クリスとデートⅡ ②
「いやー、涼しくていい感じだねー」
「だね。紅葉も綺麗だし」
午前11時半。駅前の喫茶店でゆっくりとお茶を楽しんだ俺達は、夏の合宿でも訪れた公園に来ていた。あの頃は夏らしい緑にあふれていたこの場所も、今では一転して秋らしい紅葉に覆われている。
「これからどうしよっか、あっくん」
「特に決めてないけど……。適当に商店街をぶらぶらする、とかかな?」
軽井沢には色んな観光地があるし、見て回るのも良いけど……。俺的にはまず普通の学生デートっぽいことをしてみたかった。……クリスがどういうかは分かんないけど。
「そうしよっか。山の方の観光名所に行くのも良いけど、文化祭の疲れも残ってるしね」
「……クリス、疲れてるの?」
確かに文化祭は昨日終わったばかりだし、疲れが残っていてもおかしくはないけど。あの疲れ知らずのクリスが疲れたりするのかなぁ……?
「まあ、ほんのちょっとだけ、ね。たいしたことはないけど、やっぱり普段とは違うことしたら少しは疲れるよ、私だって」
「意外だ……」
なにをしても涼しい顔でけろっとしてる印象だったけど、意外とそうでもないみたいだ。でもまあ、昨日の文化祭は奥様や間宮さんが見に来たりもしたし、体力的な意味じゃなく緊張から来る疲れなのかもしれない。
「そうかな? まあ、そういうわけだから、今日はゆっくり過ごそっか。色んな所を見に行ったりするのはまた今度にしよっ。それこそ年末はフランスに行く訳だし」
「そっか、フランスか……。忘れてた……」
そう言えばイネスさんの提案で年末はフランスに行くことになってたんだった。文化祭の準備やらデートの準備やらで忙しかったせいでうっかり忘れてたけど。
「あははっ、イネスにそれ言ったら怒られるよ? まあだから、来週からはイネス先生のフランス語講座を受けないとねっ」
「勉強か……。気が重いな……」
この頃学校の授業のペースも上がってきてて苦労してるのに……。まあせっかくの旅行を楽しむ為なんだし、頑張るけども。
「大丈夫だって。別にイネスもスパルタする気はないだろうし。学校の勉強の方も一緒にやるからさ」
「そうだね。……一緒に頑張ろう」
「もちろんっ。頑張ろうねっ、あっくんっ」
*
公園を一通り散策して、商店街に戻ってきた。今はとある喫茶店でランチタイム中だ。
「んー、美味しいっ」
とまあ、実に幸せそうな表情でジェノベーゼパスタを頬張っているクリス。しかし不意に俺のカルボナーラに視線を移したかと思うと、今度は俺の目を見つめてきた。なんだろう、つい昨日も同じような目線に出くわした記憶が……。
「ねね、あっくんのヤツも一口食べたいなっ。私のも一口上げるからさ、どう?」
「それはいいけど……。流石にここで“あーん”する勇気はないからな、俺」
流石に喫茶店のテラス席でそんなことする勇気はない。すぐ目の前に通行人がいるわけだし、そもそもお客さんも結構な人数いるし。
「えー、そんなー。……なんてねっ、私もここでそんなことされたら色々耐えられないし」
「ほっ……」
公衆の面前では昨日や今朝みたいなバカップルになり切れないあたりがまた俺たちらしいというか。……いやまあ、傍から見れば今のやり取り自体も相当にアレなんだろうけど。
「はい、どうぞ」
「ありがとっ。……んー、こっちも美味しいっ」
用意してあった小皿に俺の注文した分を少しだけとりわけ、クリスに差し出す。……それにしたって、本当幸せそうな顔で食べるなぁ。
「……どうしたの? ひょっとしてなんか付いてる?」
「あーいや、そうじゃなくって。……いい表情で食べるなぁ、って思って」
「そう? まあ確かにご飯食べるのは好きだけど。私としてはそこまで表情変えてるつもりないんだけどなぁ……」
うーん、と首を捻るクリス。……ていうか、何にも考えずにあの幸せそうな表情ができるのは、それはそれで凄いことだと思う。本当にご飯食べるのが好きなんだな……。
「ほら、早く食べちゃおっ。食べたらお土産買いに行くんだから急がないと」
「分かってるって。でもまだ12時過ぎだし、そんなに急がなくてもいいんじゃない?」
間宮さんが迎えに来てくれるのが19時頃。いくらこの商店街には沢山のお店があるといっても、そこまで時間はかからないんじゃ……。
「あー、後でちょっと行きたい所があってさ。だからお買い物は早く終わらせたいんだよね」
「なるほどね。……ちなみに、行きたいところってどこ?」
そんな俺の質問に、クリスは悪戯っぽい笑顔を浮かべながらこう返すのだった。
「ひ・み・つ。……えへへ、後のお楽しみだよっ」
「……気になるなぁ」
クリスが秘密にするような行きたい場所、か。……うーん、分からない。まあ、クリスの言う通り楽しみにしていよう。
「さてっ、デザート食べたら買い物に行こっか。さーてっ、なに頼もっかなー」
「あ、デザートは食べるのね……」
「当然っ。甘いものは別腹ですからっ」
一応、今食べたパスタも結構なボリュームあったんだけどな……。まあクリスらしいとは思うけど。
「ねえねえ、あっくんはなににするー?」
「うーん、どれも美味しそうだな……」
……とまあ、こんな感じで二人して悩んだ結果、結局かなりの時間を消費してしまった俺たちであった。




