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〜誕生日おめでとう〜



今朝、妹が死んだ。


姿は出会ったころと何も変わらなかった。


でも、やっぱり歳はとっていた。


気付いていた、でも気付きたくなかった。


誰かの死を見たのはこれが初めてってわけじゃない。


だけど、冷たくなった体が忘れられない。


死んだというのに、とても幸せそうな顔をしていて。


それが目の奥に焼き付いて、離れない。








「姉さん、今日はどこへ行こうか!」


「音廻が行きたいところで良いよ」


「それじゃあお花畑!」


「分かった、それじゃあ行こう」


私は妹の手を握って外に出る



玄関を開けた瞬間に、視界に色とりどりの豊かな花が入ってくる、花達の匂いは入り混じらずいい匂いが

台無しになっていない


「わっほーい!」


妹は花の中にダイレクトに突っ込んだ、その拍子で

花弁が舞う


「わーい!姉さーん!!」


「…楽しいかい?」


「うん!!」


妹のはしゃぐ姿は犬のよう、それが愛らしくていつまでも眺めていられる


「・・・あ、風」


春風が吹いた、それは花畑全体に。風に吹かれた花達は己の一部が千切れ、空へ舞う。千切れた花達は空を美しく彩った



「きれー…」


妹はその絶景を眺める、しばらくすると…



「・・・げほっ!!げほっ!!」


「音廻!!」


苦しそうに咳をした


「大丈夫か!?」


「…うん、ちょっとだけ胸が苦しいけど」


「今日はもう家に戻ろう、体調が悪くなったら大変だ」


「嫌だ!!折角久しぶりにお外に出れたのに!!またお家で過ごさなきゃいけないの!?」


「興奮するな!また咳が…」


「がふっ!!げふっ!!」


口を押さえて咳をする、その手には少しだけ血がついていた


「血…出ちゃった」


「・・・家に戻ってゆっくりお姉ちゃんと居よう。

ね?」


「…はーい」


私は妹を支えながら家に戻った




妹がベッドで休んでいる、私は妹の頭を撫でていた


「・・・よぉ」


「・・・ドラゴン」


「俺にはエルドラドって言う名前があるんだが」


「…そうか、すまなかった」


「そいつは、寝てるのか?」


エルドラドは妹を指さす


「うん」


「そうか、なら言っても問題ないな」


エルドラドはコホンと咳をする、そして彼の口から

放たれた言葉



「そいつ、もう長くないぜ」


その言葉に私はゾクっとした、いやわかってた

わかってたんだけど…


「多分、3ヶ月ぐらいだな」


「・・・そうなのか」


「…妹が死ぬのは、嫌か?」


「…普通、と言えば嘘になる、だけど仕方がないさ。妹は、人間なんだから。私より長く生きられるわけがない、そんなことわかってる」


「・・・お前ができることは、妹が旅立つまでに

妹を可能な限り幸せにすることだ。俺から言えることはそれだけだ、じゃあな」


エルドラドはそう言うと、翼を羽ばたかせ飛んで行った



「・・・姉さん」


「…あ、ごめん。起こしちゃったか?」


「ううん、大丈夫」


妹は小さな声で喋った、本当にそのまま消えてしまいそうな声


「…私、もうすぐ死んじゃうんでしょ」


「違う!まだ死なない!!」


「姉さんもわかってるでしょ、あの日から何年経ったと思ってるの?」


「・・・まだ一年だと思ってた」


「…楽しい時間って早く過ぎちゃうものなんだね。

少しだけ、寂しいな。でもこればっかりはどうにも

ならないよ、自分をそんなに責めないで」


「・・・ぐっ」


「…私はもう長くない、それだけが事実だよ」




何で・・・何でそんな淡々と言えるんだよ・・・

自分のことなんだぞ・・・・?



「ねぇ、姉さん」


「ん?」


「来週、何の日かわかる?」


「何の…日?何だ?お祭りか?」


「違うよー!」


妹はぷぅぷぅ頬を膨らませた


「じゃあ、何だ?」


「…私の、誕生日」


「そうなのか?」


「うん!」


「…それじゃあ、その日は思いっきり、盛大に祝わないとな」


「私もその日まで頑張って生きなきゃね」


妹と私は微笑み合った






「…それじゃあ、おやすみ」


「おやすみ姉さん、また明日」


「うん、また…明日」


寝たことを確認して、妹の部屋の電気を消す


「…よし、この時間だと怒られてしまうかな」


音を立てないように、忍び足で玄関に向かう

玄関をゆっくり開けて、私は外に出た



夜の冷たい空気が私の肌に触れる、空には月が昇っている


月の下、私は虎に姿を変えて地を走った

空気が私の体毛を伝って体温を奪おうとする


「・・・音廻」


私の目的地はただ一つ



騒霊屋敷だ




「・・・寝てしまってるだろうか」


私は玄関前で閉じ込められた熊のように右往左往する

しばらくすると、ガチャリと窓が開く音がする


「…ふわぁ〜、蒼冬ちゃん、こんな遅くにどうかした?」


確か幻殿と言っただろうか、その者が欠伸をしながら

現れる


「…こんな遅くに来て悪い、少し頼み事があるんだ」


「ん…いいよ〜」


幻殿は目を擦りながらだが、私の話を聞いてくれた






「・・・そうか、音廻ちゃんの為に楽器が弾けるようになりたいんだね」


「…できれば、誕生日に間に合わせたい」


「いつ?」


「…来週」


「そっか〜、それなら…」


幻殿は一枚紙を見せた、綺麗に並んだ文字の束だ


「これは弾きながら歌うやつだけど、簡単な方だから貴方ならすぐうまくなると思うよ」


「そう、なのか」


「歌にも命があるんだよ、精一杯込めて歌ってあげてね」


その時の私はその意味がわからなかった


「…あ、流石に今はダメだよ?もう遅いからね

いくら騒霊でも夜遅くまで起きたら次の日騒げなく

なっちゃう、明日また来てよ」


「分かった、今日はすまなかった」


幻殿と別れを済ますと、私は帰路についた








「…ん、姉さんどこか行くの?」


「あ、あー、まぁね。しばらくしたら戻るからね」


「うん、行ってらっしゃい」


私は妹に見送られ、騒霊のもとへ向かった




「あ、いらっしゃーい」


「待たせた」


「それじゃあ、演ろっか」


幻殿の手には既に楽器があった


「この楽器はこうやって持つんだよ」


そう言うと幻殿は私の手に楽器を抱えさせる


「…この楽器、穴が空いてるぞ」


「そういう楽器なんだよ、それじゃあその弦弾いてごらん」


言われた通り弦を指で弾く、ぽろんと音がした


「そうそう!そんな感じだよ!」


「そうか、良かった」


「そうだ!私も一緒に演るよ」


「え?」


「二人の方が楽しいでしょ?」


「…そうだな」


幻殿は指を鳴らした、すると目の前に光が一瞬現れたかと思えば楽器が出た


「それじゃあ、ゆっくり演ろうか、いち、にー…」


幻殿の声を合図に、今度は二人で楽器に手を滑らした

私は思うように音を奏でられなくて、幻殿を困らせた


「んー…まぁ、最初はみんなそういうもんだよ。

気にしないで」


「・・・」


私はとにかく練習した、音廻に聴かせる為に音楽を

奏でられるようにしなくては


「・・・あ、もうそろそろお日様が沈んじゃうね。

今日はこのくらいにしようか、音廻ちゃんも心配すると思うし」


「…分かった、今日はありがとう」


「うん、また来てね」


私は幻殿に軽く手を振って、家に戻る





「あ、姉さん。おかえりなさい」


「ただいま。ごめん、遅くなって」


「ううん、大丈夫だよ」


私は気を休めて妹の頭を撫でる


「…姉さん」


「ん?」


「もしも…生まれ変わったら、姉さんの妹にもう一度

なりたいな」


「…それは、嬉しいな」


そのあとの時間は、ずっと妹と過ごした




次の日も、その次の日もまた音を奏で、歌い続けた

何度も何度も同じところでつまづきながら言葉を

紡ぎ続けた、続けるうちにつまづくこともだんだんと

減っていった


「だいぶ上手になったね、よく頑張ったね」


幻殿はサムズアップをする



その時、感じたんだ。胸に響く音を、これが…


心の音?



旋律を奏でる虎、静かに揺れる瞳





「今日はここまでだね。だいぶ上手くなったよ

これなら誕生日までに間に合うね」


「そうだな、幻殿のおかげだ」


「えへへ〜、それじゃあ気をつけてね」


私は頷いて、家に戻る






「音廻!ただいま!!」


私は元気良く言葉を放つ


「音廻、誕生日のことなんだが・・・・・」



ドアを開けた瞬間、私は固まった。まるで石化したかのように頭からつま先まで動かなかった



「音・・・廻・・・」


私はすぐさま妹を抱え、家を飛び出した





「騒霊殿!!騒霊殿!!!起きてるか!!!?

ていうか起きてくれ!!!」


私は騒霊屋敷の前で吠える



「・・・ん〜、だから夜はダメだって言ったじゃんか〜、何か用?」


「幻殿!妹が!!音廻がぁッ!!」


「うぇっ!?ちょっ大変だ!!お医者さん呼んでくるから待ってて!!」









私は屋敷の外でうろうろしていた、落ち着かなかった

やがて、叡智殿が現れる


「叡智殿!!音廻は…」


「・・・まず、落ち着いて」


叡智殿は深呼吸して言う


「…良い話と嫌な話、どっちから聞きたい?」


「…良い話」


「音廻は病気だとかそういうので倒れたんじゃない」


「…嫌な方は?」


「・・・寿命だってさ、長くもって5日だって」


「え・・・だってエルドラド殿は3ヶ月って…」


「…人間の寿命なんて正確にわかるわけないよ」


「あ…あ…嘘だ…あぁ…」


私は頭を押さえ、地に伏し、涙を流す


「…これは種族が違う故の仕方のないこと。

貴方の気持ちもわかるけど、仕方ないよ」


「ぐぅ…ぐぅっ…!」


「・・・空き部屋が一つある、今日からそこにしばらく居なさい。今の音廻は歩くことが困難だから。

出来るだけ二人の時間を作りなさい」


「・・・分かった」







「…姉…さん」


叡智殿に案内された部屋を覗く、その時の妹が発する声はまさに虫が発するような声だった


「…音廻」


「…もう、私無理なのかな」


「そんなことない!」


私は必死に否定する


「ふふ、ありがとう、姉さん」


「…え?」


「私の、姉さんでいてくれて、ありがとう」


「…何言ってんだよ、私はこれからも、お前の姉さんだぞ」


「そう…だね」


妹はベッドに体を倒す


「おやすみ、音廻」


「おやすみ、姉さん」






次の日の朝、私は目を開ける。眩しい朝日が私の目を

覚醒させる


「音廻は…まだ寝てるか」


私はぐーっと背伸びをして


「…朝の散歩に行ってくるよ、終わったらすぐ戻るからね」






音楽を知って良かったことがある

誰かの為に努力するということを知れたから

だけど肝心な時に役に立たない

目の前に居る大事な人を救えない

あぁ、今日もこの世の誰かがひっそりと泣いている

どうやっても私の手はお前を救えない


お前に出会えて良かったと思う

お前に支えられたことがあるから

だけど肝心な時に役に立たない

お前に恩返しができない

こんなに世界が変わり果てても

私ができることは、少ししかない

どうか、お願いだから

私が知らないうちに消えないで




「・・・あ、綺麗な石」


目の前に透き通った蒼い石が落ちていた


「…音廻に見せてあげよう」


その石を咥え、屋敷に戻る





「音廻」


「…ん、姉さん」


「これ見てくれ、綺麗な石を拾ったんだ」


「ほんとだ、綺麗だね」


「音廻にあげるよ」


「えへへ、ありがと姉さん」


私は音廻の近くに石を置く


「体の調子は?」


「今日は普通かな」


「…姉さんさ」


「ん?」


「音廻に音楽を聞かせたくて、前から練習してたんだ

音廻と一緒に歌いたくて、前から練習してたんだ」


「そうなの?」


「…よかったら、一緒に歌わないか?

不器用な歌しか歌えないけど」


「・・・ダメ〜」


「え?」


「…明日、誕生日じゃん?だから明日が良い」


「…分かった、約束だ」


「うん、約束」


音廻は可愛い笑顔を私に見せてくれた












「…音廻?」


「あ、姉さん。まだ起きてたんだ」


「どうかしたのか?」


「姉さんの様子を見に来たの、それに今日は気分が

良いんだよ」


「そうか、それは良かった。遅いから早く寝るんだよ

おやすみ」


「・・・」




おやすみ(good-bye)姉さん(My sister)










「・・・変な夢だな、そもそも音廻があんなに元気な時点で夢じゃないか」


私は昨日と同じく背伸びをして散歩に出かけようと

する


「音廻、また朝のさん・・・」



音廻の前に騒霊殿達が正座していた



「音廻はまだ起きていないのか」


「・・・」


「まぁ、いい。昨日音廻が元気な姿で現れたんだ。

夢だったけど久しぶりに元気な姿を見れて嬉しかったよ。あの頃はよく騒霊殿の演奏を聴きに行ったりしたな」


「・・・」


「・・・お前ってこんな寝起き悪かったか?」


「・・・」


「そうだ思い出した!覚えてるか?あの結晶を生やした時の・・・」



色んな事したな、騒霊殿達のコピーが暴れたり

私の主人のこととか…



…何で、何も言わないんだ?





「・・・蒼冬」


叡智殿がこの静かな空間を壊すが如く、口を開く


「ぜ…全然起きないな!人間は歳をとるとみんな

こうなるのか?」


「蒼冬」




・・・もう、音廻は居ないんだ。



「・・・は?何言ってんだ?だって昨日…」


「…今朝、医者に見てもらった。そしたら、もう息を引き取ったって」


「なん…で」


「とにかく、その姿をやめてこちらに来なさい。

音廻の傍に居なさい」


「・・・」







「なぁ、音廻」


「何で…約束破ったんだよ?姉さんと今日一緒に

歌うって約束したじゃないか」


「…それに、まだ私はお礼もお別れも言えてないんだぞ、せめて言わせてくれよ…」


「頼むから!!目を開けてくれよ!!!

一瞬だけで良い!!お前に言いたいことがあるんだよ!!!」




一緒にいてくれて

一緒に遊んでくれて

妹でいてくれて

愛してくれて




お前の世界は私にとっては早すぎる

いつか訪れる別れのことは、わかりきっていたことで



神様、お願いです。もし願いを叶えてくれるのなら


俺を、あの日に戻してください…




俺の時計はあの日から止まったままだった

分かってたはずだった、なのにあの日のことが記憶から消えない


もしも夢が終わるのならば、全て無駄だということか?過ぎた時間は、戻りはしない


きっと、永遠に孤独なんだろう


この手で掴んでたはずなのに、今また一つ一つ消えている


あの日見せた、お前の笑顔は

今日はどこにもないんだ


当たり前だった、幸せでさえ

俺の目の前で、消えちまうの?




俺は、お前を一人にしない

あの日、ここで約束したんだ


もしも、時を止められるとしたら


「もう…頼むから進まないでくれよッ!!!」






「・・・おい」


私のところにエルドラド殿が来る


「…何だ?」


「これ」


手にしていたのは一通の手紙だった、私はそれを受け取って読む



大切な人へ



不幸にならないでください

知らないところで傷つかないでください

どうやっても私の手は貴方を撫でられないから

どうやっても私の手は貴方の涙を拭えないから

どうやっても私の手は貴方の手を握れないから

貴方が生きてくれる、私はそれが嬉しい



幸せになってね






「・・・」


紙が濡れていく


「…一応言っておくが、あいつは冥界には居ないよ」


「…そうか」


私は花畑を眺める、花畑の一部の土がやけに盛り上がってた







いつのまにか日付が変わってた

何で歳を取らなきゃいけないんだろうか

もう体はデカくならないのに



キィィィィ



「!!」


ドアの軋む音で期待したんだけど、損したな

お前かと思ったのに


何かの手違いで戻ってこないかな

どうにも空気が薄くて息ができなくてさ


くだらない出来事ばかり思いつくのに

それを話す理由が見つからない


愛ということをお前に教えてあげたいけど

結局、教わるのは俺だったんだ


ひとりだけのこの日々に、ハッピーバースデー

お前に言いたい



・・・あぁ、そうか。そうだったんだな…




「ハッピーバースデー、片想いの俺」



俺は弦を弾いた

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