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旅行三日前――イネスの場合

「ええ、準備はもう済みましたわ。……まあ、大抵のものは別荘にあるはずですから、例え何か忘れものをしても大丈夫ですけれどもね」

「そうか。とりあえず、順調そうで何よりだ。そうだ、こっちの準備も順調に進んでいるよ。出発の日には、問題なく日本の空港に我が家のジェットを用意できているはずだ」


 フランスへ向かう三日前。ワタクシはレオン様と電話でお互いの状況を確認――という口実を使い、恋人同士の穏やかな会話を楽しんでいた。


「そういえばレオン様、お仕事の方は大丈夫なんですの? フランスはまだお昼ごろだと思うのですけれど……」

「ああ、この電話が終わったら仕事再開さ。キミ達がフランスにつくまでには、今年の仕事を全部終わらせておくつもりだよ」

「あら、ならなおさら早く仕事に戻られた方がいいのでは……?」


 レオン様がこうしてワタクシとの時間を作ってくださっているのは、どちらかと言えばワタクシの為のはずだ。もしワタクシと通話する為に、仕事ができていないのであれば、それは良い事じゃない。


「ははっ、大丈夫だよ。こうして英気を養う時間がないと、集中できるものもできないからね。それに、仕事自体ももうそれほど残っている訳じゃないからね」

「そうですか。すみません、余計なことを言ってしまったようですわね……」

「いや、別に気にする必要はないさ。キミなりに、僕のことを気遣ってくれたわけなんだからね。むしろ嬉しいくらいだよ」


 気遣ったつもりが、むしろレオン様に気遣われてしまった。……いえ、今の発言が本心から出たものであることくらいは、ワタクシにも分かるのだけれど。やはり、レオン様にはまだまだ敵わない。年齢差とはまた別の意味で、ワタクシよりもずっと大人なのだ。


「あ、ありがとうございます。ふふっ、やはりレオン様には敵いませんね」

「そうかな? 僕のほうこそ、キミには敵わないと思ってばかりだけどね」


 ……本当に? ワタクシなんて、無理して大人なフリをしてるだけの、普通の子供に過ぎないのに。……正直、あまり実感はない。


「そう、ですかね……?」

「ああ。例えば、今回のフランス旅行の件だってそうさ。キミは、自分の友達をいかに楽しませようかを真剣に考えている様子だったからね。そういうの、意識してやるのは中々難しいからね」

「な、なるほど……。正直、あまり意識してはなかったのですが……。でも、そういう風に言ってくださるのは嬉しいですわね」


 当人としては意識していないなんのこともないような行動でも、褒めてくれるのは素直に嬉しい。……こういう風に、人の良い点を見つけて、それを素直に褒められるというのは、レオン様の素晴らしい点の一つだと思う。最も、レオン様の素晴らしい点なんて、数え始めたらキリがないのだけど。


「レオン様とフランスでお会いするのは、クリスマスイブの日……、でよかったですか

 ?」

「ああ。その日なら、実家での面倒なパーティーもないからね」

「あら、“面倒な“なんて言うのは珍しいですわね」


 普段のレオン様は、パーティーなどの社交界の繋がりを大事にする人だ。それこそ、ワタクシとの出会いも10年前にワタクシの家で開かれたクリスマスパーティーだったくらいだ。


「キミとせっかく再会できるチャンスなんだ、大抵のことは面倒になるものさ」

「嬉しいことを言ってくれますわね。……でも、ちゃんとパーティーには出ないとダメですわよ?」

「分かってるさ。ま、適当に済ます予定だよ。今後の仕事に影響するような相手が来る予定もないしね」


 レオン様の実家はフランス貴族の中でもかなり大きな家だ。だからこそ、パーティーには普段あまり関わりのないような相手も多く訪れるのだろう。


「イネスと再会できることはもちろんだけど、キミの友人たちと会うのも楽しみだ。前々から話は聞いているけれど、本当に良い人たちのようだからね」

「ええ、それはもうワタクシにはもったいないくらいの良い方たちばかりですわ。皆さんも、レオン様に会うのを楽しみにしている様子でしたし、きっと楽しくなるはずですわ」

「それはそれで、ちょっと緊張してしまうけどね。でも、期待に応えられるようにキッチリ準備はしておくよ」

「ええ、楽しみに待っておりますわ。……それで、その……。レオン様、一つお願いがあるのですけれど、良いでしょうか?」


 フランス旅行でレオン様と会えることが分かってから、ずっと言いたかったこと。気恥ずかしさが上回って、今まで言えてなかったけど……、流石にそろそろ言わないと間に合わない。


「ああ。僕に叶えられるお願いなら、なんでも聞くよ。……多分、僕も同じことを考えていると思うしね」

「そ、そうなのですか?」

「ああ。だから、遠慮せずに言って欲しいな」

「ありがとうございます。――ではその、お願いなんですけども……」


 遠慮がちに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。レオン様が拒否するなんてあり得ないと分かってはいるけど、それでもいざ言うとなると緊張はする。でも、だからといって今さら言わないなんてあり得ない。


「皆さんと会った後……、二人きりの時間を作っていただけないでしょうか。……レオン様に、クリスマスプレゼントをお渡ししたいのです」

「もちろん。……というか、最初から二人きりでも会うつもりだったけどね。でも、クリスマスプレゼントか……。ははっ、楽しみにしておくよ。もちろん、僕も用意しておくよ、プレゼント」

「……は、はいっ! ワタクシも、楽しみにしておりますわっ!」


 よかった。……クリス達には悪いですけど、少しだけ恋人同士の時間を楽しませてもらうことにしましょうか。


 これで、このフランス旅行の楽しみがまた一つ増えた。ふふっ、あと三日だけだというのに、こんなにも待ち遠しくなるなんて。きっと、今年の年末は今までの人生でもトップクラスに素晴らしいものになるに違いないだろう。

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