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5.来訪者と稽古

女神歴1724年8月18日。


この日は珍しい人物が王都へと来ていた。

その人物は国王へ挨拶に伺った後、幾つかの用事を済ませ、気になっていた噂を確認するために城内を移動していた。

その視線の先で2人のメイドを連れた10歳足らずの少年が居た。


「そちらにいらっしゃるのはクリストファー王子でしょうか」

「はい。貴方は?」

「は。西のウェスル領を預かるバイス・ウェスルでございます」

「ああ!あの高名なウェスル辺境伯ですか。お目にかかれて光栄です」

「こちらこそ、王子に会えたこと嬉しく思います」


臣下の礼を取りながらウェスル辺境伯の思考はフル回転していた。


(クリストファー王子はたしか今年8歳のはず。

しかし物腰と言い言動と言い、実にしっかりしていらっしゃる。

やはり噂は所詮噂ということか?

いや、もう少し様子を見るべきだな)


ちらりと王子の姿を確認すれば、煌びやかとは程遠い、どちらかと言えば動きやすさを重視した服装をされている。


「ところで王子はこれからどこへ?」

「練兵場に行くところです」

「練兵場、ですか」

「良かったら一緒に来られますか?」

「はっ。丁度私も時間が空いていたところです。ご一緒させて頂きます」


そう言ってウェスル辺境伯はクリスの半歩斜め後ろに付き従う形を取った。

道中クリスから積極的に話を振られる。


「ウェスル領と言えば、西のエルフ領と接しているのですよね。交流は盛んなのですか?」

「いえ、残念ながらそこまででは。エルフは基本森から出てきませんので。

ただその代わりと言ってはなんですが、商人や猟師はエルフとの物のやり取りを積極的に行っております」

「あ、以前エルフ領産のハチミツを頂きました。あれは実に良いものでしたね。

他にもハチミツ漬けにしたお菓子などはウェスル領の特産でしたか」

「ほぉ。よくご存じで」

「やはり他国とも仲良くやれているとお互いに良いことが多いのでしょうね」

「仰る通りかと存じます」

「そうそう、ビーマイ村も確かウェスル領でしたよね。あそこの……」


話の内容はほとんどウェスル領についてだ。

辺境伯はなぜここまで自領の事を知っているのかと内心驚いていた。

しかもものによっては辺境伯自身が初めて聞いた内容もあり、今すぐ自領に戻って指示を飛ばしたい衝動にも駆られるが、そこはグッと堪えた。

そうこうしているうちに練兵場へと辿り着いた。

そこには30名ほどの兵士が直立不動で待機していた。


「皆さんお待たせしました。今日もよろしくお願いします」

「「はっ。よろしくお願いします!!」」


クリスが挨拶すれば、兵士全員が一糸乱れず敬礼を返す。

その姿だけでも教育が行き届いていることが分かる。


「皆に朗報だ。今日は特別にかの有名なウェスル辺境伯が視察に来られている。

決して無様を晒すことの無いように」

「「はっ」」

「よし、ではまずは練兵場内を10周だ。始めっ」

「「はっ」」


どうやら普段と訓練中で若干口調を変えるようだ。

クリスはランニングを始める兵士たちを見送りウェスル辺境伯へと向き直った。


「さて、私もこれから彼らに混ざって訓練を行って来ようと思います」

「ほぉ。いつもそのように?」

「そうですね。ところで、1から10までの数字でどれか好きな数字を選んでもらえますか?」

「ん?では10で」

「わかりました。リン、あれを」

「はい!」


リンが倉庫から巨大な何かを持ってきた。

それを受け取りつつクリスはランニングする兵たちに声を掛ける。


「喜べみんな。辺境伯の計らいで今日の獲物は地ならしローラーに決定したぞ!」

「「う、うおおおぉぉ」」


喜びというよりも阿鼻叫喚の雄たけびを上げる兵士たち。

それを他所にクリスは楽し気に辺境伯へと向き直った。


「では行ってきます。ニーナは今日は辺境伯のお世話をお願い」

「かしこまりました」


そう言ってクリスは地ならしローラーを押しながら練兵場を走りなじめた。

他の兵士たちは既に3/4を走り終えたところだからほぼ1周差と言って良いだろう。


「これから何が始まるのだ?」

「それは見てのお楽しみでございます。すぐに分かりますので」


辺境伯の問いに楽しそうにニーナが答えた。

ちなみにリンはと言えば嬉しそうにクリスのすぐ後ろを走っている。

地ならしローラーを押して走るクリスは最初の1周こそ兵士たちの方が早かったが、2周目になって変化が訪れる。

何も持たずに走っている他の兵士に比べ負荷は高いはずだが、それでも他の兵士よりも速くなった。

ついに4週目を終える辺りでクリスは兵士の最後尾に追いついた。


「おらおらっ。気合を入れて走らないとひき潰すぞ!!」

「ひえぇぇぇ~~」


ズドンズドンと最後尾の兵士の背中が地ならしローラーで殴られる。

その度に兵士たちは逃げるように走る速さを上げるのだった。


「どうした、お前たちの実力はそんなものか!」

「ぎゃあ~~~」


脱落した者は言葉通り容赦なくローラーで踏みつぶされる。

更にはリンによって回収。回復薬をぶっかけられて強制的に覚醒させられるとリンの後ろに続いて走らされた。

脱落した彼らには後で更なる指導が待っているのだ。

結局10周を終えた時までに脱落した者は3名。残りの27名も体力切れで倒れている。

元気に立っているのはクリスとリンだけだ。


「5分休憩の後、次の稽古だ」

「「は、はい~」」


最初とは打って変わって力のない返事が返ってくる。

流石にそれに対して怒るほどクリスは鬼ではないらしい。

そしてそれを見ていた辺境伯は冷や汗が止まらなかった。


「……いつもこのような鍛錬を?」

「はい。クリス様の獲物は毎回違いますが」


どうやら先ほど選んだ数字は今日の獲物の選択肢だったようだ。

しかし追い立てるだけなら獲物を変えるメリットは無いはずだが。

それよりなにより、おかしいのは王子とあのリンと呼ばれたメイドだ。

まだ小さな少年少女だというのに平気な顔をして立っている。

いったい何をしたらそんなことが可能なのか辺境伯の理解を超えていた。


「……王子は体力強化スキルがレベル3だったりしないか?」

「いえ、体力強化スキルレベル1だと伺っております。

並走していたリンはレベル2に上がったと先月報告しておりました」

「そ、そうか。しかし、それでは他の兵士はどうなのだ?」

「確認は取っておりませんが、全員レベル2には達しているかと思われます」

「やはり訳が分からないな」


首を傾げる辺境伯をよそに、次の稽古が始まる。

どうやら4人ずつで7グループを作って行う稽古のようだが、さて。

全員が木剣を持ちながら円になっている。

クリス王子だけは左手に短剣、右手に長剣の2刀流のようだ。

更に言えばそこだけ人数が多い。


「制限時間は1人2分だ。始め!」

「「はっ」」


各グループで乱取りが始まる。

どうやら親1人を残りの子3人が攻めるという変則的な掛かり稽古のようだ。

当然親の方が人数が少ないので圧倒的に不利だ。

ある者は壁を背にして囲まれないようにして捌き、ある者は走って逃げながら追いついてきた者を1人1人相手にしたり、そしてある者は捌くのに失敗してフルボッコにされている。

王子はと言えば、6人に囲まれながらも何とか捌いている状態だ。


「信じられん。まるで後ろに目が付いているようだ」

「実際に見えてはいらっしゃるそうですよ。あっ」


ニーナが小さな悲鳴を上げる。

その視線の先では王子の肩口に木剣が叩き込まれていた。

衝撃に態勢が崩れる王子。

木剣を叩き込んだ兵士を含め、囲んでいた兵士たちの手が止まる。

しかしそこに叱責が飛んできた。


「ぐっ。馬鹿者!なぜ追撃しない!!」


叱責したのは他でもない、王子自身だ。

その王子は地面に落ちる寸前で身をよじって受け身を取り、既に剣を構えている。

ただ、左手はダメージのせいか垂れ下がったままだ。


「まだ30秒あるぞ。来い!」

「「はっ!」」


そうして稽古は再開された。

最初とは打って変わって鬼気迫る姿はもう稽古の域を超えている。

知らず手に汗を握る辺境伯は終始クリスから目をそらすことが出来なかった。

全ての稽古終了後、クリスは待っている辺境伯の所に戻ってきた。


「お待たせしました。お暇ではありませんでしたか?」

「いえ大丈夫です。それより何度か打ち込まれていたようですが大丈夫ですか?」

「治療は既に済んでいるので問題ありません。しかしお見苦しい所をお見せしました」

「いえそんな。しかしいつもこのような稽古を?」


このようなというのはまるで地獄の特訓のような過酷さを指すのか、多人数に囲まれてボコボコにされていた事を指すのか。


「そうですね。普段はニーナとリンとで行っていますが、どうしても手数が足りませんから」


返事の内容からして後者と受け取ったようだ。もしかしたら王子からしたら地獄でも何でもないのかもしれない。

辺境伯は今日何度目かもしれない戦慄を覚えながら自領へと帰っていった。



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