〜数百年の記憶を超えて〜
数百年前、そこは戦場だった
人類は持てる力全てを使い、争っていた
兵器を作り上げたり、動物を調教したり…
そして、戦いの火蓋が切られた
東から、西からわらわらと大群が攻めよってくる
このままでは正面衝突し、殺し合いをするだろう
そんな光景を一匹の虎が崖の上から眺めていた
「アーナに知らせるか」
虎はそう言うと、わずかに出っ張った場所を華麗に使って降りる
「…ここじゃ巻き込まれる、争うメリットは今のところない。早く行こう」
強靭な四肢を使い地を駆ける、やがて透き通った石の前で足を止める、その石に向かって虎は喋る
「アーナ…聞こえるか?」
しばらくすると…
「聞こえます、アズスチル」
石から声がした、いや石を通じて会話していると言うのが正しいのだろうか
「もうすぐここは戦場となる、どうにかして止めないと大量に死ぬぞ、人間も、動物も」
「分かっています、今私もそちらに行きます」
その言葉を最後に、もう石から声はしなくなった
虎がいる場所から離れた場所に、立派な城があった
そこから見える争いをとある二人は見ていた
「…マルクス王、ここはもうすぐ争いに巻き込まれます、避難しましょう」
マルクスと呼ばれたこの城の王は言う
「…私はこの城の王だ、ここから離れるわけにはいかない…私はこの城と運命を共にする」
「・・・」
アーナ、聞こえるか?
「…!」
自分の名を呼ぶ者が居る
「聞こえます、アズスチル」
「もうすぐここは戦場となる、どうにかして止めないと大量に死ぬぞ、人間も、動物も」
「分かっています、今私もそちらに行きます」
アーナは指笛を吹く、しばらくすると翼竜が彼女の元に飛んできた、アーナは翼竜に飛び乗りそのまま城から去っていった
「・・・アーナ!」
虎は気配を感じ取った瞬間、その方向へ走り出す
「来たか!」
翼竜から降りる者に言った
「戦いを止めに行くぞ、私達ならやれる」
「・・・」
「アーナ!何をやっている!行くぞ!終わったら城に帰ろう!」
アーナの口から出た言葉とは
「…私は城には戻らない」
「・・・どういうことだ?」
「あそこは争いに巻き込まれる、だから捨てたのだ」
「…何!?お前は何を言っているんだ!?捨てたとはどういうことだ!?」
「そのままの意味です、城を捨てた私は戻る資格なんぞない、貴方の主人である資格もないでしょう」
アーナはその場から去ろうとする
「待て!!どこへ行く気だ!!!」
虎がついて行こうとすると
突如アーナは数枚のカードを虎に投げつける
「!?」
カードは光りだし、虎を吸い込んだ。封印したのだ
アーナはそのまま走って行った、向かった先はとても巨大な大木だった
「…何故だ、何故こんなことをしたのだ!?」
パラリパラリと落ちるカードからそんな声が聞こえた
争いが過激になってきた頃だ、城から見える大木から淡い光が溢れ彼らを包む。しばらくして彼らは心が穏やかになったとでもいうのだろうか?争いをやめたのだ
こうして、死人が一人も出ずに、争いは終わったのだ
時は過ぎて今に至る
「さーてと、楽譜作りのために来たは良いものの
どうもパッとしないなー」
幼い少女はそう言った、少女は傍に楽器をふわふわと浮かばせている
「流石に同じところ何回も来過ぎたかなー、まだ見たことのない場所に行かないとだめかー、どこ行こうかなー?」
ぶつぶつとぼやいていると
「幻、こんなところで何してんだ?」
後ろから声がした、振り向くと龍が居た
黄金に輝き、体つきがしっかりしている
「エルドラド!」
幻と呼ばれた少女は龍、エルドラドに抱きついた
「新しい曲のネタ探ししてたんだ」
「そうなのか、何やら難しい顔してたが」
「それなんだよー、なかなか良い発想が降りてこないんだよー、ビビッとこないんだよー」
「なら行ったとこない場所に行けば良いんじゃねぇか?」
「そう思ってたとこ、どこ行こうか迷ってた」
「・・・なら前面白いところ見つけたからそこ行くか?」
幻はその言葉に食いついた
「ほんと!?行く行く!!」
「目ぇ輝かせるなぁ、それじゃあ一回姉ちゃん達とこ行くか。せっかくだから乗れ」
エルドラドは姿勢を低くする、幻は彼の体をよじ登り、首もとに座る
「しっかり掴まれよ」
エルドラドは大きな翼を思い切り動かす
空気が地面へ送られその反動で彼の体が浮く
再び翼を羽ばたかせ、飛んで行った
しばらくして彼が足をつけた、そこにあったのは廃れてはいるが立派な屋敷だった
窓の一つが開く、そこからある者が顔を出した
「幻にエルドラド!どうかした?」
「下の姉ちゃんか」
「寂滅姉ー♪」
幻はエルドラドから飛び降り、寂滅を抱きしめる
彼女は妹の頭を優しく撫でたそんな彼女に
エルドラドはさっきの事を話した
「へぇ、面白いところねぇ。どんなとこ?」
「ヒヒヒ、言ったら面白くないだろ?今日は冥界の仕事早く終わったし最初から付き合えるぜ。安全は保証するぞ」
「そっか、じゃあ姉さん呼んでくるから待って――」
「私はここに居るよ」
「わぁっ!?」
ベッドの下から這い出てきた
「ね、姉さん!何でベッドの下に居たの!?」
「いや、かくれんぼしてた」
「か、かくれんぼ?」
ドアがガチャリと開く
「あ、叡智さんやっと見つけた、どこに隠れてたの?」
「ベッドの下」
「うわぁ、そこは盲点だったなぁ」
叡智と言われた者は服についた埃をぺしぺしと払う
「他のみんなは?」
「屋根の上だよ」
それを聞いたエルドラドは屋根を見る
「うわ、なんか居やがる」
そこには二人の少女が居た、二人はこちらを見ると
軽くジャンプしこちらに降りてきた
「よっと、もう叡智さんは見つかった?」
「うん」
「いつも叡智さんは最後に見つかるんだよなぁ、かくれんぼうまくない?」
「そうかな、いつも寂滅の部屋にしか隠れてないから逆に見つかりやすいと思うけど」
「前なんか忍者みたいに壁を改造してからくりみたいにして隠れてたじゃんか」
「妹の部屋を改造するんじゃねぇよ」
エルドラドがツッコむ
「四人でかくれんぼしてたの?」
「うん、私と叡智さんとライトさんとファントムさんとでね」
「そうなのか・・・ん?お前らもう一人いただろう
そいつはどうしたんだ?」
ライトとファントムにエルドラドは問う、二人はその言葉に動揺したような素振りをした、やがてライトが口を開く
「…姉さんは、忙しいってさ」
「・・・そうなのか、お前らも行くか?」
「ん、良いの?」
「大人数の方が楽しいだろう」
「わーいっ!行く行く!」
「おい、待て」
ドシン、と地を踏む音がする
「私も連れて行け、仲間外れは許さんぞ」
「おーっと、忘れていたぜ。ほら、乗りな」
エルドラドはかの者、蒼冬に言った
「お前らは空飛べるのか?」
「飛べないよ、空飛ぶのは継承されてないみたい」
「あー、そうなると四人背中乗せるのはむずいかもなー、よし」
エルドラドは二人の腕を掴む
「…へ?」
「それじゃあ、行くぞー」
「ちょ、エルドラドまさか―――」
ファントムの言葉も聞かず、エルドラドは空を飛ぶ
「タンマ!待てこのまま飛ぶのか!?落ちる落ちる!!!」
「暴れるな、腕がすり抜けて落ちるぞ」
「いや怖いからな!?これ普通に怖いからな!!?」
「エルドラドー、落としちゃダメだよー」
「あ?そんなヘマするわけないだろ」
「前科あるのに?」
「あれは、偶然だ。うん」
「・・・お、見えてきたな。アレだ」
「あれは…城?」
「人間に聞いたんだが、まだ現役で今は観光地にも
なってるんだと。ほほぉ、あの感じだと今日は祭りか何からしいな。ほら行こうぜ」
「ここに居る者達に伝える!今日はこの城の記念すべき日だ!さぁ、上下関係なぞ忘れて思いっきり楽しんでくれたまえ!!」
「・・・あれが、ここの王様、かな」
「そうらしいね、王とだけあって貫禄があるよ」
「・・・・」
「…姉さん?」
蒼冬は何故か固まっている
「・・・っ!ごめん、ぼーっとしてた」
「あはは、ぼーっとするの何かわかるかも。こういうところって緊張するしね」
「…日輪が南中する刻、勇者アーナに捧げる為の毎年恒例の今日の勇者を決める戦いを見せてもらう!我こそはという者は古くからあったコロシアムを改修した所へ来たまえ!」
「・・・ほぉ、勇者…か」
「ん?エルドラド、参加するの?」
「あー、勇者とやらには興味はないがここんとこ自分の力を確かめたいと思っていてな、ちょうどいい腕試しになりそうだ」
「ミャア」
「…ん?」
「寂滅、どうした?」
「ん、いや気のせいみたい」
そして、太陽が南中する
「さぁ、勇者になるにふさわしい戦士達よ!誇り高き戦いを観衆の目に焼き付けよ!!」
王の声で戦いは始まった
「わぁ!すごい戦いだね!!」
音廻はその光景を見て興奮する
「…そう、だね」
蒼冬は力なく答えた
「…音廻、何か…お前にデジャヴを感じるんだよ」
「・・・え?」
「…いや、何でもない。忘れてくれ」
「あっ、エルドラドー!!」
試合場にエルドラドが現れる、幻に気づいた彼は軽く微笑んだ
「頑張れー!エルドラドー!」
「…お前が俺のお相手か、お手柔らかに頼むぜ」
「ほう、その姿…どう見ても人間じゃないな。ここに何の用だ?」
「ただの観光さ、それ以外に理由はない」
「まぁ、今日は城の記念する日、こんな日に種族なんて関係ないな」
「そうだな…さぁ、始めようぜ」
「おう」
二人はその場で構える、時が止まったかのような空気に観客は息を呑む
「・・・」
「・・・」
そして、時は動き出す
体を殴るたび、重い音がその場に響いた
「ほぉ…人間のわりにはなかなかの腕じゃねーか」
「そっちもな、ところで肉弾以外の技はしないのか?」
「あ?お前はできないだろ?そんなやつに炎を吹くなんて無礼だぜ」
「よく言うな」
人間はエルドラドの顎を殴った、ごきりという音が鳴った気がする
「…ぐっ」
その直後、エルドラドは反撃として人間の腹部を殴り、蹴り飛ばす
「わっ、エルドラド流石にやりすぎじゃない?」
「思わずやっちまったが…加減はしたぜ」
「・・・」
人間はフラフラと立ち上がる
「…おぅ、今のでも立てるのか…だが…」
「…うっ」
人間はその場に倒れ、意識を失った
「勝負あり!!」
審判がそう言った時、観客から物凄い歓声があがる
「わー、やっぱりエルドラドは強いなぁ」
「だけど、彼の動きについていけてた人間も凄かったよ」
太陽が少しずつ沈んでいく下、次々と試合が行われた
そして、待ちに待った決戦
「エルドラド、ここまで来たね!」
幻は興奮気味に言った
「…なるほど、伝えよう」
王がコホンを咳をして
「たった今、不調で棄権するという情報が入った」
「…あー?不戦勝は面白くないぞ!!」
エルドラドは王に物申した
「慌てるな、そこに別の者が名乗り上げた。
その者がお主の対戦相手だ」
そして王は指をさした、そこに居たのは…
「…おっ!?まさか、お前が来るなんてな」
「ねっ…姉さん!?今日は忙しいんじゃなかったの!?」
そこに居たのは、ファントムとライトの姉である
エニグマだった
「…お前がこんなところに来るなんてどんな風の吹き回しだ?」
「・・・妹達だけで楽しんでもらおうと思ったんだけど、一人ってつまらないものだね」
「それでこっそりついて来たと?」
「あー、まぁね。ソルに運んで貰ったよ、今もそこらでぶらぶらしてると思うよ」
エニグマは妹達を少し見て、すぐエルドラドに顔を向けた
「…さて、そろそろやろうか」
「…女だからって容赦はしないぞ」
「わかってるよ、そんなの私だって好きじゃない」
エニグマは軽い笑みを浮かべた瞬間
「…っ!!」
「おっと、頭の処理が遅いんじゃない?」
エルドラドの死角に現れ、先制攻撃をする
重い彼の体がずるりと少し後ろに下がる
「…結構俊敏な体なんだな」
「そういうふうに作られたからね」
「そうか、ならこっちもやらせてもらうぞ!」
エルドラドはそう言うと、エニグマに殴りかかる
しかし彼女はその剛腕を瞬時に避けていく
「おっと、これは食らったらやばい攻撃だね」
エニグマは高くジャンプし、壁のわずかな突起に指をかける
「姉さん、大丈夫?」
「あぁ、ファントムにライト、大丈夫さ」
エニグマは妹の頭を少し撫でる
「おい!いい加減戻ってこい!観客の近くに居たら攻撃できねぇだろうが!!」
「わかったわかった今行くよ、じゃあ姉さん行くから」
「うん、頑張ってね姉さん」
妹の言葉に頷くと、エニグマは試合場に足をつける
「…今からあそこに行くのは無しだぜ」
「少し妹の様子見たかっただけ、もうしないよ」
エニグマはコキコキと首の骨を鳴らすと
「それじゃあ…再開するか!」
地を思い切り蹴り、エルドラドのもとへ
エルドラドは腕を振り、彼女を攻撃する
だが彼女はそれを想定していたのか、避けた後ジャンプ、軽く一回転しながら彼の首に座る
「なッ!!」
そしてエニグマは彼の顔を腕で締め付け、脚で彼の太い首を絞める
「もががが!!」
エルドラドはもがき、暴れる。振り解こうと右往左往する
「…おっ」
エルドラドは壁に近づき、思い切り自分の頭をぶつけた。砕けた瓦礫が舞う
「危ない危ない、豪快なことするなぁ」
エニグマは壁にぶつかる前に空中に逃げていた
すたっと地面に着地、エルドラドの方を見る。
頭をぶつけた衝撃で、頭からは血が流れ、壁には大きな凹みが出来ていた
「こりゃ壁の方が凄いな、凹みだけで済むんだから」
エルドラドは頭についた瓦礫の破片をぱっぱと払うと
「…もう少し力出すか」
「…というと?」
エニグマが彼を疑問視する
ドッ、ドガッ
「ふぐっ!!?」
気づけばエルドラドは彼女の腹を殴っていた
その反動で彼女が後ろへ下がる、ズザザと音が鳴った
「今の耐えられるんだな」
ぺっ、と口に溜まった血を吐くエルドラド
「へぇ…これがお前の力か…」
よろりとエニグマは体勢を立て直す、そしてくるりと後ろに飛び背後にあった壁に足をつけ、壁を押し出すように力を入れ、反動でこちらに飛んでくる
「…っ」
彼女の拳は彼の喉元に直撃した、殴る力に飛んできたスピードが足され、凄まじい痛みを生み出す。
拳はぐりぐりと喉元にめり込んでいる
すぐさまエルドラドは彼女を薙ぎ払い、地に落とす
地にめり込んだ彼女の襟元を掴むと壁に勢いよくぶつけた、そのままガリガリと彼女ごと壁を抉る
「…これでっ…仕舞いだぁッ!!!」
そう叫ぶと彼は彼女を思い切り投げ飛ばした
エニグマは地面を跳ねるボールのように飛び、地面との摩擦でやがて止まる、その軌跡にはわずかに血痕が残っていた
ゼェゼェと息を切らしているエルドラド、息を整えて
「・・・・やべっ、やりすぎたか?」
ハッとして慌ててエニグマの様子を見る
「…生きてるか?」
「・・・・・生きてる」
「そうか、良かった」
「あー…こりゃ私の負けだなぁ。くそ」
「・・・だそうだ」
それを聞いた審判は慌て気味に
「しょ、勝負あり!!勝者エルドラド!!」
その声が放たれた時、観客は一番の歓声をあげた
太陽はすっかり沈んでいた刻
「…さぁ、外は夜に染まった。今宵の締めとして勇者に舞踏を捧げようではないか!老若男女共々今宵は踊り狂いたまえ!」
王の声、そして始まる舞踏会
「さぁ、勇者様こちらに腰をおかけください」
「あ、俺?いや俺結構重いからこれに座ったらぶっ壊れるぞ」
「ですが勇者様が立ったままというのは…」
「いや、平気だから」
「あれ?三人は踊らないの?」
「踊るとかそういうのは興味ないからねー、それよりもこのご飯おいしい」
ファントムはむしゃむしゃとご馳走を食べる
「二人はどうしたんだ?」
「あー、姉さん達はあっちに居るよ」
幻は指をさす、その先には踊る二人が居た。若干寂滅が引っ張られ気味である
「…あいつ、内心かなり興奮してるな」
エニグマが呆れ気味に言う
「そりゃ、叡智姉は私達のこと大好きだからね」
「…好き、か」
それを聞いたエニグマはフッと笑った気がした
「ワン!」
「んっ?」
突然鳴き声が聞こえる、振り向くとそこには犬がいた
「ワンちゃんだー!」
ライトが犬を抱きしめる、モフッとした体毛が彼女を包む
「…かなり大きいな」
「ここのワンちゃんかな、かわいいー」
「・・・」
犬がファントムを見つめる
「な、なんだよ。このご飯は私のだぞ!」
「・・・ワン!」
「わっ!!?」
犬がファントムの持っていた手羽先を奪い、逃げる
「おいこら!!返せ!!」
「ちょっ、ファントム!」
ファントムが逃げた犬を追いかける、ライトもそれに続いていった
「行っちゃった」
「…二人の様子を見てくれ、私はここで待ってる」
「わかった」
幻はひょいっと椅子から降りて、二人を追いかける
「・・・・・さん、姉さん、蒼冬姉さん!」
「…!な、何だ音廻」
「何って…またぼーっとしちゃってさ、何かあった?」
「いや…何もないよ。何にもないはず…」
「…で、これをつければ良いんだな、手袋とマントは無理だから…帽子と杖だな」
エルドラドは王の側近から帽子と杖を受け取る
「質問良いか?」
「はい」
「今日はこの城のめでたい日…と言ってたが、具体的にどんな日なんだ?」
「今日はこの城が救われた日なのです」
「と言うと?」
「あれをご覧ください」
側近が指さす先には、大きな額縁に描かれた人間
「…あれは、勇者か?」
「ええ、数百年前、大規模な戦争が起きたのです。
それを勇者様が原始の大木の力を使い、止めた。この城も巻き込まれずにすんだのですよ」
「なるほど、すげぇやつだ」
エルドラドは杖を掲げた
チャリ
「・・・!!」
「…姉さん?」
杖の飾りが揺れる音に蒼冬は反応する
「・・・あれは、あれは…まさか!?」
「…え?」
蒼冬は人を掻き分けながらエルドラド…いや、杖のもとへ向かう
「蒼冬、どうしたんだ?」
「…あ…あぁ…」
彼はまるでその杖に屈服するかのような表情をする
次の瞬間、エルドラドから杖を奪った
「おわっ!?」
「貴方何してるんですか!!!」
「…アーナ」
「あ?」
「…何で、何で…城を捨てたんだ!!何故!!何故だァァァァ!!!?」
その声が放たれた瞬間、凄まじい空気の圧がくる
その後、蒼冬の体が光出し、虎の姿になる
「…あれは!?」
「な、何だ!?」
辺りの人間は混乱に塗れた
「グォァァァァァァァァ!!!」
重く、鈍い咆哮がその場に響く、蒼冬は杖を咥えるとそのまま走り、窓ガラスを突き破ってどこかへ去ってしまう
「…ど、どうなっちまったんだ?」
「王様…あれは」
「間違いない…あの者は…
勇者アーナの相棒である、アズスチルだ」
「…アズスチル?」
エニグマは叡智達に聞いた
「アズスチルって何だ?」
「えーと…」
「…彼は、封印されてたんだ」
「封印?」
「うん、それを音廻が解いてね、その日からアズスチルは彼女の姉…"蒼冬"として存在することになったんだ、難解かもしれないけど、それが事実なんだ」
「そう、なのか。だが誰に封印されたんだ…?」
「そこまでは…知らない」
「大変だよー!!」
ライトが慌てた様子でこちらに来る
「ライト、二人はどうしたんだ?」
「消えちゃったの!!」
「…何?」
ライトが言うには
「やっと追い詰めたぞ!!私のご飯を返してもらおうか!!」
「クゥ?」
「ファントム、ご飯くらい良いじゃない、ワンちゃんにあげなよ」
「嫌だ!」
「・・・」
犬は目を閉じる、すると身体が淡く光り出した
大きな身体とは一変、小さな身体になる
「・・・何、だ?」
「わぁ、ワンちゃんからネコちゃんになった」
「ミャウミャウ♪」
その者はネコの姿をしていながら、部分的に金属の体をしていた
「ふー、追いついた。ってあれ?ワンちゃんは?」
「ネコになった」
「何ですと?」
幻はかの者を見る
「…まぁ、本当みたいだね」
「ミャミャミャミャ」
かの者は笑ったような素振りをすると、ふわふわとその場を漂う
ファントムはかの者を捕まえようとした、しかし空を舞う綿毛のように躱されてしまう
「くそ!わけわからん動きしやがって!!」
「ミャー♪」
かの者はそのままその場にあった窓をすり抜ける
「あ!?すり抜けた!?待て野郎!!!」
ファントムは窓を開けて追いかけようとする
「ファントムちゃん!危ないよ!!!」
慌てて幻がファントムの服を引っ張る
「離せ!止めるな!」
「ご飯ぐらいでこんな危ないことしなくても良いじゃん!!」
「あれ凄い美味しかったんだもん!!」
ファントムはかの者を指さし
「そっから動くな!!今行くからな!!」
「わわっ」
そうして二人共身を乗り出した時
真下にあった窓が勢いよく割れた
「うわっ!?」
その音に驚いたのか、幻がバランスを崩してしまう
「おわっ!?」
服を引っ張られていたファントムも巻き込まれる
かろうじて窓の縁に指をかける
「大丈夫!?」
慌ててライトが助けに行く…が
「…ミャウ」
かの者がそう鳴いた瞬間、彼女達の姿が消えた
まるでどこかにワープしたかのように
「…え?消え…た?」
「…おそらく、それはカイザーの仕業でしょう」
「カイザー?」
「えぇ、この城に訪れる時、大きな木が見えたでしょう?」
「…あぁ、ここからでもよく見えるよね。本当に大きそうだよ」
「カイザーははるか昔からそこを住処としていました
王のご先祖がカイザーを手懐けてからしばしばここに遊びにくるようになりましてね。しかし困った者ですよ、気に入った玩具を住処に持ち帰ってしまうのですから」
「…じゃあ、二人は今そこに?」
「おそらくは」
「・・・ここは?」
「今日からここが私達の部屋ですよ、身体の大きな貴方でもゆっくりできるでしょう」
・・・。
ここは本当にあの城だと言うのか?
「…アズスチル」
「ッ!」
虎は突如聞こえた声にハッとする
「…マルクス…王」
「…私はマルクス王ではない」
「何…?」
彼は眉をひそめる
「マルクスは私の先祖、私の名はチャペル…この城の王だ」
「・・・」
「お主のことはあの幼気な少女から聞いた。
お主は…先祖が城を治めていた時からずっと、一人で居たのだな。そして、今はあの者の姉として尽くしていたのだな」
「・・・そうだ」
「・・・カイザーのことは知っているか?」
「…あいつか、古くからの馴染みだったな」
「カイザーが少女のお知り合いを連れ去ってしまったようだ、明日迎えに行くためあの大木に向かう。
付き添ってあげなさい。アーナを導いた時のように
原始の大木のもとへ」
「・・・王がそう言うのなら」
「…姉さん」
「…音廻、騒霊殿達は?」
「他の部屋に居るよ」
「そうか」
妹は古くさいベッドに座っていた、彼も妹の隣にぽふんと座る
「…姉さん、聞きたいことあるんだけど、良い?」
「…うん」
「…姉さんが昔の知り合いの…アーナさんってどんな人?」
「・・・アーナは、人間にしては凄いやつだった。
あいつは…エネルギーを読み取ることができた」
「エネルギー?」
「…この世の全てには、エネルギーが宿っている。
まぁ、複雑に考えなくていい。そういうものだと思ってくれ。それで、一部の人間はエネルギーを読み取りまるで己の力のように扱うことが出来るんだ、アーナもその一人だった」
「へぇ、凄いや。…その人、この城を捨てたってあの時姉さん言ってたよね。それって…本当?」
「…本人の口から出た、もちろん私は何故なのか問うた、だがあいつは何をしたと思う?そのまま私をあの忌まわしきカードに封印したんだ」
姉の言葉に対して妹は何も言わなかった
体が微かに震えている
姉はベッドに身体を倒し
「…明日、あの大木のもとへ行くんだろう?
だったら、もう寝た方が良い」
「…うん、おやすみ姉さん」
「・・・」
次の日
「おい、何でこんなに霧がかってんだ?」
エルドラドとソルは叡智達を背中にのせて走る
「霧じゃなくてもはや雲じゃねぇか、何も見えねぇぞ」
「…ここらの地形は、俺でもわからん。あいつに委ねるしかないな」
目の前に居る虎、アズスチルは彼らを先導する
それとほぼ同じ頃
「・・・あれ?」
「…お、幻起きたか」
ファントムは崖近くにカイザーと共にいた
「こっち来てみなよ、すごい絶景だよ」
幻は体を起こし、ファントムのもとへ
「…わぁ、ほんとだ」
「ミャウミャウ〜」
「・・・」
「ん?どうした?」
「・・・姉さん達にも、見せたかったな」
「…私も」
「…ミャ〜?」
カイザーは寝床から玩具を取り出す
「ミャウミャウミャウ!」
「…遊びたいの?」
「ミャウ!」
「・・・ちょっとだけだよ」
夜
「枝はこんくらいで良いか?」
「そうだね、もう十分だ。エルドラド、頼む」
「了解」
積み重なった枝に向かって彼は炎を吐く
火がついた枝は天へと燃え上がる
「・・・」
「姉ちゃん?」
「…幻、元気かな」
寂滅は原始の大木の方を見る
「…おい、エルドラド」
「あ、何だ?お前から話を持ち出すなんて珍しいな」
「お前と幻は確か番だったな?最初の頃の話を前から聞きたいと思っていたのだ」
「あ、私も気になるー!」
エルドラドはふん、と息を吐くと
「…俺は、長い間…あいつに片想いをしてた
だから、番になれた時はすごく…嬉しかった
だが、最初は葛藤もあったさ、俺なんかがあいつの番になって良いのかって。おかげで死にかけたよ
…今じゃ、俺はあいつを信頼してる、あいつも…きっと」
「・・・」
その話を遠くから聞いていた蒼冬は
「何が信頼してるだ」
「…何?」
「所詮は他人、信頼なんぞできるか」
そう吐き捨て、歩いていく
「・・・待ってよ」
寂滅が彼を止める
「…彼のこと?それとも私の妹のこと?」
「…都合が悪くなったら、みんな他人を裏切るんだ」
「・・・ッ!幻はそんなことしない!!」
彼女は彼の言葉を否定する
「そもそも!伝説になるほどの凄い人が誰かを裏切るわけないじゃないか!貴方がデタラメ言ってるだけなんじゃないの!?」
「何!?」
蒼冬は彼女を睨む
「…そもそも、寂滅殿のような愚かな者が姉だから
幻殿の方から離れていったんじゃないのか?」
「・・・!!」
それを聞いた彼女は…
「言わせておけば…言わせておけばァァァァ!!」
「ぐっ!?」
彼の喉元を掴み、地に押しつける
「…妹を悪く言うやつは誰であろうと許さない!!」
「落ち着きなよ!」
ライトが慌てて止めようとする
「・・・ふぐっ!!」
蒼冬は寂滅の腹部を思い切り蹴り飛ばした
勢いよく彼女の体は宙を舞い、下方にあった湖へ落ちる
「・・・」
湖の水面が揺れる、ゴポゴポと音がする
「・・・・!」
湖に水柱が立った、寂滅が濡れたままこちらへ来る
瞳は、相手を排除するかのような憎しみが込められていた
彼女の指が蒼冬に触れる時
「…やめなさい!!」
叡智の声が響いた
「・・・!」
その声で彼女は我に帰る、頭を左右に2、3回振った
「・・・」
「あっ、姉さん…」
「音廻、蒼冬の傍に居てやれ」
「あ…うん…」
音廻は歩いていく姉を追いかけていった
「…大丈夫か?」
「…うん」
「…何か、あいつ…悲しそうだったなぁ」
「・・・・」
「ね、姉さん」
「…音廻か」
「えっと…姉さんは…誰も信用できない?」
「・・・人間は、一番誰かを裏切る生き物だ」
「…私も?」
「・・・」
「別に、信用しなくてもいいけどさ…私は姉さんのこと…信じてるよ」
「・・・お前は、アーナに似ているな」
「…え?」
「お前から感じるエネルギーが、アーナとそっくりなんだ」
「…そうなんだ」
次の日の朝
「…おい、こっちであってるんだな?」
エルドラドはアズスチルに聞く
「…この先を進めば、大木の麓だ」
走り続ける彼ら、しばらくするとアズスチルは足をとめた
「…どうしたんだ」
「・・・・私は、ここで封印されたのだ」
「…何だと?」
「・・・」
アズスチルは地に伏せる
「…何故なんだ…アーナ…何故…」
それを見たエニグマは
「…何するつもりだ?」
しゃがみ、地に手を置く
「・・・この地に宿る記憶を映す」
「そんなことできるのか?」
「できないなんて、一言も言ってない」
時折、唸り声を上げながら彼女は気を高める
「・・・!」
その場に、人間が映し出された
「アーナ!」
「この人が…彼の…」
次に映し出されたのは昔のアズスチル
そのアズスチルに向かって、人間はカードを投げつけた、そのカードは光出し彼を封印した
「・・・彼が言っていたことは正しかったってことか?なら伝説が間違っていたのか?」
「…雰囲気的に、アーナとか言う奴は悪い奴ではなさそうだったがな」
「・・・ん」
幻影のカードが微かに揺れる
左右から軍が押し寄せてきた
「これは…」
「確か、ここは戦場だったらしいが…」
「・・・グゥ…グァァァァァ!!!」
突然アズスチルが興奮し出し、当てずっぽうに炎を
吐く
「落ち着け!これは幻だ!!」
「エニグマ!能力を使うのをやめろ!!」
「お、おう」
幻影が、薄くなっていく。やがて、見えなくなった
「・・・う・・・うぅ…何故…なんだ…」
彼は頭を押さえていた
そんな彼に向かって、寂滅は言う
「・・・ごめん」
「…?」
「貴方のこと…何も知らなかったくせに…ひどいこといっぱい言って…」
「・・・」
蒼冬はゆっくり立ち上がり
「・・・寂滅殿、絶対に幻殿を捨てるなよ」
「…言われなくても」
「・・・・あ」
「…エルドラド、どうした?」
エルドラドは何かに感づいた顔をした直後、叫ぶ
「姉ちゃん!蒼冬!気をつけろ!!何か来るぞ!!」
「・・・ハッ!」
蒼冬は寂滅を押し出した、彼らが居た場所から何者かが現れる
「・・・あれは、熊か!?」
「いや…熊にしてはおかしいぞ。腕が…金属じゃないか」
「グォォォォォォォ!!」
熊らしき者は雄叫びをあげると、鋭い爪で彼らに襲いかかる
「こっちだ!丁度この先が大木に繋がっている!」
アズスチルはそう言い、みんなを避難させる
「…やかましいぞ!!」
エルドラドは喉奥を光らせる、最大まで光ったと思えば光線を吐き出していた、熊の顔面に直撃する
「今のうちに行くぞ」
「わかっている」
「…どうして、襲ってきたんだろう」
「近づくな、だとさ」
「どういうことだ?」
「おそらく、あいつは大木の守り神みたいな存在なのだろう」
彼らは歩き続けた、その先に見えたものは
「…こ、これはっ!?」
「本当に大木の中なのか?川が流れて生き物がわんさかいるな…」
「・・・いや」
エルドラドは地を見て言う
「遠くからは、でっけぇ木に見えた。だが、これは岩だ、でけぇ岩が木に見えてただけだ」
「なる…ほど?」
「…幻」
寂滅はとたとたと走り出す
「待て、探すのは良いが道知ってるのか?」
「知らないよ、でも上にひたすら登れば良いんでしょ?ね、蒼冬ちゃん」
「一応は」
「お、おい待てよ!」
「幻ー!!聞こえてたら返事してーー!!!」
「・・・ん?」
「…どうした?」
「寂滅姉…?」
「ミャウ?」
幻は思い切り叫ぶ
「姉さーーーーーん!!!」
「…幻!」
僅かに聞こえた声、寂滅は走るスピードをあげる
「…寂滅殿!止まれ!!」
「え?」
蒼冬は寂滅を止める
「・・・」
ガァァァァァァァァ!!!
「…ゴリラ!?やっぱり体の一部が金属!」
ゴリラはドラミングをすると、地に掌を叩きつける
衝撃で地が抉れ、断片が舞う
「おりゃ!」
すかさず彼女は断片を霊力で受け止め、投げ返した
「待って!私達は妹を探しにきただけなの!!」
「ガァァァァァァァァ!!!」
「話を聞く気はないようだ、別の道を探そう」
「みんな戻って!!」
「な、何だ?うぉっ、ゴリラか!?」
「いいから早く!!」
寂滅達は道を降りる
「こっちだ!」
その先にあったのは細い崖
「飛んでいった方が良さそうだ。お前ら、のれ」
エニグマとライトはソルの背中にのり、反対側へ
エルドラドも反対側につく、そして
「これなら…どうだ!!」
思い切り足を地に踏んだ、その衝撃で足場が崩れていく
「・・・フン」
何もできないことを確認し、彼女達についていった
「あっぶなかったー…」
ソルから降り、ライトは一息つく
「・・・・・んっ!?」
「ライト!!後ろだ!!!」
「…へ?」
彼女の真後ろに居たもの、何やらスライムのようだ
スライムはライトを飲み込む
「…離せ!!」
叡智は楽器を出し、音の波動を作り出す
しかし、それはスライムをすり抜けていった
「効いて…ない!?」
「姉さ…ん」
「ライト!!…あ…あ…」
そのまま彼女は取り込まれ、地面の中へ連れて行かれる
「・・・・」
エニグマは地面に膝をつける
「嘘…だろ?何なんだよ…アレ…」
「…多分、この木における好中球みたいなものじゃねぇか?早く行くぞ、俺らも飲み込まれる」
「・・・」
エニグマはゆっくり立ち上がる、のだが
「…危ない!!」
「!?」
彼女の真上からスライムが襲いかかる、叡智はエニグマを押し出した
「…叡智!」
「エニグマ…妹を…頼む…!!」
その言葉を最後に、叡智は飲み込まれていった
「ね…姉さん」
「・・・!」
さらにスライムがこちらに来る
「やかましい!!」
ソルは炎を吐き、スライムを破壊する
「今のうちだ!行くぞ!」
「・・・・・後ろから、あの熊とゴリラが来てるな」
「・・・」
寂滅はピタリと足を止める
「…どうした、姉ちゃん」
「エルドラド、みんなを連れて先に行って。私が足止めする」
「・・・・。…わかった」
「…寂滅殿」
「蒼冬ちゃん?」
「寂滅殿が幻殿に会えるまで、私は寂滅殿の傍にいる」
「・・・うん」
「…くるぞ」
突如鳴る轟音、舞う砂煙、二つの鈍い雄叫び
「さぁ!私達が相手だよ!!」
寂滅は楽器を出す、それに己の息吹を思い切り通した
息吹は何倍もの力となり、音となり、相手にぶつかる
「ほら!こっちこっち!!」
彼女は挑発気味に言う
「ガゥゥゥゥゥ!」
一方、エルドラド達は
「なぁ!本当にこっちであってるのか!?」
「そんなんわかるか!でも外にさえ出ちまえばこっちのもんだ!とっとと空飛んで逃げるぞ!」
・・・・・・・
「…音廻!!」
「ひゃっ!?」
エルドラドは音廻を後ろに放り投げた、途端にスライムに飲まれる
「…ぐっ!おいソル!!そいつらを連れて逃げろ!!早く!!!」
「お、おう!」
ソルはエニグマと音廻を脇に抱え、逃げる
「…ちくしょう、まだ会えてないっていうのに…
ここで終わりかよ…」
「・・・」
「寂滅殿?」
「…こっちに幻が居る!」
寂滅は穴を駆け上っていく、その先にあったのは
「・・・わぁ」
何本も岩で繋がっている不安定な道があった
「…ん、風が強いな、変に飛んだら吹き飛んじゃう」
「・・・・寂滅姉!!」
「…幻!!」
上の方に我が妹が居た、せっせと飛び移りこちらに走ってくる
「今行くよーー!!」
「私も今行く…うわぁっ!?」
足を踏み出した瞬間、つるりと滑らした
「うおっとととと!…危ない危ない」
かろうじて手を引っ掛ける
「姉さん!」
幻はぴょんとジャンプし、次の足場に足をつけようとしたその時
強風が吹き、儚い騒霊を飛ばした
「幻!!!」
「姉さ…!!」
「手を伸ばして!!」
「うん!!」
幻の伸ばした手を寂滅はがっちり掴み、握る
「捕まえた…って、めっちゃ風強ーーーーい!!!」
そのまま彼女も吹き飛ばされてしまう
「姉さん!後ろ!!」
彼女達の真後ろには岩
「やばい!ぶつかる!!」
姉は妹をぎゅっと抱きしめ、守ろうとする
「・・・・?」
「あ、あれ?何とも…ない?」
「大丈夫か?」
「ソル!」
ソルは彼女達の襟を掴み、地面に足をつける
「ほいっと」
「寂滅姉!寂滅姉!!」
「幻!ようやく…会えた!!」
「寂滅殿!怪我はないか?」
「うん、平気だよ。…蒼冬ちゃん、私幻に会えたよ」
蒼冬はその言葉に対して、深く頷く
「ミャウミャウ!」
「…ん?」
ネコのような生き物が彼女達の前に現れる
「もしかして…カイザー?」
「ミャウ!!」
「へぇ、可愛い〜」
寂滅はカイザーの頭を優しく撫でる
「…うっ、やっと追いついた…」
「ファントム!」
「…ふぅ、カイザーはただ遊びたかっただけみたい
玩具をたっぷり寝床に保存してたし…」
「そう、だったの」
「・・・!感動の再会は後だ、奴らが来たぞ」
「こっちに行くぞ!」
「ねぇ、ライト姉さんは?」
「・・・・」
「・・・待て」
蒼冬は警戒を促す、前からスライムか現れた
「…アレに飲まれちまった」
「叡智姉やエルドラドも?」
「…うん」
「そんなぁ…!」
「グゥ!!」
ソルはスライムを切り裂く
「行くぞ!」
「・・・!?姉さん後ろ!!」
先程切り裂いたはずのスライムがもとに戻り襲ってくる
「危ない!」
ソルは思わず彼女の前に出た、スライムは彼を取り込もうとする、が?
「ぐ・・・・・あ…?何ともないぞ?」
「…ソルは飲み込まれないってことか…
取り込まれるのは…私達…」
彼女達は走り続ける、やがて広い場所に出た
「・・・・ここは」
「・・・・ん、向こうから風を感じる。外は近いぞ」
「待てよ、ライト達はどうするんだ?」
「俺は取り込まれないことがわかった、まずはお前らがここから出ろ。俺はやつらをなんとかして連れ戻す」
「・・・」
「お前からしたら多少は不服かもしれん、だがこれが最善の策なんだ」
「…わかった」
そう言い、歩を進める瞬間
「ふぐっ!?」
「寂滅!うおっ!!?」
エニグマと寂滅が後ろからきたスライムに飲まれる
「エニグマ!うっ!?」
ソル達が助けに行く時、熊達に体を拘束される
「くそ!!離せこのカス野郎!!!」
「姉さん!!」
「…幻、せっかく会えたのに…この木にとっちゃ…私達はバイ菌みたいなんだよ…」
「やだ!!嫌だよ!!」
幻は姉の手を掴み引っ張る
「あわわわわ、どうすれば良い…!?」
ファントムは頭を抱え、パニックになる
「離せって…言ってんだろうが!!」
ソル達は熊の拘束を振り解き、殴り飛ばす
急いで彼女達のもとへ向かうが、既に遅かった
二人はスライムに取り込まれ、消えていった
「・・・くそ」
「姉さ……嘘……嫌だよ………」
幻の瞳から涙が流れ落ちる
「えぐっ…ひぐっ…」
「ミャウ?」
その光景を見ていたカイザーは
「・・・・・ミャ〜〜〜」
「…エネルギーを放出して何をする気だ?」
「ミャウ〜〜〜!」
この場が光に包まれる、やがて…
「・・・姉さん!」
「…あ、幻…」
スライムから捕らわれし者が出てくる
「・・・カイザーがバイ菌じゃないとこの木に教えたらしいな」
「そうなんだ」
「おーい!」
「ライト姉さん!」
「叡智姉!エルドラド!」
彼らと合流する
「…ミャウ…ミャ…」
ふらふらとカイザーが飛ぶ
「大丈夫!?」
音廻がすかさずカイザーを受け止める
「…あちっ!熱で弱ってるよ!」
カイザーが弱った故か、辺りが崩壊し始めた
「…もしかしたら、こいつと木は一心同体かもしれないな…だとしたら…不味いぞ」
「・・・」
「エルドラド?」
「思ったんだが…アーナはここにきてどうやって争いを止めたって言うんだ?」
「…確かめてみるか」
エニグマは地に手を置く、過去が幻影として映し出された
そこにいたのはアーナとカイザーだった
「お願いです、カイザー。貴方の力を貸してくださ
い」
「ミャウ」
アーナらカイザーに掌をかざす、掌からエネルギーが放出され、カイザーへ流れていく
「これが…私の魂!全身全霊だ!!」
眩しい光を最後に、幻影は消えた
「…アーナ」
「・・・あいつは、命と引き換えに争いを終わらせた…っていう見解が妥当だな」
「…ミャウミャウ」
蒼冬の傍にカイザーがくる
「…今度はこの木の為に、己の力を使うと言うのか」
「ミャウミャウ」
「・・・そうか」
蒼冬はカイザーに手をかざす、かつての相棒がそうしたように
「待て、蒼冬…お前、アーナと同じ運命を辿ることになるぞ」
「そんなもの、百も承知だ」
手からエネルギーが放出されていく
しかし、途中で消えてしまった
「・・・・・・ぐっ!私のエネルギーだけでは足りないのか!?」
「姉さん、私のエネルギーはあの人と同じなんだよね?」
音廻はその場に落ちている手袋をはめる
「何をする気だ、音廻」
「なら、私にだって多少はできるはずだよ
早くしないと…ここにいるみんな全員崩れた岩に埋もれて死んじゃうよ!」
音廻はカイザーに両手をかざす、少しずつエネルギーが放出されていく
「…音廻」
蒼冬も再び、エネルギーを放出させる
「うっ…ぐぅっ!!」
ズキリズキリと、己の精力が減る音がする
「あっ…がぁっ…!!」
蒼冬は苦しむ音廻を見る
「・・・・・ぐぅっ!」
彼は彼女に体当たりし、遠くへ飛ばした
「いてっ!」
「…あとは私がやる!!」
「姉さん!?」
「うぉおおおおおお!!!」
蒼冬は体に残る全てのエネルギーを放出させた
・・・光が、溢れる
「・・・ん」
光が収まる、崩壊はもう止まっていた
「ミャアミャア!!」
そこには元気よく飛び回るカイザーの姿
「…元気になったんだ」
「ミャア!」
「ありがとう、カイザー」
「ミャウミャウ!」
「・・・・・うぐっ!!!」
蒼冬が血反吐を吐いた、そのまま壁にもたれかかる
だんだんと、姿が薄くなっていく
「姉さん!」
「…もう、エネルギーは残ってない…存在を維持する力も…」
「姉さん!嫌だよ!!消えちゃやだ!!」
妹は姉の手を握る
「・・・あれは」
エニグマは近くにあった巨大な結晶を見る
「どうしたんだエニグマ」
「…この中に何か居るぞ」
「何?」
「想起してみる」
すかさずエニグマは結晶に手をつけた
映し出されたのは、弱っているアーナであった
壁に寄りかかり、手袋を投げ捨てる
「…アーナ」
「…アズスチル、すみませんでした…ですがああでもしなかったら…貴方はずっとついてきて…私と運命をともにしたでしょう…?それはいけません…利益なんぞ皆無な争いで命を落とすのは…私だけで十分なのです…
貴方と城で過ごした日々はとても楽しいものでした…
悔いはない…と言えば嘘になりますが…
せめて…はるか遠くにあると言われる…花畑を貴方とともに見たかったですね…
アズスチル…ありがとう…孤児だった私の傍に居てくれて…我が友よ…」
彼女の瞳から一つ、結晶が落ちる
それで幻影は終わった
「・・・アーナ・・・ふざけんなよ・・・」
「姉さん…」
「…ぐっ!!」
蒼冬は左胸を苦しそうに握りしめる
「…音廻…どうやら…ここまでみたいだ…」
「姉さん…死んじゃやだよ…」
「死ぬんじゃない…アーナのもとへ行くだけだ…」
極限まで姿が薄くなっているせいか、はたまた瞳にたまった涙のせいか彼の姿がよく見えない
・・・・
・・・・・?
「・・・・・あれ」
「…え?」
彼は、消えていなかった
「姉…さん?」
「・・・・どうやら、あいつのもとにたどり着けなかったみたいだな」
「・・・」
ぽかり
「いてて!殴るこたないだろ!?」
「何だよ!消えかけたくせに!!」
ぽかぽかぽかぽか
「殴るな!悪かったから!!」
「…そろそろ、帰るか」
「そうだね、ここは…見なかったことにしよう」
大木から帰る途中のこと
「…音廻」
「…ん?」
「あの時さ、アーナに会ったんだよ」
「そう、なの?」
「それで、あいつ何て言ったと思う?」
「…わかんない」
「…まだ来るな、私の代わりに我が子孫と共に時間を過ごしなさいだってよ」
「へぇ…え?子孫?」
「どうやら、お前はアーナの子孫らしいなぁ
まぁ、そしたらエネルギーが似ているのも納得だが
…なぁ、音廻」
「?」
「何があっても…お前だけは絶対に信用するよ
ずっとお前の姉で居るから…だからお前も私を信用してくれないか?」
その言葉で妹はくすりと笑う
「当たり前じゃん、私はずっと姉さんのこと信じてるよ」
暗い空に浮かぶ月が、双子を優しく見守っていた