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閑話――遊園地に行こう! ③

「さてっ、どこから撮りますか? 晃センパイ?」

「……なんか、凄い楽しそうだね、八橋さん」


 くじ引きの結果、俺は八橋さんとペアを組むことになった。当然、決まった瞬間のクリスのへこみっぷりもまた凄いものだったけど、今はもう気を取り直してイネスさんと写真を撮りに遊園地の入り口付近に向かって行ってしまった。……まあ、いつも通りのクリスらしい一幕だった。


「そりゃあもうっ! だって、久々にセンパイと二人きりなんですもんっ、楽しいに決まってるじゃないですかっ」


 とまあ、クリスに負けず劣らずな勢いで楽しんでる八橋さん。俺としては、そこまではしゃぐほどのことかなぁ……、って思っちゃうけど、八橋さんからしたらそれほどのことなんだろう、多分。


「ほら、置いてっちゃいますよー?」

「ちょ、ちょっとまって、八橋さん……。ははっ」


 とまあ、これまで数度見たかどうかというレベルでハイテンションな八橋さんに引っ張られる形で、俺と八橋さんの久々の写真撮影会はスタートしたのだった。


 *


「……にしても、こうやって二人でカメラ構えてると、あの時を思い出しますね、センパイ」

「えっと、あの時って?」


 二人で並んで観覧車を撮っていると、ふと八橋さんが俺にこんなことを言ってきた。


「えー、覚えてないんですか? まあ、なんだかんだもう半年くらい前のことですし、パッと思い出せなくても仕方ないかもしれないですけどね」


 半年前って言うと、ちょうど八橋さんが写真部に入部したばかりの頃だ。……そういえば、確かにこうやって並んで写真を撮ったことがあったっけ。


「思い出した。あの時は確か、燕の巣を撮ったんだっけ」

「そうそうっ。もうっ、思い出してくれないから、アタシの記憶違いだったのかとか思っちゃったじゃないですかー」


 アハハ、と笑いながらそんな軽口を言う八橋さん。思い返せば、あの頃の八橋さんは、こんなによく笑う性格じゃなかった気がする。


「……? どうしました、センパイ?」


 俺の微妙な表情に気付いたらしく、八橋さんが怪訝そうな表情で俺の顔を覗き込んで来た。という訳で、取り繕うのも変な話だし、今思ったことを正直に八橋さんに言ってみることにした。


「――って思ったんだけどさ」

「……あー、確かにそれはそうかもですねー」


 俺の言葉を聞いた八橋さんの表情が、満面の笑みから苦笑へと変わる。……どうやら、本人にもその自覚はあったみたいだ。


「あの頃のアタシは、その……。ちょっとだけひねくれてたんですよね。……お金持ちばっかりのあの学校で、楽しいことなんてなーんにもなくって。人のゴシップネタを探るのだけが趣味の、お世辞にもまともとは言えない感じでした」


 確かに、出会ったばかりの時の八橋さんは、彼女以外誰も所属していない新聞部で、色んなゴシップネタを手に入れてはそれを交換条件にしてものを貰ったりしてたと聞いている。……まあ、あまり褒められた趣味ではないのは確かかも。


「でもまあ、それは写真部に入るまでの話です。写真部に入ってからは、そんなことないですから。……ホント、晃センパイさまさまですよ」

「……えっと、なんで俺?」


 記憶が正しければ、八橋さんを写真部に誘ったのはクリスだったはずだけど……。


「そりゃ、センパイがいなきゃ写真部に入ったりしなかったですもん。……理由はまあ、察してください」

「……あー、うん。……ごめん」


 八橋さんのその言葉の濁しかたで、大体は察してしまった。……というか、よく考えたらそれくらいしかあの頃の八橋さんが写真部に入部する理由なんてないか。


「……って、なに変な昔話してんでしょうね、アタシたち。――さっ、早く写真撮りましょ。今頃クリスセンパイたち、いっぱい写真撮ってるでしょうし」

「そ、そうだね。じゃあ、他の所も回ってみよっか」


 二人の間の微妙な空気を感じたのか、八橋さんがやや強引に話題を元に戻してくれた。


「まあ、クリスセンパイとイネスセンパイはもう今の話知ってるんですけどね。やっぱり晃センパイにはなんか言いにくくって。……でも、やっと言えました」


 そう言いながらはにかむ八橋さんの表情は、今まで見たことがないくらいにすっきりとしていた。


 *


「ふーん。……ま、楽しそうで何より、かな?」

「……ひょっとして、怒ってる?」


 先ほどの写真撮影会から約2時間。今この遊園地にいるのは俺とクリスだけだ。流石に暗くなってきたので、八橋さんとイネスさんはもう帰宅してしまっている。


 それで、俺とは観覧車に乗りながら今日あったことをクリスに話していた訳なんだけど……。なんだか、クリスの表情がなんとなく固くなった気がする。


「いや、別に怒ってる訳じゃないけど……。でもまあ、彼女に対して別の女の子の話を、しかもそんなに楽しそうに話されたら、その気はないとしても色々思っちゃうのは自然じゃないかな?」

「まあ、それはそうかも……。ごめん、クリス」


 確かに、仮にクリスが俺に他の男子との話をされたらちょっと嫉妬してしまうもんな。……まあ、クリスは基本俺以外の男子と話したりはしないらしいけど。でも、俺はクリス以外の女の子と話す機会はそれなりにある訳で。もうちょっと考えて話した方が良かったかもしれない。


「ふふっ。反省してるみたいだし、別にいいけどね。そもそもそこまで気にしてないし。――それよりも、今はこの景色を楽しもっ。ほら、すっごい綺麗だよっ!」


 さっきまでの嫉妬モードはどこへやら。一瞬ですっかりいつも通りの元気な笑顔に戻っていた。


「そうだね。せっかくだし、もう何周かしようか。……あんまり長いと間宮さんが心配するけど」

「ふふっ、そうだね。観覧車で二人っきり、なんてしばらくはできないだろうし。――もうちょっと、このままでいよっか」


 並んで座る俺の肩に、わずかな重みが加わる。……クリスが、俺の肩を枕にしてきたのだ。


「……寝ちゃダメだからね?」

「だいじょーぶっ。まだ6時半くらいだよ? 流石にまだ眠くないってば」


 ――この言葉の数十秒後、右肩から可愛らしい寝息が聞こえてきたことは、当の本人には内緒である。

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