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月夜の思い出②

「……クリス」


 思った通り、クリスはその場所にいた。


 ――ここは、町の小さな神社、の裏手。人気もなく薄暗い、普段のクリスならまず来ないような場所。俺がここにクリスがいるのを見たのはたった二回だけ。この時と、夏祭りの時に俺が待ち合わせ場所に指定した時だ。


「え……、あっくん……?」


 クリスはどうやらここに誰か来るとは思ってなかったようで、泣き腫らした顔で口をポカンと開け、俺の方に振り向いた。


「……よかった。ほら、帰ろうよ。今頃みんな探してるよ」


 言いながら、そっとクリスに手を差し伸べる。……でも、クリスはその手を掴もうとはしなかった。


「……嫌だ」

「え……」

「嫌だよ……。だって、帰ったらあっくんともう会えないんだもん。……そんなの、嫌だよ」

「っ……」


 ……そんなの、俺だってそうだよ。そう言いたくなる気持ちをぐっと堪える。もう、クリスが引っ越すのは確定事項なんだから。俺やクリスが今さらどれだけ騒いだって、クリスのお母さんを困らせるだけだ。


「……大丈夫だよ。……絶対、また会えるから」


 この時の俺は、よくもまあこんな根拠のないことをぬけぬけと言えたものだ。自分の発言ながら呆れてしまうくらいだ。クリスの引っ越し先は到底子供が一人で往来出来るような場所じゃないし、じいちゃんもクリスのお母さんも忙しいから付き添ってもらうこともできない。もし会うことが出来るとしても、それはおそらく互いに一人旅ができるくらいまで年を取った後の事になるだろう。


「ホント……?」


 でも、当のクリスはそんなことにはまだ気付いてなかったようで、少しだけ元気を取り戻してくれた。


「うん。……絶対、本当にする」


 頭の中ではそう簡単なことじゃないことは分かっていたけれど、それでも嘘を言ったつもりはなかった。どれだけ先の話になろうとも、どれだけ大変なことであろうとも、絶対にいつかまたクリスと再会する。――俺は確かに、この時こう決意したんだ。……まさかあんな形で果たされるとは思ってなかったけれど。


「……約束だよ?」

「もちろん。……ほら、帰ろうぜ」


 ようやく泣き止んで、ぎこちないながらもいつもの笑顔を浮かべてくれたクリスの手を、今度こそしっかりと握る。……正直、手を繋いだりしたのは小学校低学年ぶりだったので、結構恥ずかしかったりしたんだけど……、まあ、それは内緒にしとこうかな?


「ね、あっくん。……その、後ちょっとだけ、ここにいたい、な」

「ここに?」


 この場所は暗いし周りは鬱蒼としていて気味悪いしで、そういうのが苦手なクリスなら普通は絶対に言わないことだったのでちょっと驚いたのを覚えてる。


「うん。……だって、しばらく会えないのは本当だもん。だから、ちょっとだけ……ダメかな?」


 また泣きそうな顔に戻りながら、そんなことを言うクリス。……この頃既にクリスに淡い片思いの恋心を抱いていた俺に、そんな提案を断れる訳もなく。


「ちょっとだけだからな!」


 と言って神社の手すりに腰掛るのだった。……うーん、子供にしてはちょっと素直さが足りないんじゃないですかねこのガキは。


 *


「ほら、ここすっごい綺麗でしょ!」

「うん。すごいね……」


 二人で神社の手すりに腰掛けながら、空を見上げて夜空を眺める。ここに来る途中でも見た大きな満月が、街中では見えなかった沢山の星と共に空を揺蕩(たゆた)っている。


「さっきね、流れ星も見たんだよ」

「え、本当に!?」

「うん。すぐ消えちゃったから、お願いはできなかったけど。でも、次は絶対にお願いするんだから!」


 目の奥にメラメラと闘志を燃やしながら、月面に穴でもあける気なのかという勢いで夜空を見つめ続けるクリス。


「なにをお願いするつもりなの?」

「そんなの決まってるじゃん! “またいつかあっくんに会えますように”、だよっ!」


 さも当たり前のことのようにそう言いきるクリス。この時の俺はそれを聞いて、子供ながらに嬉しさと恥ずかしさで赤面していた。けれど、それでも気持ちは同じだった。


「……なら、俺も同じお願いする。“またクリスと会えますように”、って」

「うんっ。絶対だからねっ。これから流れ星を見たら、絶対そうお願いしてよね。絶対だよっ」


 何度も何度も、“絶対だからね”と念押ししてくるクリス。……そんなクリスの熱意に星が応えてくれたのか――


「あっ!」

「……えっ」


 ――流星が一筋、満月を背景に流れていった。


 すかさず、願い事を口にする俺とクリス。……もちろん、言いきる頃にはとっくに星は流れてしまった後なんだけれど、当時の俺たちはそんなことは気にも留めず、ジンクス通り願い事を三回必死に繰り返した。……それくらい、叶えたい約束だったんだ。


 *


「……いやー、懐かしいねぇあっくん」

「だね。……まさかこんな形で叶うことになるとは思ってなかったけど」


 当時を思い出しながら、しみじみとつぶやく俺とクリス。……本当なら、再会するにしてももう少し常識的な再会の仕方にする予定だったんだけど。どうしてこうなった。


「まあ、それは私もかな。でもさ、結果的に今ちゃんと幸せなんだし、別にいいじゃん?」

「いまさらっとすごいこと言ったねクリス……。いや、俺も同意見だけどさ」


 クリスみたいに口にだす勇気はないけれど、俺だって毎日幸せな生活を送っているつもりだ。……というか、恋人と同じ家に住んで、毎日一緒にいます、なんて生活で幸せじゃないなんて言ったら全方面から罰が当たるだろう。流石に俺もそこまで強欲じゃない。


「でも、あの後は結構大変だったよねー。色んな人に怒られたし」

「まあ、それは仕方なかったと思うよ……」


 あの後二人でクリスの家に戻った俺らは、それはもうこってりとクリスのお母さんや学校の先生たちに怒られた。そりゃ、夜の九時過ぎに子供だけであんなことしてたら、怒られて当然だ。……まあ、じいちゃんだけは、「まあ、今日くらいはいいだろう」と言ってお咎めなしだったけれど。


「ま、私が写真のテーマに“月と星”を選んだ理由はこれだよ。あれ以来、私にとって大事なものだからね、月も、星も」


 すっきりした笑顔でそう話すクリスの背後が、急に明るくなった。……どうやら、雲が晴れていってるみたいだ。あんなに分厚い雲だったのに、珍しいこともあるものだ。


「これは……。ひょっとしたら撮影できるかもね」

「うんっ。ほらあっくん、準備しよっ。急いで急いでっ!」

「いや、まだ流石に月も星も出てないよ……」


 いつも以上のハイテンションではしゃぎ回るクリス。まあ、ようやく撮影できそうとなれば、テンションが上がるのも当たり前か。……とにかく、今夜はやっとクリスも撮影できそうだ。


 ――さて、俺も俺で撮影の準備しないとな。しっかり“仲間”の姿を写真に納めないと。


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