いざ文化祭! ②
「よーしっ、いっただっきまーすっ!」
目の前に並べられた大量の食べ物に目をギラつかせながら、クリスはそう高らかに宣言した。焼きそば、たこ焼き、焼き鳥、フライドポテト、焼きとうもろこし等々、出店で売られていた食べもののおおよそ全てが一堂に会していた。
「あの、お嬢様……? この量は、流石にヤバいんじゃないでしょうか……?」
「このくらい全然問題ないって! この日の為に最近運動量増やしてたくらいなんだからねっ。……あと、この部屋で“お嬢様”は禁止」
「分かったよ、クリス。……というか、そもそも食べきれるの?」
ここは何を隠そう写真部の部室。部員であるイネスさんと八橋さんは写真展の会場になっている教室にいるので、ここには俺とクリスの二人きり、という訳でさっきまでのあの“お嬢様と従者”モードはオフにして、いつも通りの幼馴染兼恋人としてのやり取りを誰に咎められることもなく繰り広げている。
……それにしても、やっぱりこのいつも通りのクリスの方が何倍も可愛いな。あのお嬢様モードも様になっててかっこいいんだけど、こっちの自然体のクリスの方が見ていて心地良い。
「大丈夫、食べきれなかったらあっくんが食べてくれるから。……ていうかさ、一緒に食べるって発想はないの? 私、二人で一緒に食べるつもりで買ったんだけどなー?」
「……えっ、そうなの?」
「……私、流石にこれ全部自分で食べようとする程食い意地張ってないつもりなんですけど?」
……でもあなた、昔っからこういうのはほとんど独占してましたよね……? いつもクリスが散々食べた後の残りを食べていた記憶が……。ま、まあ、あの頃からかなり年月も経ったし、クリスも変わったってことなのかな?
「じゃ、早く食べよ食べよっ。こういうのは温かい内に食べないと美味しくないよっ」
言いながら早速焼きそばを口に運んでいる。出店を見る前から食べたいって言ってたし、よほど楽しみにしてたんだろう。
「んー、美味しいっ。ほらほら、あっくんも食べてっ。はいっ、あーんっ」
クリスはそんなことを言いながら、焼きそばを一口分箸で取り、俺の目の前に差し出してきた。
「……マジ?」
「マジだよ? っていうか、前にもやったじゃん」
確かにこの行為自体は軽井沢でデートした時にもやったけど……。なんか、こう、致命的に雰囲気が足りないというかなんというか……。こういうのって普通、スイーツとかでやる物じゃない……?
「じゃ、じゃあ、貰うね。……んっ、美味しい」
「でしょ? 学生の出し物だからって舐めちゃだめだよね、やっぱり」
とはいえせっかくの恋人からの申し出を断るなんて有り得ない訳で、早速クリスの持つ箸から一口。……うん、美味しい。お金のある学校だからか食材もそれなりのものが使われているのが分かるし、何より調理の仕方が普通に上手い。クリスの言う通り学生が作ったからと言って舐めてはいけないレベルの代物だ。
……それにしても、今みたいに味やらなんやらに考えが及ぶようになるくらいには、クリスとの恋人っぽい行動にも慣れてきたのかもしれない。それこそ以前軽井沢で同じことをされたときなんて、緊張と恥ずかしさのあまり味なんて一切分からなかったくらいだし。少しは恋人としての振舞いが様になってきてる……、のかな?
「ねえあっくん、アレとって、アレ」
「アレ? ……ああ、から揚げね」
「そうそうっ。って、違う違う、そうじゃなくって」
クリスからのご要望通りに、から揚げの入ったパックを手に取りクリスから近い位置に置こうとしたところ、なぜか拒否られた。……あれ、これじゃなかったかな?
「……えっと、違った?」
「うん、違う違う。そうじゃなくって、あっくんからも、あーん、ってして欲しいなー、なんて思うんですけど。……どうでしょう?」
「マジで……?」
「マジだよ?」
あれって女の子からするからこそのものだと思ってたんだけど……。でもまあ、クリスからの頼みを無下にするなんて俺にできる訳もなく。
「えっと、その……、どう、ぞ……?」
「えー、“あーん”って言ってくれないのー?」
「それは勘弁してください……」
流石に恥ずかしすぎる。いや、クリス以外見てないのは分かってるんだけど。それでもちょっとそこまでできる程の勇気は、残念ながら俺にはなかった。
「えー。――なんてね、ははっ。まあ、あっくんにしては頑張った方だと思うし、今回は勘弁してあげるっ。……えいっ」
何故か無駄に勢いをつけながら俺の箸が持つから揚げをパクリといった。……だがしかし、みるみる内に顔が真っ赤になっていく。なるほど、「あーん」をするのには慣れてきたのかもしれないけど、されるのにはまだ慣れてないんだな。……こういうクリスの姿を見ると、つい悪戯心が芽生えてしまう。
「次はなに食べたい? たこ焼きとかどう?」
クリスの反応を待たずにタコ焼きをつまようじで一つ取り、クリスに差し出してみる。すると案の定、既に真っ赤だった顔がさらに赤くなっていく。……まるでクリス自身がタコになったみたいだ。
「あっくん、絶対からかってるでしょ……、もうっ」
「からかってないって。ただクリスの反応が可愛いくて、ついね」
「……あっくんのバーカ。ふんっだ」
あらら、照れちゃった。……最近薄々気づいてきたけれど、どうやらクリスは可愛いと言われるとかなり照れてしまうらしい。なので最近はあまり言わないようにしてたんだけど……、やっぱり可愛いものは可愛い。
「うん……、美味しい」
……でもどうやら誘惑には勝てなかったようだ。真っ赤な顔でなんだかんだ言いながらもニコニコしているし、まんざらでもないんだろう。
――なお、この後もなしくずし的に食べさせ合いっこを、それこそ買って来たものがほぼ無くなるまで続けてしまい、結果として俺たちは二人して恥ずかしさによるメンタルへの多大なダメージを負ってしまうのだった……。
*
ほぼ同時刻、写真部部室に程近い廊下にて――
「……休憩と店番交代の催促の為に来てみたのはいいのですが、あれでは入れませんわね」
「ですねー。あの空間に入る勇気はちょっとないですし」
「しかしかといって、あのままにしておいたら永遠に店番の交代に来てくれない気もしますわね……」
「さすがにそこまでじゃないと思いたいですけど……。ま、スマホにメッセージ送っておけば気づくんじゃないですかね?」
「なるほど。ではそうすることにして、ここは一時退散するとしますか」
「りょーかいですっ、イネスセンパイ。……あぁ、なんだかリアルに胸やけしてきました。まったくクリスセンパイたちも、学校であそこまでの甘々オーラ出さないで欲しいんですけど」
「同感ですわ。それに、ワタクシたちがドアを開けても気づきませんでしたし。……完全に二人だけの世界になってましたわね、あそこ」
「ほーんと、いくらこそっと開けたと言っても気づきもしないのはどうかと思うんですけどねぇ……」
「「……はぁ」」
そんなとある女子二人の愚痴とため息と苦笑が、他に誰もいない廊下に静かに響いていた。




