表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/128

曇天の下で

 イネスさんの家で撮影を行ってから、早くも2週間が過ぎた。


「うーん、どうしよっかな……」

「まあ、まだ焦らなくても大丈夫だと思う、けど……」


 そんなある休日の昼間に、俺とクリスは二人で窓から外の空模様を眺めていた。空には一切の切れ目のない灰色の雲が覆い、今にも雨が降り出しそうだ。


「そうは言うけど、もうすぐ十月だし。そろそろ写真をそろえて会場のレイアウトとか考えないといけないし」

「まあ、それはそうだけど」


 実際最初に決めた締め切り日は次の週末にまで迫ってきている。そろそろ撮影を行わないとまずいのは確かだ。とはいっても、そう簡単にも行かない事情があって――


「うーん、これは流石にテーマを変えるしかないかなぁ……」

「一応明日は晴れ間もあるらしいし、賭けてみてからでもいいんじゃない?」

「どうかなぁ……」


 今日の空模様から分かる通り、ここ最近まったくと言っていいほどに晴れる日がないのだ。毎日毎日、来る日も来る日も雨の日ばかり。今日みたいに雨が降ってない日でも、分厚い雲が空を四六時中覆いっぱなし。そんななんとも気分の上がらない天気の日々がもう二週間以上続いているのだ。


 そしてクリスの写真展のテーマは『月と星』。……そう、晴れてくれないと撮影にならないのだ。雨が降らないと撮影できないイネスさんよりは楽な条件だと思ってたのだが、実際には逆にクリスの方が撮影できない状況が続いている。


「ま、今日の所は諦めて他のことするしかないかな?」

「だと思うよ。天気予報を信じれば、だけど」


 まあ例え天気予報を抜きにしても、この昼間とはとても思えないほど暗い外の風景を見る限り、今夜中に撮影の機会が訪れる望みは薄そうだ。


「ま、しょうがないか。じゃあさあっくん、一緒におやつでも食べない?」

「もちろん。今は仕事もないしね」


 休日の従者の仕事は朝と夜の片付けと次の日の準備だけだ。まあ本当は全然昼間の仕事もやっていいんだけど、間宮さんに「せっかくの学生生活なのですから、休日すべてを仕事に費やしては勿体ないですよ」と言われたので今の仕事量になっている。……まあ、おかげでクリスと一緒にいられるし、勉強もできるしでありがたい限りではあるんだけど。


 *


「んー! 美味しいー! さっすがあっくんだねっ!」

「そりゃよかった。昨日の夜に準備しておいた甲斐があったよ」


 ご満悦な表情でお手製のアップルパイを頬張るクリス。撮影ができてないこともあってこのところ少し元気のなかったクリスの為にとちょっと頑張って作ってみたけれど、無事に喜んでもらえたみたいでよかった。


「でも流石にテーマは考えないとだねー」

「やっぱり変えちゃうつもり?」


 おやつタイムでも写真の話題は続行する模様。……なんだかんだ、クリスもかなり写真にハマってるよなぁ。イネスさんが特に顕著だけど、皆大なり小なり写真の虜になりつつある気がする。……もちろん、俺も例外ではない。


 しかし、個人的にはクリスのテーマはどんな写真が出てくるかかなり興味があるし、出来るなら変えて欲しくないんだけど……。でも、状況的にそうも言ってられないのも確かではある。


「なんだかんだテーマに愛着はあるし、私だってできれば変えたくないけどね」


 せっかく自分で悩んで考えて決めたテーマな訳だし、クリスとしても変えたくないのは当たり前か。……でもそういえば、なんでまた『月と星』ってテーマにしたんだろう?


「……そういえば、あのテーマにした理由ってどんなのなの?」


 季節ものなのは分かるけど、いろいろあるネタの中から月と星をピックアップした理由までは分からなかった。……まあクリスの好みといってしまえばその通りなんだろうけど。


「うーん、色々あるけど……。一番はあれかな? ほら、覚えてない?」

「……えっと、なにかあったっけ……」


 心当たりがない。俺とクリスの間で、月と星に関するなにかってあっただろうか……。


「えー、覚えてないの? ……ほら、さ。小学生の頃、公園で見たじゃん。――満月を横切る流れ星」

「……あ」


 ……思い出した。いや、なんですぐ思い出せなかったんだ俺は。あの頃のクリスとの思い出の中でも特に大切なものの一つなのに。


「あははっ、“思い出した”って顔してる。……まあ、ちょっと色々あった思い出なのは間違いないけどね」

「……その、ごめん。やっと思い出せた」


 俺とクリスにとっては、あれは忘れちゃいけない記憶のはず。それなのに肝心の俺がすぐに思い出せなかったなんて……。まさに一生の不覚だ。


「いや、別に謝らなくてもいいけど……。ま、思い出せたんならそれでよし! まあ、テーマを決めたのはあれが理由かな。……やっぱり、大事な思い出だからさ」


 遠い目をしながらしみじみと呟くクリス。……その普段あまり見せない表情にちょっとドキッとしつつも、俺自身もあの日の出来事を思い出してみる。


 そう、あれはクリスが引っ越してしまう直前に起きた出来事だった――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ