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幕間 イネスの想い

「ふふっ、楽しそうにしていて何よりですわね。……少々妬いてしまいそうですけれども」


 夜も遅い、もう日付も変わろうかという時間。ワタクシはクリスから送り付けられてきた晃とクリスのデートの写真を見ながらそう呟いた。


 写真と共に送られてきたメッセージには、とにかく楽しい時間を過ごしたことと、今までの想いを込めた手紙を送ったことなどか書かれている。……まあ、たまらずワタクシに話してしまうくらいに、楽しくて仕方ない時間だったのだろうと容易に推測できてしまうくらいに浮かれ切った文章で、だったけれど。


「はぁ……。ワタクシも、デートしてみたいですわね……」


 今この国にはいないあの方を思い浮かべる。もちろん、この願いがそう簡単に叶うものではないことは分かっている。クリスと晃の二人も簡単にデートができる間柄ではないけれど、ワタクシとレオン様では尚更なのだから。そもそもレオン様は既にお仕事で世界中を飛び回って忙しくしているのだし、何より互いに貴族の身なのだ。クリスと晃の二人以上にデートをするのは難しい関係だろう。


「……レオン様は、いま何をしていらっしゃるのでしょうか」


 きっと、どこかの国で商談でもしているのでしょうけれど。……あとで、メッセージを送ってみましょうか。完全にではなくとも、想いはきっと伝わるでしょうから。


 そう思い至った、その時――


「おっと。どなたからでしょうか……?」


 手に持っていたスマホが、着信音を響かせ始めた。……どうやら、誰かしらから電話がかかってきたらしい。もう日付も変わろうかというこの夜更けに、いったい誰から……。


「……レオン、様……?」


 発信者の欄に刻まれていた名前を見て、心臓が止まりそうな程の衝撃が全身を駆け巡った。今まさに思い浮かべていた人から、ちょうど電話がかかってくるなんて。


「も、もしもし……?」


 恐る恐る電話に出る。もちろん、許嫁であり想いの通じ合った恋人でもあるレオン様相手に恐々とする必要などどこにもないのだけれど、このあまりに唐突過ぎる着信に思わず緊張してしまったのだ。


「……すまないね、イネス。そっちはもう夜中だというのに、思わず連絡してしまった」

「いえ、問題はありませんわ。ワタクシもちょうど、レオン様のことを考えていたところですから」


 嘘偽りのない返答をしたつもりだけれど、それにしたって出来すぎな展開で思わず声が笑ってしまった。それにしても、レオン様はいったいどうしたのでしょう……?


「その……。どうされたのでしょう、レオン様。なにか、あったのですか……?」


 聞いて良い事か悩みつつも、それでも聞かずにはいられなかった。ここでレオン様の真意を聞くことが、恋人としてあるべき姿だと思ったから。


「……ああ。少し、仕事で失敗してね。父から任されていた商談だったんだが、今回は無かったことになりそうなんだ。……まあ、よくあることではあるんだけれどね」


 ビジネスの世界は厳しいものだ。それくらいは、未だ社会に出たことのないワタクシでも分かる。そんな失敗が当たり前のような世界での失敗でも、やはり堪えるものなのだろう。特に、レオン様は若くしてご両親からかなり重要な商談を任されていると聞く。きっと、今回のそれも、大事なものの一つだったのだろう。


「……大丈夫、なのですか?」

「父は、“よくあることだから、次に活かすことだけ考えてあまり引きずるな”と言ってくれているんだけどね。……それでも、やはりそう簡単には割り切れなくてね」


 レオン様は仕事に対する熱意が人一倍強い人だ。簡単に割り切れるはずがないのは当たり前かもしれない。


「それで、ワタクシに電話をしたのですね」

「ああ。なぜだか、無性にイネスの声が聞きたくなってね。……ははっ、少し僕らしくないかもしれないね」


 自嘲気味なその笑い声は、明らかに無理をしている声色だった。……本当に、分かりやすい人ですこと。


「そんなことないですわよ。……誰にだって、そういうことはありますわ」

「そうかな。……それならば、いいんだが」


 誰だって、失敗をすれば気が滅入るものだ。……ワタクシだって、なにか失敗をすれば堪らずレオン様に泣きついてしまっているでしょうし。だから、レオン様がこうしてワタクシに連絡をしたことだって、決しておかしなことではないはずだ。


「いいに決まっていますわ。……さあ、なんでも言ってくださいな。レオン様が明日からまた仕事に励めるよう、微力ながらお手伝いいたしますから」

「……ありがとう。その言葉だけで、十分すぎるくらいに元気を貰えたよ。僕の為にそこまで言ってくれる恋人がいるんだと、今のイネスの言葉で気づけたからね」


 屈託のない笑みを浮かべているのだろう爽やかな声で、レオン様は私にそう言ってくださった。……まったく、いつもレオン様は私が言って欲しいことを、本心から言ってくださるのですから。これでは、どちらが元気づけられたか分からないではありませんか。


「そう言ってくださって、ワタクシも嬉しいですわ。……できることなら、今すぐにアナタに飛びつきたいほどに」

「同感だよ。……すまないね、イネス。寂しい思いをさせてしまって」

「ふふっ、それはお互い様ですわ。……それに、もうすぐ会えるではありませんか」


 といっても、まだ2カ月程先の話にはなるけれど。……そう、年末の写真部全員でのフランス旅行の際に、お会いする手筈になっているのだ。


「そうだね。……待っているよ、イネス。とびきりのクリスマスプレゼントを用意して、ね」

「あら、それは……。ふふっ、楽しみにしていますわね」


 レオン様からのクリスマスプレゼント……。どんなものかは分からないけれど、きっと素敵なものに違いないのだろう。


「ああ、楽しみにしていてくれ。……さて、そろそろ僕は仕事に戻るよ。もう、立ち止まっている訳にはいかないからね」

「ええ。頑張ってください。……ワタクシはいつも、この日本から応援しておりますから」

「ありがとう。……おやすみ、愛しているよ」

「ええ、ワタクシも。……おやすみなさい」


 互いに愛の言葉をささやいてから、電話を切る。……きっと、今のワタクシは到底他人には見せられないようなだらしない表情をしていることでしょうね。


「ふふっ、クリスやホタルが今のを聞いたら、きっと顔を真っ赤にするのでしょうね……」


 どうやら、日本のカップルは今のような愛の言葉を頻繁に交わしたりはしないようですし。


「ワタクシからすれば、ごく普通のやり取りなんですけれどねぇ……」


 ……気づけば、つい先程まで感じていたクリスへの嫉妬心はどこへやら。とてもすっきりとした気持ちで、自分でも気づかぬうちに眠りに落ちてしまった。

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