いざ文化祭! ③
「……思ったよりも人が来るんですね」
「そうですね、お嬢さま。まさかここまでとは思っていませんでした」
お昼ご飯を食べた後、写真展の店番をイネスさんと八橋さんから交代してからわずか10分程。教室内は想定を遥かに超える人でにぎわっていた。
「なんでも午前中にいらした方からの口コミで来られている方が多いようですね」
「そう。……良かったわ。まさかこんなにも多くの人に見て貰えるとは思ってなかったもの」
学校の生徒達の前なのでクリスもお嬢様モードだけど、喜んでいる様子は隠しきれてなかった。……まあ、従者として振舞わないといけない俺も嬉しくて口元が緩みそうになってしまっているので強くは言えないんだけど。それに、自分の撮った写真を褒められて喜ぶと言うのは別に変じゃないし、まあ大丈夫だろう。
「そういえば、この店番はいつまでやらないといけないのかしら」
「イネス様たちがここに戻られるまでですから……、あと2時間程度でしょうか」
「……そう。流石に……、長いわね」
「頑張りましょう、お嬢様。私もずっと一緒にいますから」
周りに見られていないことを確認してから、隣の椅子に座るクリスの手のひらを一瞬だけ握る。周りに気付かれる訳にはいかないから本当に一瞬だけだったけど、それだけでクリスの表情も少しだけ和らいでくれた気がする。
*
そして、2時間が経過した。……だが、肝心のイネスさん達が戻ってくる気配がない。
「……どうしたのかな」
「まさか忘れてるわけじゃないと思うけど……。ちょっと心配だね」
ちなみに今は偶然にもお客さんは誰もいないので、お互いにいつもの調子で会話している。それにしても、イネスさんがこの手の約束を破るとは到底思えないし、やはりなにか想定外のことが起きたのかもしれない。
「ちょっと見てくるよ。クリスはここで待ってて」
「うん。流石に二人一緒に行く訳にもいかないもんね。なにかあったら連絡してね」
「了解。それじゃ――」
言いながら立ち上がろうとしたその時、教室の扉が開いて何人かの人たちが入ってきた。
「……ふぅ、都合よく誰もいませんわね。ホタル、扉に閉店の看板を下げておいてくださいな。この教室の他の展示担当の方たちには後で断っておきますわ。まあ、誰もいませんし大丈夫でしょうけど」
「了解です、邪魔が入ったら興ざめですもんね。クリスセンパイ、晃センパイ、お客さんを連れてきましたよー」
「……お客さん?」
確かにイネスさんと八橋さんの後ろから誰かが入って来ようとしていた。……わざわざ他の人たちが入って来れないようにするなんて、いったいどんな人が来たんだろう?
「クリス、晃くん、遊びに来たわよーっ!」
「なるほど、これは中々本格的ですね。見学者が多いのも納得です」
「お、お母さんっ!? それに間宮まで、どうしたの!?」
来ていたのは奥様と間宮さんだった。もちろん昨日までの時点では奥様も間宮さんも来るとは一言も言ってなかったので、完全に意表を突かれてしまった。
「どうしたもなにも、ねぇ」
「ふふっ、一度でいいからお嬢様方が撮られた写真を見てみたい、と前々から仰っていましたからね。……私自身も、気になっていましたし」
奥様はいつも以上にニコニコしながら早速俺達の撮った写真を見始めていた。間宮さんも普段はあまり見せない優しい笑顔で奥様と並んで写真を見ている。
「……なんかちょっと恥ずかしいね」
「確かに」
まさか実の親に見られると思ってなかったのか、クリスは頬を染めて恥ずかしがっている。……まあ、俺も結構恥ずかしいんだけど。
「夜空をテーマにした写真を撮っていらしたことは知っていましたが、これは中々に素晴らしいものですね」
「そうね、流石クリスよね。ここまで綺麗に撮れる人、中々いないんじゃないかしら?」
「ちょっと二人とも、それは褒めすぎ……」
こんな感じで、クリスがさっきまでとは別の恥ずかしさで真っ赤になってしまうくらいに、奥様も間宮さんも中々の親バカっぷりを発揮していた。
「晃くんも、中々いい写真撮るじゃない。これなんか、クリスをとても綺麗に撮っていて素晴らしいわっ! ねえ、文化祭終わったらうちのアルバムに入れていいかしら?」
「え、ええ。全然構わないですけど……」
……まさか俺にまで親バカモードで接してくるとは思ってなかった。いつだったか俺に“もうあなたも家族みたいなもの”なんて言ってくれたことがあったけど、こういう所でまで発揮しなくてもいいのに……。
「あらあら、クリスもアキラも真っ赤になっていますわね」
「あはは、まああれだけ褒め殺されたら真っ赤にもなりますって」
と、少し離れた場所で俺らの様子を見ているイネスさんと八橋さん。しかし――
「あら、イネスちゃんたちの写真も凄いじゃないっ! ほらこれなんて本当――」
たちまち奥様に捕捉されてしまった。結果的に、奥様も間宮さんも写真部全員の写真すべてを褒めちぎった。それはもう、例外なく全員の顔が真っ赤になる程に。
「さて、そろそろ戻って仕事しないとね。みんな、今日はいいもの見せてくれてありがとうね」
「私もこれで失礼しますね。お嬢様、お迎えの時間はいつも通りで構いませんか?」
「うーん……、いつもよりちょっと遅めでいいかな。片付けとかあるし」
「了解いたしました。それでは皆さま、残りの文化祭も頑張ってくださいね。それでは」
そして約30分後、そんな激励の言葉と、差し入れの大量のお菓子を残して屋敷へと帰っていってしまった。……怒涛の勢いで過ぎていった、まさに嵐のようなひと時だった。
「お疲れ様ですわ。はぁ、まさかワタクシの写真まで褒めたおすとは思っていませんでしたわ……」
「もはや親バカを通り越してましたね……。まあ、悪い気はしませんでしたけど」
実際皆恥ずかしそうにはしていたけれど、今はまんざらでもなさそうな表情をしている。確かに今まで部員以外に褒められることなんてほとんどなかったし、内心ではかなり嬉しがっているのかもしれない。……少なくとも、俺はかなり嬉しかった。
「さて、残り時間もあと少しだし、もう一回気合い入れ直して頑張ろう、おーっ!」
「「「おーっ!」」」
クリスの気合いの入った掛け声に皆で応える。さあ、泣いても笑っても文化祭はもう終盤。しっかり思い出に残る文化祭にするために、最後まで頑張らないと。




