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写真展の準備~イネス編

 しとしと、という表現がしっくりくるようなある雨の日。俺はイネスさんからの呼び出しを受けて、家にまで足を運んでいた。


「お待ちしていました、アキラ。……やはり、クリスは来られなかったですか」

「お邪魔します、イネスさん。クリスも後で来ると言ってましたよ。ちょっと用事があるから遅れる、とのことです」


 という訳で、俺はイネスさんの家に足を踏み入れた。……今日イネスさんに呼び出された理由は主に二つ。一つは「イネスさんの撮影風景を撮りながらイネスさんの手伝いをすること」そしてもう一つは「イネスさんからの相談事を聞くこと」だ。……前者はこの前八橋さんにも同じことをした訳だしまあ分かるんだけど、もう一つの理由は一体どういうことなんだろう?


「そうでしたか。なら良かったですわ。撮影はともかく、相談事はクリスがいなければ成り立ちませんでしたから」

「その……、相談事ってどんな内容なんですか?」


 俺のその質問にイネスさんはわざとらしくいたずらっぽい笑顔を浮かべ、


「まだ秘密ですわ、ふふっ。――さあ、早く撮影しましょう? 急がないと止んでしまいますわ」


 そう言ってはぐらかしたのだった。イネスさんにしては珍しい言動だけど、いったいどんな相談なんだろう……。


 *


「では、まずはこの辺りから撮ることにしましょうか」


 そう言って連れられたの場所は書斎。窓の外には綺麗に手入れされた庭が広がっている。まあ、今はその窓にも容赦なく雨が打ち付けていて、あまり外の景色は見えないのだけど。


「ええ、中々良さそうですわね」


 そう一言だけつぶやいてから、イネスさんは無言になって撮影し始めた。イネスさん、何気にカメラにハマってるなぁ……。正直、部員4人の中でも一番ののめり込み具合だ。まあでもよくよく思い出せば、一番最初にちゃんと部活しようって話になったときから既に一番乗り気だったっけか。


「イネスさんって、もとからカメラに興味あったんですか?」

「いえ、そういう訳ではないですわよ。むしろ昔は、これといった趣味のないタイプでしたわ」

「そうなんですか?」

「ええ。家の教育の一環で様々なことをさせられてきましたが、これといってのめり込むようなものには出会えませんでしたから」


 聞けば幼いころからピアノ、裁縫、料理、バレエ等々いろんなことを家で教えられてきたとのこと。なんというか、まさにお嬢様って感じだ。


「どれも今でも一通りできますが、別に趣味ではありませんわ。いえ、嫌いなわけではありませんが」

「でも、カメラは違った、ってことですか?」

「最初は同じでしたわ。でも、ホタルに色々と教わって、自分でも様々な写真を撮るようになると、段々と楽しくなってきたんですの。“思い出を残す”という目的もありますし、今では立派な趣味ですわね」


 聞けば休日なんかもメイドのナタリアさんを連れていろんな所に出向いて撮影をしてるらしい。まさかそこまでとは思ってなかったけれど、楽しんでいるようで何よりだ。


「でも、“思い出を残す”ってどういうこと?」

「そのままの意味ですわ。写真があれば、思い出を自分の心の内にしまっておくだけじゃなく、その景色を写真に収めることができますもの。心の内の思い出は少しづつ薄れていってしまいますけど、写真ならそうはなりませんもの。例え色褪せたとしても、フィルムやデータがある限り、何度でも印刷できますし」

「……すごいですね。正直俺はそこまで考えたことなかったかも」


 色んな綺麗な景色や、皆の表情を撮るのを楽しいとは思ってたくらいだ。……でも、昔じいちゃんがそんなことを言ってたっけ。俺やクリスの写真をたくさんとって、将来の思い出にとアルバムにして取っていてくれてたし。


「別にすごくはないですわ。近い将来フランスに帰ることになるからこそ、こういう考えに行きついただけですから」

「……え、そうなんですか!?」


 思わず驚いてしまったけど、よく考えたらそれはそうだ。イネスさんはあくまでも留学としてこの日本に来ているんだから、卒業して母国に帰るのはごく当たり前だろう。


「ええ。大学まで日本で過ごす、というのも考えてはいますが……。おそらく家から帰ってこいと言われるでしょう」

「そうなんですね……」


 そりゃ、いつまでも日本にいるとは思ってなかったけど、でもあと三年後にはイネスさんと今みたいに会えることはなくなるのか……。クリスがさぞ悲しみそうだ。もちろん俺も寂しいし、八橋さんも同じだろう。


「だからこそ、ここで過ごした日々を写真に収めたいのですわ。先程も言いましたが、心の内にある思い出と違い、いつまでもその時の景色を残してくれますから」

「……確かに、そう考えると写真って凄いものですね」


 思えば、この前のクリスの誕生日に昔の写真を集めたアルバムを渡したな。写真に映る子供の頃の俺たちの姿は、あの日から変わってなかった。……当たり前といえば当たり前だけど、これが“思い出を残す”ってことなんだろうな。


「ふふ、アキラも写真の素晴らしさに気付いたようですわね。――さあ、撮影の続きといきましょうか。他の場所でも撮りたいですし」

「了解です、イネスさん。……その、ありがとうございます」

「……あら、どうしたのです急に。ふふっ」

「いや、その……。な、なんでもないです」


 写真について新しい見方を教えてくれたから、とはちょっと恥ずかしくて言えなかった。いや、正確には再認識させてくれた、か。じいちゃんの言葉や、クリスへの誕生日プレゼントを作るときの気持ちを改めて認識できたというか。少なくとも、これで今まで以上に写真に正面から向き合うことが出来るようになったのは間違いないだろう。


「ほら、早く行きますわよ。早くしないと雨が止んでしまいますわ」


 雨音は次第に小さくなってきている。おそらくクリスがつく頃には止んでいるだろう。それまでに撮影を終わらせないと。足早に次の撮影場所に移動するイネスさんの後を追いながら、俺もまた気合いを入れなおすのだった。


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