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〜幻視の姉は妹の望みを叶えたい〜


「・・・今日も聞こえてくるなぁ」


ある夜に、そう少女は呟いた


「・・・騒霊の楽団、前新聞で読んだけど

これほどの音楽を奏でるとは只者じゃないんだろうな

会ってみたいなぁ」


音が風に乗ってここまで聞こえてくる


「素敵な音楽だよね、姉さん…」


少女はそう言った、しかし姉など傍には居なかった

ましてや少女が住む家には少女以外は誰も居ない


「…誰に話してんだろ、誰もこの家には居ないのに。母さんは病気で死んじゃって、父さんは仕事が忙しくて滅多に帰ってこないし、ついには殉死したし。

姉さんと二人きりになって、その姉さんもあの日から

帰ってこないや…」


少女は独り言を言いながら本を出し、捲る


「姉さん、寝る時はいつも本を読んでくれたんだのに

なぁ…」


少女はとあるページで手を止める

そのページに描かれていたのは



全身が青色の体毛で覆われた虎のような生物

足はプラチナ色の鉄鋼に包まれ

まるで騎士のような姿をしていた



「アズスチル…騎士の格好をした虎…幻の生き物とか

姉さん言ってたね…」


少女は本を閉じ、ベッドへ潜る


「…姉さん、いつ帰ってくるのかな。アズスチルに

なって帰ってきたりしないかな…なんてね…」


枕がじっとりと湿るのを感じながら、少女は眠った





次の日


「・・・そうだ」


少女は何かを思い出し、引き出しを漁り始める


「…あった、父さんが仕事先から送ってきたカード…

これが最後の父さんからのお土産ってわけか…

よく分からない文字だな、タロットカードとか言う

やつなのかな?…並べたら何か起こるかな」


少女は床にカードを並べ始める、並べるたびに手が

震える


「・・・父さんも、母さんも居なくなって…

姉さんとずっと一緒に居たけれど…姉さんまでも

居なくなっちゃった…帰ってきてよ…どうして

居なくなっちゃったんだよ…私、何か悪いことした?

だとしたら謝るからさ…お願い…


帰ってきてよ姉さん!!」



少女がそう叫んだ時だ、カードが淡く光り出し

辺りに風を起こした


「うわっ…風が…起きてる?このカードが

起こしてるの?」


風は時間に比例して強さを増していく

ガタガタと辺りの家具が音を鳴らす


「わぁっ、大変だ、吹き飛んじゃう」


慌てて家具が動かないように抑える少女


「・・・いだっ!?」


突然少女の後頭部に鈍い痛みが走る、風で飛んだ本が

直撃したのだ、少女はその勢いで気絶した





「あ…う…?」


意識を取り戻す、しばらくしてふかふかしたものが自分を包んでいると分かった


「ふかふか…柔らかい…」


このまま柔らかいものに包まれて眠ってしまおうか

そう思っていると


「…目が覚めたか」


何者かの声がした


「…ん、誰?」


ぼんやりとした視界が元に戻る、己をとりまくふかふかの正体をそこで理解した


「…わっ!?え…?」


その者はゆっくり少女から離れると


「…私を封印から解いたのはお前か?」


青い体毛、金属の脚を持つ、虎の姿をした者は問う


「アズスチル…?」


「いかにも」


「…姉さん…姉さんだよね?」


「…姉さん?私が?」


「…姉さんがアズスチルになって戻ってきたんだ!

そうでしょ!?昨日の願い事が叶ったんだ…!

姉さん!!」


少女はアズスチルを抱きしめる、ふわふわとした彼の体毛が少女を包む


「姉さん!私だよ…音廻(おとね)だよ!」


「…音廻」


アズスチルは音廻の額に触れる


「・・・姉さん?」


「・・・」


アズスチルの身体が光る、巨大な獣の形はやがて人間に近しくなり…


「・・・姉さん!」


そこに居たのは音廻に瓜二つな人間




「・・・ただいま、音廻」








「寂滅、準備できた?」


「とっくにできてるよ!」


騒霊屋敷から聞こえる姉妹の声


「幻遅いな、もうすぐ来るはずなんだけど…」


そう言い時計を眺める姉もとい叡智

しばらくすると突然窓が開く

それと共に聞こえたのは


「姉さーん!ごめんちょっと遅れた!」


「幻!」


「あ、エルドラドも一緒なんだ」


「仕事が終わったら合流する」


「うん、またね!」


幻と共に来た龍…エルドラドは空へ飛んでいった




「今日はあの花畑で演るんだよね!」


「あぁ、そうだよ。…それじゃあ、行こうか」





騒霊三人は目的の場所へと向かった…が




「・・・え?」


「な、何…これ」


「どうなって…いるんだ?」


その場所は花畑は花畑でも氷の結晶でできた花畑だ

しかし彼女達の知っている花畑とは大きく違って

いた


「ま、前ここで作曲してた時はこんな感じじゃ

なかったよ!?」


「何が…起きたんだ?」



カシャ



「…ん?」


突如カメラのシャッター音を叡智は聞き逃さなかった


「…貴方は」


「あら、どうも騒霊さん達、いつも記事ネタでお世話になってます〜、いやーこれはスクープですよね!

何てったってこの世界で一番美しいと言われている

花畑がこうなってるんですから!」


すると記者と思わしき者がビデオカメラを

取り出す


「何してるんだ?」


「何って生放送ですよ!この光景をそのまま皆さんに

お届けするんです!」


そう言い、カメラを回し続ける記者








「…あ!」


「どうした?」


「騒霊楽団の人達だ!」


「騒霊…?」


「うん!いつも素敵な音楽を奏でてる人達!

私もその場で聴いてみたいなぁ」


「・・・誰の音楽が一番聴きたい?」


「うーん…この人!」


音廻はテレビ越しに寂滅を指さした


「・・・少し、出かけてくる」


「え?」


「大丈夫、音廻の欲しいものを持ってくるだけ。

すぐ戻るよ」


「本当?帰ってくる?」


「ああ、約束だ」


そう言うと、姉は扉を開け外へ向かう









「姉さん、この結晶あの館を中心にして広がって

ない?」


「…本当だな、あそこが元凶ということか」


彼女らの視界に巨大な館が入る、彼女らの屋敷を

ゆうに超えている大きさだろう



「その話、本当ね?」


「…巫女」


彼女達の背後から巫女が現れる


「まったく、あの日からしばらくは平和な日が続くと

思ったのだけれど、やっぱりそうは行かないわね。

とっとと潰しに行くか」


「・・・待って巫女!」


幻が屋敷へ向かおうとする巫女を止める


「どうしたのよ」


「な、何かこっちに来るよ!物凄い勢いで何か来るんだ!警戒して!!」


「・・・あれは!」


彼女達は目を凝らす、館から何者かがこちらに向かって来る、その者が残す軌跡は結晶に覆われていく

やがて、彼女達の前で足を止めた


「…騒霊」


「…え?」


「お前が…音廻の望む騒霊…」


「わ、私?」


いきなり現れた者に対し寂滅は戸惑う


「・・・お前が、音廻の望む騒霊だ!!」


その者がそう叫ぶと…


「…あ、あぁ…」


「姉さん!?」


「寂滅!!」


彼女はその場で気を失う、地面に倒れるその瞬間

叫んだ者は寂滅を担ぎ、その場から去る


「寂滅!おい待て!!」


叡智が慌てて追いかける


「私の妹を離せ!!」


叡智は右手に力を込め、振り上げる。すると寂滅を

連れ去ろうとする者の前に岩盤が飛び出る


「・・・邪魔だ!!」


そう言った瞬間、岩盤が崩れる


「何…!?」


「音廻の望むものを邪魔するやつは…消えてしまえ!!!」


かの者から物凄い力の気迫が放たれる

叡智はそれに耐えきれず、吹き飛んだ


「うっ…あがっ!!」


吹き飛んだ拍子に頭をぶつける


「いっづ〜…!!」


「叡智姉!大丈夫!?」


「あぁ…それよりも寂滅が…!!」


よろよろと叡智は立ち上がり、追いかけようとするが


「深追いはやめなさい、何があるか分からないわ」


「だけど…!」


「アンタの気持ちは分かる、でも今は様子を見ないとかえって危険よ」


「・・・」


「…姉さん」


「・・・何で、寂滅が…こんな目に遭わなきゃ…

いけないんだ…」


叡智は歯を食いしばり、地を踏み躙る








音廻はベッドの上で姉の帰りを待っていた


「…あ、姉さん!おかえりなさい!」


「・・・音廻が望んだものを持ってきたよ」


「わぁ!騒霊さんだ!」


「う…ここ、は?」


寂滅は辺りを見回す


「騒霊さん!騒霊さん!」


「…貴方は?」


「音廻!」


「音廻…ちゃん」


「ねぇねぇ!お願いがあるんだ!」


「お願い…?」


「演奏聴かせて!」


「演奏…?でも…楽器が無いと…」


「あぁ…そっか」


「・・・あるぞ」


「…え?」


姉が腕を振り翳すと、シーツの上に楽器が出現する


「楽器…?」


「わぁっ、これで演奏できるね!」


「そう…だね」


寂滅は楽器を手に取り、音廻のために奏でた






「…あの子、姉さんを担いであの館に行っちゃった…」


「…人里の人達から聞いてきたけど、あの館に住んでるのは四人の家族。父親は貿易商をやっていて仕事先で事故死、母親は元々病弱で早死になってしまったらしいわ。後は…双子の姉妹ね」


「もしかしたら、寂滅を攫っていったのはその双子の

姉かもしれないな、妹が望むものをとことん持っていくってやつか…?」


「・・・」


「幻…?」


「え?あ、なんでも…ない」


「・・・本当?」


「う…」


幻は何か隠し事をしているような素振りをする


「…何か思い当たる事でもある?」


「あの…その…まぁ、うん」


「どんな事?」


幻は息を整えて、言う



「…私の考えが正しいのなら、その子のお姉ちゃん居るはずがないよ。既に死んでるもん」


「…どういうこと?」


「今、冥界に妹を残したお姉さんの魂が居るんだ。

死因は妖怪に食べられちゃったって言ってたの。妹のもとに帰らなきゃいけないのにって、ちょっと泣いてたな…もしかしたら…ね」


「・・・じゃあ、寂滅を攫ったのはいったい誰?」


「…その件で少し思い当たることがあるんだけど」


「イージス、本当か?」



「ええ…"アズスチル"っていう生き物、知ってる?」


「アズスチル…?」


「まぁ、知らないのが普通よね。滅多に姿を現さないって言われてる幻の生き物だし。見た者によれば

身体は青い体毛に包まれ甲冑を身につけている虎…

らしいわ。アズスチルは数百年前、人間に封印された

再び目覚める時、煌々たる光が現れ辺りは疾風に

飲み込まれる…と」


「…それが何か関係あるのか?」


「…数日前、人間達が遠くから眩い閃光が見えたって言ってたのよ、さらに強い風が一日中吹いたって。

まさか…とは思うのだけれど、ね」


「…けれど、あの姿はどう説明するんだ?

その虎が人間に変身したとでも?」


「そのまさかよ、アズスチルは他の生き物に変身

できる能力があるらしいわ、もしこれが本当なら

幻と言われるのも納得ね」


「だとしても…何故…アズスチルはあんなことを?」




結晶の侵食は、日に日に進んでいく

あの世である…冥界にも、ついに侵食し始めた


「…これは、結晶?」


「綺麗ねー、地上に降りたらもっと沢山あるんじゃ

ないかしら?」


「ダメですご主人様!恐らく地上は大変なことに!」


「分かってるわよー」


二人を眺めて龍は呟く



「・・・幻、姉ちゃん、無事…なのか?」





「うわぁ!騒霊さん上手だね!」


「そ、そう?ありがとう」


「もう一曲お願いして良いかな?」


「あー…ごめんもう体力の限界が…」


「そっかー、演奏してくれてありがと騒霊さん!」


「うん」


「・・・」


「…ん、姉さーん」


「…どうかしたか?」


「いや、何見てるのかなーって」


「…お外を眺めていたんだよ」


「お外?」


「見てごらん」


外は結晶で満ち溢れていた


「綺麗…だね」


「…今も、音廻だけの世界が広がり続けているよ」


「そうなんだ〜、…あれ?」


「何か見つけたのか?」


「姉さん、あれ何?」


音廻は指をさす、その先にはスコップやツルハシを

持った人間達が居た


すると突然結晶を壊し始めた


「…え?だ、だめ!壊しちゃだめだよ!!」


「・・・」







「ちくしょう、硬いな!これ以上先には進ませねぇ

っつーの!人里まで結晶に覆われたらどうすんだよッ!」


「・・・やめろ」


「…あ?」


人間達が上を向く、そこには虎が居た


「…音廻の大事なものを壊すな!!」


その声と共に口から蒼色の炎を吹いた


「うわっ、何だよアイツ!?」


「と、とにかく逃げるぞ!!」


道具を放り投げ、逃げる人間

地に投げられた道具達は結晶に飲み込まれた



「・・・」


「姉さん!」


「…お前の大事なものを守ってきたよ」


「うん!姉さんありがと!大好き!」


「…お前が嬉しいと、私も嬉しい」


「・・・」


寂滅は二人の喜ばしい姿を見る、しかし素直に

そう思えない



「…ん」


テレビの画面に何者かが映る





「・・・この館も、結晶で覆われてるな。

扉も開きそうにない」


「あ、姉さん、水は結晶化してないみたい。

ここを辿れば館に行けるんじゃないかな?」


「…なるほど」






「…姉さんに、幻?」


「あ、他の騒霊さん達だ。ここに入ろうとしてる

みたい」


「…追い出すか?」


「…ううん」


音廻は楽器に触れて言う


「…私も騒霊さん達みたいに、何か演奏できたら

良いのになぁ」


「・・・できるさ、音廻なら」


「本当?」


その問いに、姉は頷いた








「姉さん、あれ!」


彼女達の目の前には結晶化した扉があった


「…やはりここもか」


「あー、もう面倒臭いわね。こんなのぶっ壊しましょ」


「イージス、何をするつもりだ?」


イージスは扉の前に立ち、腕を振りかぶる


「よいしょぉっ!!」


扉を思い切り殴った、ガキッと音がする


「・・・」


扉はびくともしない


「…壊れてない。意外に頑丈なのね」


「イージス、手は平気なのか?」


イージスの手から血が滲む


「え?あぁ、妖怪との戦いの時と比べたら屁でも無いわ、それよりここを壊すには…」


「…あ、良いこと考えた。耳貸して」


「…うん、なるほど、やってみよう」




「二人とも、準備は良い?」


「もちろん!」


「いつでもいけるわ」



「よし、幻!行くよ!!」


「おっけー姉さん!」


騒霊二人は楽器を出し、扉に向かって音波を放つ

扉は少しづつ歪み、ひび割れる


「よし、もう少しだ!」


やがて、完全に扉は割れ、穴が開く


「共鳴成功!」


だが、その穴が再び結晶で再構築され、塞ごうと

する


「させないわよ!!」


イージスが懐から札を数枚出し、扉に貼り付ける

すると穴が埋まる速度が若干遅くなった


「今だ!」


「いっけぇ!」


三人はその穴の中へと飛び込む


「よし!潜入成功!」


「・・・寂滅、今行くからね」







「ねぇ、姉さん」


「何だい?」


「私も何か演奏したい!」


「…何を使って演奏したいんだい?」


「うーんと…あっ、ギター!!」


「ギター?」


「うん!エレキギター!!バリバリってかき鳴らしたいんだ!!きっとかっこいいよね!!…私にできるかなぁ?」


「・・・」


姉はゆっくり立ち上がると、その場から離れた

部屋を出て階段を降りていく




「姉さん」


「ん?」


「私に楽器が演奏できると思う?」


「もちろん、音廻ならどんな楽器でも演奏できるよ」


「・・・そっか!」


少女の手にギターが生成される








「この階段…長いな」


「こんなのいちいち足を使って登る必要ないよね!」


「だから飛んで登ってるんでしょ」


とてつもなく長い螺旋階段を三人は登っていた


「…ん、光?」


「もうすぐで着くんだね!」


「…そうだと良いけど」


やがて光の先に彼女達はたどり着く、そこにあった

景色とは


「ここは…草原か?」


「空も澄んでいて…悪い心地はしないわね」


「これが、館の中にあるとは思えないな、幻か何かだろう。…ん」


どこからか獣の咆哮が聞こえてくる


「・・・」


咆哮の後、階段から降りてくる獣と少女


「…青い体毛と、金属の足。あれが、アズスチル」


「・・・あの子は、きっと例の…」


「…寂滅をどこにやった?返して貰おうか」


叡智の言葉に獣は吼える


「ッ!」


「何を抜かすか、ここには私と音廻と音廻の騒霊だけ

だ!!」


「ふざけるな!!私の妹を返せ!!!」


両者とも牙を剥き、唸る如くの表情をする


「叡智姉、多分ここはあの子…音廻ちゃんの想像力で

できた世界だと思う、彼女の想像力をアズスチルが

具現化してるっていうか…ともかく、この世界の中じゃあの子は何でもできるし、何にでもなれると思う」


「…じゃあ、どうすればいい?」


「ここは私に任せて、姉さんは巫女と一緒に上を

目指してよ、きっとあれは幻の音廻ちゃん。

本体は寂滅姉と一緒にいると思う」


「…だが」


「大丈夫だよ、姉さん」


「…幻」


叡智は妹の目を見て言った


「…任せた。イージス、行こう」


「え、ええ」


叡智とイージスは再び階段を登る



「…貴方が音廻ちゃんだね。私のことは知ってる?」


「もちろん、新聞とかでよく見るよ。騒霊の一番下の

人だよね」


「三女って言ってくれないかなぁ?まぁいいや、それよりも良い楽器(もの)持ってるね」


「あぁ、これ?良いでしょ〜」


「そうだ、折角だから音楽を使って何か競わない?」


「良いねー!それじゃあ…どっちが素晴らしい演奏が

できるか、勝負しない?」


「おっけーその勝負飲んだ!」


幻は指を鳴らす、するとその近くにシンセサイザーらしき楽器がぽんと現れる


「へぇ、貴方はその楽器で演るんだね」


「えへへ、この子は私の相棒だからね。

私は姉さん達と違って素人だからって容赦しないからね?」


「プロってほどじゃないけど素人ってほどでもないんだよ」


「まぁ、何でも良いや。私の楽器が演奏したいって

うずうずしてるよ!」


「ええ、私のもね!」


そう言うと、少女と幻はほぼ同時に楽器に指を

滑らした


その瞬間、音がこの部屋全てを満たしていった


「へぇ、案外上手なんだね!嫌いじゃないよ!」


「貴方も流石はプロだ!とっても素敵な音楽だよ!

それじゃあ…これならどうだ!!」


音廻は押弦した場所から素早く指を上下に揺らした


「ビブラート?そんなのぶっちゃけ基礎の基礎だよ!

じゃあ次は私の番だ!!」


幻は高速で鍵盤を指で軽やかに叩く


「うわぁ…早弾きだ…!」


「へへへ〜、凄いでしょ?」


「それじゃあ…こうだ!!」


「うわ!スウィープピッキング!?

エコノミーピッキングの応用のやつじゃん!!」


「えっへん、私はどんな奏法でもできるからね!」


「へぇ…それじゃあプロとしてそろそろ本気出すからね!!」


「もちろん!!かかってこい!!!」








寂滅は音廻の傍に居た


「…これは」


寂滅はそばにあった本を手に取る


「…ん、騒霊さん?」


「あ、ごめんね。起こしちゃった?」


「ううん、大丈夫だよ」


「…これは音廻ちゃんの本?」


「うん、姉さんがよく読んでくれたんだ。欲しいならあげるよ?」


「あ、大丈夫だよ」


「そっか」


次に寂滅は飾られていた写真立てを見る


「…これは、貴方の家族?」


「うん、父さんに母さんに姉さん!…でも父さんも

母さんも死んじゃった」


「…そう、なんだ。何かごめんね」


「…ううん、姉さんも居なくなっちゃったけど、今は

アズスチルになって戻って来てくれたからもう平気」


「アズスチル…」


気づけば寂滅は青い騎士の虎のページを眺めていた


「…あ、音廻ちゃん寝ちゃった…。ん…」



階段から何者かの気配を感じとる



「・・・寂滅!!無事だったか!!」


「シッ!!…今音廻ちゃん寝てるから」


「ああ…そうなんだ、ごめん」


「・・・ここはその子とアズスチルが作り上げた幻想

なのよ、姉を名乗るアイツもきっと…」


「…例え幻でも、家族と一緒が良かったんじゃないのかな?」


「…その気持ち、分からなくない」


寂滅はそっと音廻から離れる


「…ごめんね、音廻ちゃん」


「・・・行こう」


音を立てないように、その場を去る…が


「…騒霊さん?」


「あっ、やべっ…!!」


「え…?」


「お、音廻ちゃん…これはぁ…そのぉ…」


「どこ…行くの?嫌だ…一人にしないで…」


「音廻ちゃん…私は、やっぱりここには居られないんだよ…姉さん達のところに帰らなきゃ…」


「嫌だ…嫌だよ・・・


嫌だァァァァァァァァ!!!!」


音廻の拒絶の叫びとともに床から結晶の柱が飛び出す


「危ない!」


…部屋全体が痛々しい結晶で埋め尽くされた


「寂滅!大丈夫!?」


「私は大丈夫…だけど」



音廻の周りに次々と結晶が飛び出す



「寂滅!こっちだ!」


「う、うん」




「音廻、どうしたんだ?」


「姉さん!」


「…アイツら」


「姉さんっ!騒霊さんがあの人にとられちゃう!!」


「何だと!?」




「寂滅、手を伸ばし―――」


「うわっ!?」


叡智が妹へ手を伸ばすのを、結晶が妨げた


「寂滅!くそっ!!」


「…アズスチル!!」


「…出て行け!!出て行かないのなら力ずくで放り出すぞ!!!」


「嫌だね!妹を連れて帰るまで帰らない!!」


「…アンタがあの子の姉だとしたら、どうして

ここに閉じ込めているの?姉だったらもっと外の世界を見せてやりたいとか思わないの!?」


「黙れ!!私は音廻が望むものは何でも手に入れるのだ!!とっとと消えろ!!!」


人間の姿から一変、虎の姿へと成る


「…本来の姿に戻ったわね」


「この小娘どもが!!!私に勝てると思うな!!!」


「やってやるわ!!叡智、アンタは下がってなさい

私が仕留めてもう一度封印してやるわ、巫女の名に

懸けてね!!」


「やってみろ!!!」


アズスチルは咆哮と共にイージスへ襲いかかる


「…速い!!」


「消えろ!!小癪な人間め!!!」


アズスチルは青色の炎をイージスに向かって放つ

イージスはそれをすれすれで避けていく


「あんなの食らったらひとたまりもないわね…」


イージスは大量の札をアズスチルに投げ、貼り付ける


「封印してやるわ!!」


「・・・こんな紙っぺらで私が倒せると思っているのかぁ!!!?」


アズスチルは札をもろともせず突進する


「嘘!?強めの札でも平気なの!?」


「くたばれ!!」


強靭な前足でイージスを薙ぎ払う


「ぐっ…!!」


「イージス!!やめろ!!!」


叡智はとっさにアズスチルの背中に覆い被さる


「…邪魔だ!!」


「ぐあっ!?」


放り投げられ、後ろ足で蹴飛ばされる


「ぐっ・・・アズスチル、本当に音廻はこれを望んでるのか?こんなことをしたって…音廻は一人のまま

なんだぞ!!」


「・・・」


アズスチルは音廻の方を向く

音廻は、震えていた


「それにお前は…あの子の姉でも何でもないだろう!!!」


「黙れ!!!私は音廻の姉だ!!!何があろうとも

それは事実であり決して揺るぐことはない!!!」


アズスチルは先程よりも強力な炎を吐く


「…ま、不味い!!」


慌てて対抗しようとしたが、威力が桁違いすぎた

そのまま炎は壁を突き破り、叡智を外へ放り投げる


「姉さん!!!」




不味い…このままだと…くそっ…身体が言う事を

聞かない…



結晶が彼女の身体を突き刺す寸前



龍の雄叫びが聞こえ、黒い影が現れる

影は落ちる叡智を受け止めた


「…エル…ドラド」


「姉ちゃん、大丈夫か?」


「あぁ…助かったよ…」


「それじゃあ…反撃と行こうぜ!」


エルドラドは翼を羽ばたかせる




「お前は…」


「貴様、よくも上の姉ちゃんをやりやがったな」


「…何匹増えようと同じだ!!!」


エルドラドに向かって体当たりをする


「ぐっ…うぅ!!!」


必死にエルドラドはアズスチルの巨大な身体を

受け止める


「図体デカ過ぎなんだよ!!」


「小童が!!!」


ついには耐えきれずそのまま吹き飛ばされた


「エルドラド!!」


勢い余ってエルドラドは外へ落ちそうになる

かろうじて叡智は彼の尻尾を掴んだのだが…


「お…重い…落ちる…!!!」


脚に力を入れ踏ん張るも彼の重さには勝てない


「くそっ…くっそがぁ!!」


その時、少しだけ軽くなった気がした


「…?」


「姉さん、ごめんまた遅くなった」


「…まだ身体が痛む、けどそんなの言ってられないわね」


「幻!イージス!」


「エルドラド!しっかりして!!」


「…ッ!」


エルドラドは気を取り戻し、体勢を整える


「急いで来たけど…間に合ったね、良かった」


「…うん」


叡智は音廻に声をかける


「…音廻、私達と一緒にここを出よう。外はたくさん

素敵なことがあるよ」


「嫌だ…ここが良い…ここじゃないと嫌だ!!」


「音廻!」


叡智の前にアズスチルが立ちはだかる


「アズスチル!」


「これが音廻の望みだ!お前らがとやかく言う権利

なんぞ無い!!」


アズスチルは咆哮し、叡智らを威嚇する

寂滅はそんなアズスチルに向かって言った


「貴方は…本当に音廻ちゃんのお姉さんに

なれると思ってるの?」


「私は音廻が望む限り、音廻の姉なのだ!!」


アズスチルは青い炎を吐く


「姉ちゃん!幻!俺に乗れ!!」


「わかった!」


叡智と幻はエルドラドの背中にまたがる


「うっとおしいぞ!」


再び吐かれた炎に対し、エルドラドも喉奥からの

レーザー咆で応戦。互いが互いを相殺し、爆発を

起こす。その影響で結晶にひびが入り、崩れる


「…音廻ちゃん!危ない!!」


寂滅は結晶から音廻を庇った


「音廻!!…ぐっ!!」


「スキまみれだぜ!!」


エルドラドが放った火炎球が結晶の壁に穴を開ける

アズスチルは穴から外へ出た


「逃がさないぜ!!」


「エルドラド!ぶっ放しちゃえ!」


「言われなくても!」


エルドラドは再び火炎球を放つ、アズスチルは

それを避けようとするが…


「―――ッ」


足を滑らせ、落ちた。その光景を見た音廻は…



「姉さんっ!!」


「…音廻」


壁から結晶が飛び出し、アズスチルの足場となる

アズスチルは足場を巧みに使い、攻撃をする


「…ッ、アズスチル!私の話を聞いてくれ!!

もし、本当に音廻のことを想っているのなら…

私の話を聞いてくれ…!!!」


「黙れ小娘!お前に音廻の何が分かる!!音廻の孤独を癒せるのは私一人だけなのだ!!」


「孤独…」


「お前に音廻の不幸を癒せるか!?父親も母親も既にこの世から去り、唯一のすがりだった姉も行方を

くらましたのだ!!哀しみに囚われながら姉の帰りを待つと言う醜い人生を歩んできたのだ!!この誰も居ない館で一人きりだったのだ!!お前に音廻が救えるか!?」



「だけど…このままじゃ…音廻はずっと…

独りぼっちなんだぞ!!」



「黙れ!!!」


その声の後、足場を猛烈な速さで作り出す


「私は…ずっと音廻の傍に居ると決めたのだ!!」


エルドラド達に牙を剥く


「一旦引くぞ!!」


エルドラドはアズスチルから離れる…が



アズスチルは雄叫びをあげる、それに反応するかの

如く、壁から結晶が飛び出し、エルドラドを阻害する


「くそっ!まともに飛べねぇ!!」


lunatic(狂気的)なスピードで生える結晶を避け続けるが、途中でバランスを崩してしまう


「ぐっ…」


それをアズスチルは見逃さなかった、すかさず彼らの前に立ち、豪炎をかました


吹き飛ばされるエルドラド達




「あがっ…ぐっ…エルドラドッ!!」


エルドラドは気絶していた、アズスチルは彼の首を

押さえ



「これで終わりだ!!幽かな霊よ!!!」



「やめろ!!アズスチル!!!」



エルドラドにトドメを刺す瞬間



「やめて!!」


「・・・!」


音廻がアズスチルを止める


「もういい…もう十分だよ…もう…やめて…」


「・・・」


アズスチルは足を退けた



「エルドラド!大丈夫?」


「あぁ…ちょっと頭ズキズキするけどな」




「…音廻」


「…?」


叡智は音廻に問う


「確かに…ここは素晴らしいところだ。でも、外は

ここ以上に素晴らしいところがたくさんあるよ。

そうだ、こんどやる演奏会、特等席で聴かせてあげるよ。…だから、外へ出よう、ね?」


叡智が音廻へ手を伸ばす、音廻は彼女へ近づき、手に

触れる



「…姉さんの手みたいで、あったかい…」


「・・・」


アズスチルはその光景を見て、去ろうとする


「…姉さん?どこいくの?」


「…私はお前の望みを叶えたい。しかし、お前の望みが外にあるというのなら、私は…」




「・・・グルッ?」


「エルドラド?」


「…お前ら!気をつけろ!!」


エルドラドの声と同時に床から勢いよく結晶が飛び出していく、それはアズスチル達の意思とは無関係の

ような勢いであった、彼女達は結晶に取り囲まれていく



「…グァァァァァ!!」


アズスチルは結晶を蹴散らし、道を開ける


「こっちだ!!」


「エルドラド、音廻を頼む」


「分かった、嬢ちゃんしっかり掴まってろよ」


「うん」


彼女達は階段を降りていく、アズスチルは窓から

結晶化が進む世界を眺めていた


「・・・」








「・・・待て、あれは何だ?」


階段を降りきり、しばらく進んで見えたもの

宙を舞いながら浮く者が居た


「あれは…俺と同じ嵌合体じゃないか」


「何か…苦しそう…」


嵌合体は何かに苦しむ素振りをする、そのたびに結晶が彼女達を貫きかける


「…どうやらアイツ、他人の感情を餌にするタイプみたいだな、嬢ちゃんの想いを餌にしてたけど暴走したってとこか、結晶化はアイツの仕業だな」


「とにかく、落ち着かせないと」


「あんな状態じゃ、私達の話なんて聞いてくれないわね」


「…なら、ぶっ叩いて正気に戻す!

うぉぉぉぉぉぉ!!!」


叡智が嵌合体のもとへ行こうとするが、バリアのようなものに弾かれた


「くそ…」


「これならどう!?」


イージスが札を大量に投げ、バリアに貼り付ける。

しかし、細切れに千切れていった


「今持ってるのはあれで全部だって言うのに…!」


「…なら力ずくでぶっ壊してやる!!」


エルドラドは喉奥に力を溜め、レーザー咆を放つ

バリアに穴が開く


「やったぞ!!」


…が、それは一時的なものだった。穴は塞がり、嵌合体を守るかのようにエルドラドを吹き飛ばす


「ぐうっ…!こいつぁ手強いぜ…!」


嵌合体は呻き声をあげる、すると刺々しい結晶が

さらに増えていく


…どうすれば良い


誰もがそう思った時だった、虎の咆哮が遠くから

聞こえる、咆哮がした次の瞬間アズスチルが壁を突き破り現れる、煙が上がり破片が飛び散る



「…姉さん!」


「…音廻、私を姉と呼んでくれてありがとう」


「え?」


「私は、お前の望みを叶えてきた。そして今は私自身の望みを叶える時だ。私の望みは…"お前がここから外へ出る"ということ。…私は、お前が望む限りどんなことでもできる!!」


そう言うと、アズスチルは吼え、バリアへ体当たりし

バリアに身体をめり込ませようとする



「…姉…さん」


「音廻!アズスチルを信じなさい!!アンタのアズスチルは絶対に負けないって!!」




「あがっ…ぐぅ…音廻…ッ!!」


「・・・姉さん!負けないで!!」





・・・人間に封印されて、どれほど長い時間が経ったのだろうか、百年…は容易く超えているだろう。

封印から解かれ、あの少女と出会い、記憶を垣間見た際に、自分と同じような境遇だと感じたのだ…

私と同じように、長年一人だった、誰にも認識されず

にずっと…


あの少女が愛らしい…守りたい…



アズスチルの瞳から結晶が落ち、砕ける



「―――音廻ッ…!!!」


かろうじて顔をバリアから突き出す、そしてアズスチルは嵌合体に向かって口から蒼色の光線を放った


「キュッ・・・!!」


それは嵌合体に直撃し、爆発を起こした






「…キュ?」


嵌合体は今の衝撃で正気を取り戻したようだ


「おい同族!!」


「キュ?」


「これ、お前がやったんだろ?」


「キュウ」


「戻せ、今すぐにだ」


エルドラドの言葉を聞いた嵌合体は身体を淡く光らせその場から消える。しばらくすると結晶の柱は砕け 結晶で覆われていた場所が元に戻っていった


彼女達は外に出る



「…綺麗な花畑」


視界にあったのは、結晶でできた花畑ではなく

ちゃんとした生ける花畑だ



「…姉さんと一緒に見たかったな」


音廻が震え気味にそう言った


「…姉貴に会いたいのか?」


エルドラドは音廻に言う


「…うん」


「待ってろ、交渉してくる」


「え?」


エルドラドは高い空の向こうへと飛んでいった



「…あー!その考えは無かったなぁ流石エルドラド」


幻が感心する、やがて彼が戻ってくると


「ほい、主さんの許可がおりたから連れてきたぜ

嬢ちゃんの姉貴」


「・・・え?」


音廻には理解が追いつけなかった、姉はさっきまで傍に居たというのに、連れてきたとはどういうことか


「・・・音廻」


「…ッ!!」


魂が放つ言葉で音廻の記憶が掘り起こされる

己と似通った姿、声色、姉に関すること全てが

次々と頭の中へ巡り巡る


「姉さん…蒼冬(そうとう)姉さんッ!!」


音廻は姉を抱きしめた


「今までどこ行ってたんだよ!!ずっと独りで寂しかったんだから!!!」


「ごめん…ごめんね」


蒼冬は妹を撫でながら、アズスチルを見た


「・・・妹を、ありがとう」


アズスチルはゆっくり頷いた


「…?姉さん、身体…光って…」


「…そろそろ行かなきゃ」


「や、やだ!!せっかく会えたのに!!」


「…ごめん、音廻…」


ピカリと眩く光る、気づけば姉は姿を消していた


「…未練が晴れちまったのか?だとすれば…」


「ぐずっ…ふぐっ…やだぁ…姉さんと…ずっと…一緒に居たいよっ…もう…独りは…いやだ…」


アズスチルは泣き崩れる音廻に近づく


「…音廻」


「ひぐっ…ひっぐ…」


「…私では不服か?」


「…ふぇ?」


「私は…お前と共に生きたいと思っている。

お前の姉にはなれずとも、お前を守る者として。

お前を…独りにはさせない」


「・・・」


音廻は何も言わず、アズスチルを抱きしめる

ふわりと彼の体毛が彼女を包む


「音廻…今のお前の望みは何だ?」


「・・・アズスチル(姉さん)と一緒に居たい…」


「・・・」




・・・望みを叶えよう




雲の切れ目から漏れ出る日光が、双子を優しく包んだ

ふふふ…キーワードをつけようにも異世界ではあるが恋愛じゃないからすごい悩みましたよ…

日常で…良いのか…?

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