はしたないのは、君の方。
〜主な登場人物〜
・彩瀬弥恵
ヒロイン。都内の進学校に通う良家の令嬢であり、文武両道にして類稀な美貌の持ち主でもある優等生。同級生の竜也に一目惚れして以来、人知れず(?)その横顔を目で追い続けていたのだが……。身長159cm、年齢は17歳。
・坂本竜也
弥恵のクラスメートであり、ミステリアスな雰囲気を漂わせている穏やかな美男子。成績優秀でありながら、アウトローな男子達といつもつるんでおり、度々弥恵から説教を受けている。身長174cm、年齢は17歳。
※原案はジョニー杉本先生。
彩瀬弥恵は、窮地に陥っていた。夜のジョギングコースを走っている最中、近所の不良達に絡まれたことではない。
「や、やっ、待って……! 私はっ……!」
「君の言う通りに待ってたら、僕は爺さんになっちゃうなぁ。……誤解した相手は、そんな話聞いてくれないよ?」
その不良達をあっという間に撃退してしまった絶世の美男子に、襲われているのだ。煌々と光を放つ公園灯に背を預け、逃げ場を失った彼女の汗ばんだ肌を、人工の輝きが照らし出している。
「こんなに涼しい夜なのに、よっぽど走り込んでたんだなぁ。……身体は汗だく、顔は真っ赤」
「やっ……! さ、坂本君、そんなこと言わないでっ!」
その光によって。不良達に絡まれる原因となった彼女の美貌がより鮮明に、クラスメートの目に映し出された。
薄地のスポーツウェアに、ポニーテールに纏められた長髪。そして、透き通るような白い柔肌を伝う汗と、桃色に上気した貌。
そんな姿を静かに見遣り、距離を寄せて来るクラスメート――坂本竜也の艶やかな眼差しに、弥恵は翻弄される一方となっていた。
「やめて、坂本君っ……! どうして、どうしてこんなっ……!」
「僕の忠告も聞かないで、夜にこの道を走るからさ。……今回みたいに、僕の助けをアテにされても困るんでね」
やがて2人の距離は、互いの吐息が触れ合うところにまで詰められ、僅かに鼻先が触れてしまう。あとほんの数センチで、唇が――。
それを想像してしまった瞬間、すでに赤くなっていた彼女の顔はさらに熱を帯び、つぶらな瞳を潤ませていた。その一方で、全てを見透かすように彼女を射抜く青年の眼には、まるで躊躇いがない。
「それとも。聞いた上で、ここに来た……ということなのかな」
「……っ!」
その眼と視線を交わすことができず、弥恵は思わず顔を背けてしまう。
本能で理解していながらも、理性で否定していたのだ。今感じている胸の高鳴りが、恐怖によるものではないのだということを。
彩瀬弥恵にとって、坂本竜也という男は。生まれて初めて、「一目惚れ」した相手だったのだから――。
◇
良家の令嬢であり、品行方正にして容姿端麗、文武両道。通っている進学校では生徒会長を務める、全校生徒憧れの美少女。
――そんな盛り過ぎな看板を背負って今日まで生きてきた彩瀬弥恵には、ごく普通の少女として「恋」を経験する機会などなく。両親をはじめとする周囲の期待に応えることだけに、心を砕く日々を過ごしていた。
だからこそ。高校入学時に出会って以来、その怜悧な美貌と佇まいで自身の心を奪ってしまった、坂本竜也という男を――およそ1年間に渡り、目で追い続けていたのである。
周囲からの敬愛を集める生徒会長としての己を保つには、その程度に抑えておかなければならなかったからだ。他の女子達に混じって、彼の横顔に黄色い歓声を上げることなど、自分に許されるわけがないと。
一方、竜也の方はといえば。仮にも生徒会長にして、全校生徒憧れの的である弥恵に対して、興味を示す素振りも見せず。他の女子達と同様に、「分け隔てなく」接していた。
弥恵が初めての「恋心」に翻弄され、一喜一憂している中。竜也はそんな彼女の胸中など、まるで意に介さず平然と日々を過ごしていたのである。
まともな恋愛経験もないまま人生初の「一目惚れ」に直面してしまった弥恵には、円満に距離を縮める心得などなく。自身の気持ちに確信が得られなかったこともあって、一向に進展がないというのに。
「全く、あなた達はまた学校にこんなもの持ち込んで! これは没収ですっ!」
「えぇー……メンズファッション誌くらい別にいいじゃねーか」
「まるでエロ本見つけたみたいなテンションで持って行くじゃん」
「エッ……!? は、はしたないっ! と、とにかく、2度とこんなもの持ち込まないでっ! あんまり繰り返してると、内申に響くわよっ!」
「へーい」
そんな「相変わらず」過ぎる彼に対する、「なんで自分だけがこんなに」という苛立ち。それに由来する周囲への厳しさは、時として無用な衝突も招いていた。
全校生徒の憧れを集める人気者として通っている弥恵でも、ごく一部のアウトローな男子達にとっては「目の上のタンコブ」だったのである。この日も彼女は、両手を腰に当てた仁王立ちで、彼らにきつい説教を浴びせていた。
だが、それは結局のところ「口実」でしかない。
弥恵以上の成績でありながら、素行の悪い男子達といつもつるんでいる青年――坂本竜也。彼の近くに寄る理由欲しさに、彼女はいつも「雑誌の没収」という名目を掲げていたのである。
「そうそう、会長さんさぁ。……さっき、君のファンの子達から聞いたんだけど」
「……っ!? な、何よ」
まさにその竜也本人から声が掛かり、弥恵は思わず一瞬だけ声を上擦らせながらも――懸命に平静を装い、眉を吊り上げていた。その胸中がとうに看破されていることなど、知る由もなく。
「最近夜に、近所の公園でジョギングしてるんだって? 僕もよくあの辺を走ってるんだけど、あそこはたまに他校の不良がたむろしてるから、止めた方が良い。会長さんみたいな美人なら、特にね」
「えっ……?」
それ自体には一切の他意などなく、純粋な忠告だったのだろう。だが、生まれて初めての恋に踊らされている最中に、その原因である青年にそれを言われてしまったのが、不味かった。
他校の不良がたむろしている、という情報が。竜也もそこを走っている、という情報に、塗り潰されてしまったのである。
「……そんなこと、あなたには関係ないでしょ」
「そうかい? それは悪かったね」
だが、その気持ちを認めてしまうことへの恥じらいと僅かな怖さから、「相変わらず」のつっけんどんな態度を取ってしまう。竜也自身もその反応は想定内だったのか、特に怒ることもなく穏やかに受け流していた。
(……私、なんてこと……)
一方。好き……かも知れない相手からの親切な言葉に、きつく言い返してしまったことへの後悔を抱えていた弥恵は。
公園で彼に会えれば、謝る機会が得られるかも知れない。そんな自分に都合の良い口実を、無意識のうちに付け足していた――。
◇
――そして結局、弥恵は竜也の忠告を聞いた上で、公園に来てしまったのである。
案の定、だったのだろう。類稀な美貌の持ち主である彼女を、不良達が放っておくはずもなく、弥恵はあっという間に彼らに囲まれてしまったのだ。
「それとも。聞いた上で、ここに来た……ということなのかな」
「……っ!」
彼女の考えを見抜いていた自分が現れなければ、今頃どうなっていたか。あり得たかも知れないその「未来」を、竜也は今まさに再現しようとしている。
公園灯の柱に追い詰めた彼女の顎を手で持ち上げ、淡い桃色の唇を照らし出すと。彼女はきつく瞼を閉じ、「覚悟」を決める。
不良の話を忘れていたわけではない。ただただ、「学校の外でも彼に会える」という逸る気持ちが、抑えられなかった。
まるで、その本心を白状するかのように――弥恵は僅かに、ほんの僅かに、唇を自分から突き出してしまう。
「……っ!?」
「全く。……はしたないのは、君の方だね」
「……〜っ! こ、これはっ……!」
そんな彼女の姿に、苦笑を浮かべて。竜也は弥恵の顎から手を離し、軽く額を指先で小突いて見せる。
その衝撃と、自分の思考が見抜かれていたという事実に直面して。弥恵は一気に、茹で蛸のように真っ赤になってしまった。
どうしよう、バレる、全部バレてしまう。何か言い訳しなくては、一体なんて言えば。
昼間の失言を謝ることすら忘れ、取り繕う暇もなくしどろもどろになっている。
彼女のそんな姿を、竜也は暫し静かに見守り。やがて、再び距離を詰めると――
「……まぁ、いいかな。期待していたのは僕も同じだし」
「えっ――」
「だから今日のところは、これでおあいこにしようか……弥恵」
――忠告を聞かなかったことを、責めない代わりに。
耳元に唇を寄せ、名前で呼び捨てにした上に。その白い頬へと、僅か一瞬の口付けを落とすのだった。
「あ、あぁっ……!?」
「あははっ……やっぱりちょっと、しょっぱいね」
よりによって、汗だくになっているジョギング中に、こんなこと。そんな思考で一杯になり、パニック状態に陥る弥恵の前で。
彼女の反応を愉しんでいるかのように。灯りの下で、竜也は妖艶に微笑んでいた――。
◇
その翌日も、弥恵はいつものように説教するべく、竜也達の前に現れたのだが――昨夜のこともあり、彼とは全く目を合わせられずにいた。
彼女の気持ちを知りながら、敢えて口出しすることなく、その恋路を見守ってきたファンの女子達は。竜也狙いであることを承知で、何も言わずに静観してきた彼の悪友達は。
そんな弥恵の「変化」から、「何か」があったのだと即座に気付いた上で――彼女のために、素知らぬ振りを通している。
そう。弥恵本人だけが、未だに知らずにいるのだ。
自分の気持ちを受け入れていないのは、自分独りなのだということを――。
本作はアンリ先生主催の企画「私の神シチュ&萌え恋企画」用に書き上げた作品になります。いやー、ギリギリになってしまいましたε-(´∀`; )
定番中の定番ですが、やはり私のイチ押しはミステリアス男子とツンデレ真面目女子かなぁ、と思いまして。なんとか形になりました(*´ω`*)
アンリ先生、この度は拙作も混ぜて頂きありがとうございました! 読者の皆様も、拙作に触れて頂き誠にありがとうございます!
他の参加作品も美味しい神シチュばかりですぞ〜! ではではっ!٩( 'ω' )و
Ps
基本的に本作は1本の物語として独立しておりますが、竜也は後々「グリット・スクワッド! 〜超人ヒーロー達が、元社長令嬢の私を異世界ごと救いに来ました〜」にも登場する予定です( ˘ω˘ )