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『友&愛~俺とお前~』  作者: のがみつかさ
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友&愛~『俺とお前』~第1話      

 この物語は今からちょうど24年前の1998年9月12日より原稿用紙188枚を使って書き上げた私にとっての処女作であり、小説家コンテストに応募するも見事に落選した作品です。当初も今も噓偽りなく震災を身を以て体験した一人として、また記録としてぜひ残したい一心でこの作品を創作しました。ですからなるべく事実に基づいて脚色少なめにありのまま、感じたまま書いております。(震災後の出来事もま、それなりに)よって最初に申しました通り、あの時の悲惨な状況を風化させないためにもこの日を選んで投稿させて頂いてます!“下手の横好き”故、どうかくれぐれも過度な期待はなさらぬよう、お暇な時にほんの少しだけでも覗いて頂けたら…程度のお気持ちで宜しくお願い申し上げます。


阪神大震災で亡くなられた方々全てに心よりお悔やみ申し上げます。

どうか安らかにお眠り下さい。                のがみつかさ

第1話『阪神淡路大震災』

 

『阪神淡路大震災』が起きた1995年の1月17日、俺は、広島県安佐南区にあるアパート『平和荘』の地下1階の部屋に居て、ぐっすり眠っていたところに突然大きな揺れを感じ、びっくりして飛び起きた。時刻は、まだ早朝の5時46分。透かさず寝ぼけ眼でテレビをつけ、NHKの総合テレビで確認したところ、「ただ今地震がありました。詳しい情報が入り次第お伝えします。」とだけ出たテロップに安心感を覚えたのか、俺は、再び深い眠りにつき翌朝を迎えた。


 いつもは、日課として起床したら、まず早朝のニュースを見るのが習慣だった俺は、その日に限ってテレビをつけることなく、今朝あった地震のことすら忘れて中区三川町にある、バイト先の『フェニックスパーキング』に出かけた。その当時の俺は、4年間勤めた予備校事務職員を辞め、身を隠すようにしてここ、広島へと引っ越してきた。年齢すでに20代半ばを過ぎ、新天地で身も心も“リフレッシュ.オープン!”てな感じで広島一大きな学習塾『修豊塾』に勤めたはいいが、3ヶ月ともたず、即、希望退社。気づいてみれば、3年後の95年までバイト&バイトの掛け持ちで生計を維持するという、れっきとした自他共に認めるフリーターをやっていた。

 

 その日もバイト先にて唯一話好きで月極め契約者でもある生保外交社員の『キタサン』こと、北沢裕二さんが妙に沈痛な面持ちで俺の方に近づいて来たのも気付かずに俺は、いつもの軽い調子で開口一番彼に向かってこう話し掛けてみた。


「おっはようございま-す、北沢さん!今朝の地震びっくりしましたネ。だいぶ揺れてたでしょ?」

「ほおよねえ、ものすごう揺れとったのぉ。震度5強って言ってかのぉ、確か!ほいじゃけ、神戸の方は、もっと凄かったらしいんよ。」

「えっ、そうなんです? 全然知らなかったなあ。どのくらい凄かったんです? 」

「はあ?あんた今朝のテレビ見てないんかいね?」

「ハイ、ぜーんぜん!」

「煙が黙々上がってのぉ、街がめちゃくちゃに破壊されとるんじゃけぇ。ありゃ相当怪我人が出とるんじゃないんかいね。可哀想にのぉ、ホンマに…。」

 

 いつもは能弁な『キタサン』もこの日に限っては、言葉少なめ、足早に駐車場を去って行った。そんな北沢さんの寂しい後ろ姿を見送った俺は、彼の残していった数々の言葉に多大なるショックを受け、全く言葉を失っていた。

 

  「神戸が......壊滅状態に....ある?!」

 

 神戸と聞いて真っ先頭に思い浮かぶのは、俺が高校時代唯一ガールフレンドとして付き合ってもらった初恋の相手で同級生の伊藤千賀子さんのことだった。あれは、ちょうど今から5年前の1990年の話で突然彼女の方から俺のオンボロアパートに直接電話があってびっくり仰天した。


「エッ!何で今頃に…?俺、以前彼女に借りた250円、まだ返してなかったっけ?」

 

 …と内心ドキリともした。(う~ん。我ながらせこい話だ!)ところがどっこい、優しくて心の広い彼女のこと、そんなわけがあるはずない。素直な気持ちでたった一言、“高校の同窓会名簿に俺の名前が載っていたんで懐かしく思い電話してきたのだ”という。俺は、あまりの嬉しさと懐かしさで大燥ぎし、久々2時間半ほど長電話して彼女との世間話に花を咲かせていた。俺たち二人とも互いの進路の違いとほんのちょっとした感情の縺れから破局になった間柄なんだけど、この時だけは、昔の恋人みたく胸をときめかせながら、会話を楽しんでいたと思う。


 そんな彼女が、去年嫁いで行った先が紛れもなく兵庫県神戸市。俺は、バイトが終わると一目散アパートに直行し、即座にテレビをつけ、食い入るような目でその日のニュースに釘づけになった。その年一番、そして戦後最大の大惨事と有ってNHKは勿論、民法各社4局とも挙って通常より放送時間を拡大、延長しどのチャンネルもみな報道特番形式で『神戸』や『淡路島』での被災者の様子を克明に伝えていた。ゴールデンタイムと呼ばれている、夜の7時台、8時台に突入してもバラエティ、ドラマ、お笑い、歌謡番組、全て報道一色に切り替わり、今朝からの様子を何度も何度もドキュメンタリータッチで一斉に放映している。当然の話だ。“国家の一大事”とも言うべき大地震が起き、多数の犠牲者が出たわけだから…。


“同じ高校のクラスメイトでもあり、恋人でもあったチカちゃんは、果たして無事なのだろうか?”

 

 “当然生きていて欲しい”気持ち、それは正に神にも祈る思いで俺は、翌朝にも及ぶNHK総合テレビ、そして教育テレビの両チャンネルで示される行方不明者一覧の映像を徹夜でずーっと見ていた。だからと言って別段、これは未だ彼女に未練があるからとか、恋愛感情が再燃してテレビを見続けていたわけではない。言うまでもなく“3年間同じ高校に通い、同じ空気を吸いながら同じ日々を過ごして来た仲間のひとり”として心から彼女のこと、そして今現在の彼女を支えている旦那さんも含めて安否を気遣っていたに過ぎない。

 

 幾度となく繰り返される被災地での荒廃した映像を見るにつれ、重々しい気分になると同時に世紀末の予感を感じさせる出来事に何ら言葉も出ない。ただただ被災地の神戸や淡路島でお亡くなりなられた方々のご冥福と被災された住民の方々に心からお悔やみとお見舞いを申し上げる次第である。


 俺は、あの時彼女が俺と長電話した際、別れ際に残した彼女の言葉が8年たった今までも忘れられず、未だ後悔ばかりの日々が続いている。


 「今日は、私のつたない話に長時間お付き合い頂き本当に有難うございました。今度はぜひ直接お会いしてお話したいですネ。」


 南川町と北山手市。距離的に何ら問題のない二人なのになぜか妙に意固地で融通の利かない俺は、北山市から彼女の下へと会いに行くこともしなければ、こちらから電話をかけることすら一切行わなかった。…というのもその当時ですら恋人は疎か、女友達さえいない、この俺にとって結婚の決まった彼女に対し軽い嫉妬の念を覚えていたのかもしれない。つくづくこの俺って…何と心の狭いダメな男なんだろう?!情けないにも程があると思った…!        

                              ( つづく )

 実際、神戸市で被災されたと思われる伊藤千賀子さん(仮名)には20歳の成人式後の同窓会以来一度もお会いしていないので彼女の安否確認は全然取れていません。またその後も一切同窓会を毛嫌いして常に欠席繰り返している自分が一番情けないのですが、“きっと神戸市のどこかでご家族とお元気に暮らしているだろう”ことを心から願って止みません。

                       のがみつかさ

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