クリスとデートⅡ ①
――朝が来た。
「おーい、クリス、朝だぞー」
部屋の入り口を数回ノックする。……反応はない。
「はぁ……。予想を裏切らないというかなんというか……」
まだ6時半だし、普段なら完全に寝てる時間だからなぁ……。起きれなくても不思議ではない。とはいえ、昨日あれだけ「早起きするからっ!」って言ってたのに。
「起こすか……。クリス、入るぞー」
鍵はかかってなかったので、部屋の扉を開ける。当然、クリスはまだベッドで寝ているはず……、だったのだが。
「……ふぇっ? ……あ、あああああっくんっ!? ちょっ、だだっ、ダメっっ!」
……目の前には、大量の衣服を前に頭をひねらせる、下着姿のクリス。
「あっ、そのっ、えっとっ……、ごめんっ」
少なくとも見て良い光景ではないことは瞬間的に理解した俺は、クリスの方をなるべく見ないようにしつつ、扉を勢いよく閉めた。
「見て、しまった……」
……後で謝ろう。そして忘れよう。……正直、忘れられる気はしないけど。
「にしても、凄かった……」
それはもう、色々な意味で。
*
「……むぅ」
「その……。ごめんなさい」
着替えを済ませたクリスに、開口一番で謝罪の言葉を告げる。
「はぁ……。いやまあ、いいんだけどね。ノックに気付かなかった私のせいだし。……どうせ、いつかは全部見せるわけだし」
後半は、ぼそぼそとした小声だったので聞き取れなかった。……顔を真っ赤にしてる辺り、かなり恥ずかしいことを言ったようだけど。
「でも、見ちゃったのは流石にまずいし。……本当ごめん」
「だーかーらー、いいんだって。ほらっ、それより言うことあるでしょ?」
そう言って、手を広げながらクルっと一回転するクリス。ここまで露骨にアピールされたら、流石に俺だって分かる。
「うん、似合ってるよ。……可愛い」
「えへへー、そうでしょそうでしょっ?」
普段なら恥ずかしがって悶絶しそうなことを言ったはずなのに、今日のクリスは嬉しそうに満面の笑みを浮かべながらぴょんぴょん跳ねるだけだった。……デートに行ける嬉しさで、いつもより浮かれてるのかもしれない。
クリスの今日の服装は、秋らしい穏やかな色合いのワンピース。流石にそれだけだと軽井沢では少々寒いので、薄手のカーディガンを羽織っている。頭にはベレー帽を被り、一応の変装のつもりなのか黒ぶちの伊達メガネをかけていた。そんな中、一番俺の目を引いたのは……、
「それ、付けてくれたんだ」
「うんっ。せっかくのあっくんからのプレゼントだもん。普段付けれないぶん、今日くらいは、ね」
夏の軽井沢で俺がプレゼントしたネックレスが、クリスの胸元で小さく輝いていた。
「お嬢様、南雲さん。車の準備ができましたので、出発致しましょうか」
間宮さんが部屋に入ってきた。……流石は間宮さん。ついさっき準備し始めたばっかりだったはずなのに。相変わらずのスピードだ。
「あら。お似合いですよ、お嬢様」
「ありがとう、間宮っ」
やっぱりハイテンションなクリス。……こんなに楽しみにしてくれているのだ、絶対楽しいデートにしないと。
*
「よしっ、とうちゃーくっ。ありがとね、間宮っ」
間宮さんの安全かつスピーディーな運転により、9時前には軽井沢の駅前に到着できた。もっと遅く到着する予定だったけど、これなら予定よりゆっくり過ごせそうだ。
「どういたしまして、お嬢様。……それでは、19時頃にここにお迎えに参りますね」
「はい、分かりました。……じゃあ、行ってきます、間宮さん」
クリスと共に一礼し、歩き始めようとしたその時。
「あ、南雲さん。一瞬だけ、お時間良いですか?」
間宮さんが、意味深な笑みを浮かべながら俺だけを呼んだ。……いったいなんの話だろうか?
「……もう少し、肩の力を抜いたほうがいいですよ。あまりお嬢様を楽しませようと思い過ぎず、お嬢様と一緒に楽しんでください」
流石は間宮さん、といった所だろうか。完全に今の俺の内心を見透かしたうえでのアドバイスだった。
「……はい。ありがとうございます。楽しんで来ますね」
「ええ。お土産話、お待ちしていますね」
それだけ言い残すと、間宮さんは再び車に乗り込んで、屋敷へと戻っていってしまった。
「あっくん、何の話だったの?」
「……思いっきり二人で楽しんできて、ってさ」
「そっか。ふふっ、あっくん、緊張してるみたいだったもんね」
「……マジ?」
まさか、クリスにすら見破られているとは。やっぱり俺、考えていることが顔に出ているのかな……?
「さてっ、じゃあ行こっかっ! あっくん、どこ行くどこ行く?」
「うーん……。とりあえず、近場でお茶でも飲もっか。まだ朝早いから開いてない店も多いし」
「賛成っ。じゃあ、夏に行けなったあのお店に行こうよっ」
「あそこか。いいね。よしっ、行こうクリス」
ちょっとだけ勇気を出して、クリスの右手にゆっくりと自分の左手を差し伸べる。……互いの手のひらが触れ合った瞬間、クリスも俺の意図することを理解してくれたようで、ギュッと互いに手を握り合った。
「えへへっ、暖かいね、これ」
「う、うん。……暖かいね」
「あはは、あっくんてばやっぱり顔真っ赤じゃん。ほーんとボディタッチに弱いよね、あっくんは。っていうか、自分から来たくせに」
「べっ、別にいいだろっ。恥ずかしいもんは恥ずかしいんだよ……」
「うーん、照れてるあっくんは可愛いなー」
「照れてないっ」
……とまあ、後から考えるととんでもなくバカップルなやりとりをしながら、ついに俺達のデートが始まるのだった。




