、動かなかった。

 そして、穂先が彼の右肩に狙いを定めたその直後――彼は剣を放り出し、地面に身を投げ出して転がった。虚を突かれたのか、ほんのわずか、槍の動きが鈍る。その隙に彼は身を低くしたまま走ってカロクの視線から逃れると、砂の上に放り出されていたサーベルをつかんだ。そして。

「おらっ!」

 乱暴な一声とともに、サーベルを投げた。

 弧を描いて飛ぶ片刃の剣を、小さな手が、受け取った。

 間もなく、カロクの槍とゼフィアーのサーベルが交わる。決して竜の前を動かず、けれど大きく後ろに跳んで距離を稼いだゼフィアーは、反対の手に持っていたディランの剣を、彼に放った。ディランは右腕でそれを受け取り、持ちなおす。横からカロクへと飛びかかった。

 が、そのとき――突然の痛みを感じて、立ち止まる。

「はっ……!?」

 ディランは反射的に肩を押さえそうになって、けれど、それをやめた。

 そうではない。槍の傷ではない。

 もっと別のところが、痛んでいた。

 細く、鋭いそれは、少しずつ、広がっていく。

 蛇のように。あるいは、罅のように。

 全身が、刹那、ひきつるような悲鳴を上げた。


 どんっ、と背中に何かがぶつかった。

 ディランは突き飛ばされて砂地を滑る。必死に負傷した肩をかばい、剣を突き立てて止まった。視線だけをその方にやった彼は、天を仰ぎたい気分になった。

「なんて間の悪い奴だ……」

 思わずぼやく。

 すぐそばに、センが立っていた。砂にやられた目がまだ痛いのか、眉間にふかい縦じわができるほど顔をしかめている。

 男は無言で、剣先をディランに突きつけていた。彼は煌めく鋼を見て、乾いた笑いを漏らす。

「さすがに、まずいな」

 口からこぼれた言葉は、そんな、意味のないものだ。

 陽光に光っていた刃先がぶれる。ディランを刺しにきていた。あるいは首を掻っ切るつもりか。それは御免だ、とディランはとっさに剣を横向きに構えた。


 が、彼の剣に刃がぶつかることはなかった。


 剣がディランに到達する前に、二人の間に『何か』が割りこんでくる。『何か』はすばやく武器を振るうと、動揺したセンの手から剣を弾き飛ばした。くるくると回転しながら、厚刃あつばの剣が宙を舞う。

 ディランは固まった。目の前に割りこんできた人物を、まじまじと見る。

 風に吹かれてなびいたのは、亜麻色の長い髪。

「……トランス?」

 呆然としながら名を呼ぶと、男は振り返り、

「よう、若人。相変わらず元気だな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ