クリスの手紙
拝啓 南雲晃様
うーん……、ちょっと堅苦しいかな? まいっか!
じゃあ気を取り直して。
今日は、デートに連れていってくれてありがとね、あっくん。この手紙はデートに行くより前に書いているけど、今日のデートがすっごい楽しかっただろうことはもう分かってるよ。だって、あっくんと一緒なんだしね。
……あっくんは、楽しかったかな? 楽しんでくれてたら、嬉しいです。
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「……もちろん。楽しかったよ、クリス」
自室で一人、コーヒーを片手にクリスからの手紙を読み始めた俺は、手紙の中の問いかけに半ば無意識に言葉を返していた。
……もちろん、クリスにも面と向かって楽しかったとは言っている。それでもなぜか、無意識にそんな呟きが漏れてしまったのは、やはり今日のデートが本当に楽しかったからだろう。
手紙はもちろんまだまだ先がある。……そして、気づけば俺は、机に置いたコーヒーの存在を忘れてしまうくらいに手紙を読むことに没頭していった。
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まあ、今日のデートの話はこれくらいにして、っと。今日は、あっくんにいっぱい伝えたいことがあって手紙を書いています。ホントは面と向かって伝えられたらいいんだろうけど、やっぱり恥ずかしかったから。
まずは、いつもありがとう、あっくん。あっくんは謙遜してばっかりで、大したことできてないなんて言うけどさ。私は、あっくんがウチに来てくれて本当に嬉しいし、助かってます。
感謝ついでに、伝えておきたいことがあるんだけどね。
……私、今まであんまり学校が好きじゃなかったの。正直、イネスがいるから行ってるって感じで、もしいなかったらきっと不登校になってたと思う。やっぱり、ちょっと私とは違う雰囲気の子が多いからさ。
でも、あっくんが来てくれて、あっくんと一緒に学校に行くようになって、前よりもだいぶ学校が楽しくなったんだ。あっくんもいるし、ほたるちゃんっていう可愛い後輩もできたし。なにより、写真部っていう目的ができたし。……全部、あっくんのおかげだから。だから本当に、あっくんには感謝しています。
ちょっと重い話になっちゃったけど、この感謝はちゃんとあっくんに伝えておきたかったの。本当にありがとう、あっくん。
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「……そうだったんだ」
正直、クリスから聞かされた中等部の昔話とかから薄々そうなんじゃないかな、って思ってはいた。でも、こうやって本人から直接的に知らされたのはこれが初めてだ。だから正直、こんな風に感謝されるとは思ってなかった。
――ずっと、従者としてクリスの手助けができていればいいな、くらいにしか思ってなかったけど、どうやら知らず知らずのうちに俺はクリスに学校での新しい居場所を作ってあげていたみたいだ。
……そしてそんな事実が、俺にとっては何よりも嬉しかった。
*
さてっ、暗い話はこの辺にしとこっか! あんまりしんみりした空気になってもしょうがないもんねっ。……といっても、これから書く話も真面目な話ではあるんだけどね。
実は、あっくんに一つ相談があります。……まあ、まだだいぶ先の話ではあるんだけど。でも、ちょっと迷ってるのも事実だから。気が向いたらいつか相談に乗ってくれると嬉しいです。
で、その迷っていることっていうのは、卒業した後の話についてなんだけどね。今まではあんまり将来のこととか考えてなかったんだけど、最近はちょっと考えるようになったんだ。……やっぱり高校生になった訳だし、そろそろなにか考えないとダメかなー、って思ってさ。
――それで考えてみたら、「外国で色々勉強してみたいな」って思うようになったの。イネスとかお父さんとかから外国の話をよく聞いてて、ちょっと興味があったし。それで、どこか外国の大学に通うのもいいかな、って思ってるの。……もちろん大変なのは分かってるんだけどね。私別に英語得意じゃないし。
だから、あっくんに相談です。
……私、将来どうするのがいいのかな?
あっくん自身も悩んでるはずなのに、こんな相談しちゃ悪いとは思ってるんだけど、やっぱり一人じゃ決められなくって。よければ相談に乗ってくれると、嬉しいです。
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「将来、か……」
正直、俺自身は全然考えてなかった。……従者として働き始めて約半年。正直未だに仕事してるっていう実感はなかったりするけど、このままずっといられると思ってる訳じゃない。クリスだってずっとこの家に住み続ける訳じゃないだろうし。
でも、だからといって、将来なにかやりたいことは? と聞かれてもなにかある訳じゃないし。……どうやらよっぽどクリスの方が色々考えて日々を過ごしているみたいだ。
「まあ、答えが出せるかは別問題だけど」
こんな俺がクリスの相談に乗れるかはちょっと疑問だけど。それでもクリスが悩んでいて、相談に乗って欲しいというのなら乗らない理由なんてない。クリスの為、そして自分の将来を考えるきっかけにする為、そう固く決意した俺だった。
――そして手紙は、ついに最後の一枚を残すだけになった。
……その一枚に綴られていたのは、ほんの短い言葉。でも、どんな長い言い回しより、ずっと心に響いて残る、そんな言葉。
それは――
*
それじゃあ最後に、この一言だけあっくんに伝えて、この手紙を終わりにします。
――あっくん、大好きだよ。
星之宮クリス




