明日はデート
「いやー、いざ始まってみると一瞬でしたね……」
「まったくですわね。まあ、今年はキチンと楽しめましたので、今までよりは良いのですけれど」
時刻は夕方5時を回った頃。文化祭は既に終わり、今は部員皆で片付けをしているところだ。……といっても、飾っていた写真をはがして、飾る為に使っていた衝立を元々あった資料室に戻しに行くだけの簡単な作業だけど。
「今年“は”? ……そう言えば、今までの文化祭ではクリス達は何してたの?」
イネスさんの先程の発言に妙な引っ掛かりを覚えたので聞いてみる。確かにこの写真部もちゃんと始動したのは今年からだし、去年までの中等部の頃はなにをしていたんだろう?
「なーんにもしてなかったよ。出店見て回るのもめんどくさかったし、適当に食べたいものだけ買ってきて、それ以外はずっと部室に籠ってたかな」
「そうでしたわね。……正直に言えば、ワタクシは他の企画などにもそこそこ興味はあったのですが。クリスを置いて行こうと思えるほどではありませんでしたけど」
それはまた、なんとも不毛な……。まあ、出店の食べ物を食べてるだけまだいい方だけど。でも確かに、クリスはお嬢様モードにならなきゃいけない都合上あんまり見て回ろうとは思わなかっただろうし、そうなっていてもおかしくはないか。
「ホタルは去年の文化祭ではなにをしていたのですか?」
「あー、アタシはですね……。その、色々とスクープがないか見て回ってましたね……」
言葉をかなり濁している八橋さん。あの様子から察するに、狙ってたスクープはゴシップ系のネタだな……。
「なるほど、新聞部だったホタルらしいですわね」
「あはは、そうですね……」
そう言葉を濁して返答しつつ、イネスさんに見えないところで小さくホッとため息を吐く八橋さん。別にバレてもイネスさんはなにも言わないとは思うけど……。まあ、誰だって隠しておきたい黒歴史の一つや二つはあるよね……。
*
「さて、ようやく片付けも終わりましたし、今日はこれで解散にしましょうか」
「了解ですっ。本当は打ち上げとかやりたいんですけどねー。流石に割と遅い時間ですし、また今度ですかね?」
「そうそうっ。その打ち上げさ、今度ウチでやろうと思うんだけど、どうかな?」
クリスからの突然の提案。……もちろん、俺も初めて聞いた。確かに終わったら打ち上げやりたいとは前から話してたけど、まさか星之宮家でやるつもりだとは思ってなかった。
「ワタクシは構いませんけれど……。家の方は良いと仰っているのですか?」
「うん、間宮さんにはもう話してるよ。 お母さんたちにはまだ言ってないけど……。確かもうすぐ長期の出張に行く予定だったはずだし、ダメとは言わないと思うよ」
「ならいいですけれど。クリスのことですし、誰にも言わずに決めてしまったりしてそうで心配しただけですから」
「……私、そういう風に見られてるの……?」
……まあ、イネスさんの言う通り、突発的な思いつきを言いそうな所はあるかもしれない。
「ではワタクシはこれで。また来週お会いしましょう」
「あ、アタシも帰ります。イネスセンパイ、一緒に帰りましょっ」
そんなやり取りをしながら、イネスさんと八橋さんは帰っていった。俺とクリスはまだ間宮さんが迎えに来てないのでしばらく残りだ。そろそろ来る頃だとは思うけど。
「……あの二人、本当に仲良いよねー。ちょっと羨ましいくらいかも」
「クリスにしては珍しいこと言うね。まあ、気持ちは分かるけどさ」
最近のイネスさんと八橋さんは特に仲が良い。クリスは最近、俺と付き合っていることもあって学校でも俺と二人の時間が増えているし、ちょっと距離を感じてしまっているのかもしれない。
「今度女子会でもしてみたらどうかな? 俺がいたらできないような話もあるだろうし」
「お、それ良いかも。……でも、あっくんなしで外出する訳にはいかないからなぁ……」
……そうだった。仮にも俺は従者なので、お嬢様であるクリスがどこかに出かけるとなればついて行かなければならないのだった。これでは女子会などできるわけがない。
「うーん。なにか良い方法ないかな……」
せっかく良い案を思いついたと思ったのに。クリスも女子会自体はやりたそうにしてるし、どうにかさせてあげたいんだけど……。
「――では、その女子会の日だけ私が従者を変わるというのはどうでしょう?」
「おっ、それ名案かも。……って間宮っ!?」
突如として会話に乱入してきた間宮さん。なんか前にもこんなことあった気がするな……。
「申し訳ございません。部室の前に来たところ、会話の内容が少し聞こえてしまいましたので」
「それは良いんですけど……。でも間宮さん、いいんですか? 従者を変わるって……」
間宮さんの仕事はあくまでも星之宮家に仕えるメイドさんであって、クリスの従者ではない。こうして学校までの送迎なんかはして貰っているけど、これも俺が車の免許を持ってないからやってもらっているだけで、正確には間宮さんがやらないといけないことではない。
「私は構いませんよ? もちろん、南雲さんがしっかりと家の仕事をしてくださるのならですが、心配いらないでしょうし」
さらっと仕事を任せられてしまった。……でも、こうして任せてくれるってことは信頼してくれてるということなので、正直かなり嬉しい。
「じゃあその……。二人とも、お願いしてもいいかな?」
「ええ、お任せください」
「もちろんだよ。……まあ、女子会やれるかはまだ決まってないけどね」
まだイネスさんにも八橋さんにも言ってないから当然だ。……でもまあ、二人とも断ったりはしないだろうけどね。
「さて、では帰りましょうか。明日は朝早いですし、早く帰りましょうか」
「そっか。いよいよ明日だったね」
「楽しみだね、クリス。……すみません間宮さん、明日の仕事はお願いします」
「気にしないでください。元々は私一人でやっていたのですし。お二人は気にせずデートを楽しんで来てくださればそれでいいのです」
――そう、明日は前々から計画していた、軽井沢での日帰りデートの日なのだ。
「さてっ、明日はちゃんと早起きしないとだね」
「そうそう。……起こすから、ちゃんと起きてね?」
「分かってる分かってるっ。ていうか、流石にデート当日に寝坊したりしないって」
久々に家や学校以外での二人きりのデートなのもあって、クリスは早くもかなりのハイテンションだ。かくいう俺も、自分でもはっきりと分かるくらいには表情が緩んでしまっているし、人のことは言えないけど。
「さーてっ。明日は思いっきり楽しんで、いっぱい思い出作らなきゃね、あっくんっ!」




