ネタ出しという名のデート
「あぁ……、疲れた……」
「はは、お疲れさま。……どうだった?」
実力テストもようやく全期間が終了した金曜日の夕方。屋敷に戻った俺は自室につくなり脱力してベッドに突っ伏した。……そういえば、なんでクリスがこの部屋にいるんだ? さっき自分の部屋に入っていったはずなのに。
「まあ、多分追試は免れた……と思う。……いやそうじゃなくって。なぜクリスがここに?」
「いや、昨日の夜に約束したじゃん。“テストが終わったら文化祭のネタを一緒に考えよう”って」
「……そうだった」
テストのことで頭がいっぱいになってて抜け落ちていたけど、そういえば昨日の勉強会の終わり間際にそんな約束をしたっけ。
「はは、忘れてたの?」
「ちょっと勉強でいっぱいいっぱいで……。ごめん」
「いや、別に謝んなくてもいいけど。さ、お茶でも飲みながら一緒に考えよっ!」
……いまふと思ったけど、恋人と二人っきりで自室にいるこの状況って、実はかなりヤバいのでは? 勉強会の間はそんなこと考えてる余裕なかったけど……、なんというかとても恋人っぽいというか……。いや、なに考えてんだ俺。
「……ん? どうしたの?」
「い、いや、なんでもないよ、うん。……じ、じゃあ、ちょっとお茶淹れてお菓子取ってくるから待ってて」
少ししどろもどろになりながらもとりあえず離脱。ちょっと変なことを考えてしまったせいで顔が熱い。お茶を淹れるついでに水でも飲んで頭を冷やそう。――なお、
「……ふふっ、あっくんたら可愛いなー」
このようにクリスには内心まで完全に見透かされているのだが、幸運なことに晃がその事実に気付くことはなかった。
*
「じゃ、早速考えてみよっか」
「う、うん……」
わざとじっくり時間をかけてキッチンでお茶を淹れてきた。ついでに間宮さんに少し時間を貰うことも話してきたけど……、普段あまり見ない暖かいまなざしを向けていたのがどうにも気になる。“どうぞお構いなくゆっくりしてください。ええ、ごゆっくり……”とかなんとも意味深なこと言ってたし。……なんだったんだろう?
「とりあえず写真展をやるのは決定として、テーマだよね」
「そうだね。写真のテーマを決めて、それに沿った写真を撮る。って感じになるだろうね」
そのテーマを直接表すものを撮るのか、連想ゲームのように想起させられるものを撮るのかは個人の自由だけど、ともかくテーマがないことには始まらない。
「手っ取り早く思いつくものとしては……、やっぱり季節のものかな? 時期的には秋だから……『紅葉』とか『月』とか?」
「悪くないとは思うけど……。正直まだほぼ夏みたいなもんだし、月はともかく紅葉は厳しいんじゃないかな」
「あー。それもそっか」
文化祭自体は10月末な訳だし秋の開催といって間違いないけど、9月いっぱいはまだまだ夏みたいなものだし、秋っぽいものを準備するのは大変そうだ。
「あっくんはなにかある?」
「そうだな……。この前もちょっと言ったけど、『友情』とか?」
いや、どういう写真がそれを表現したものなのかは分からないけど。でもなんとなく、そういう写真がいいなぁ、とは思う。
「……あっくんてさ。何気にロマンチストだよね」
「そう、かな?」
「うん。普通ナチュラルに『友情』をテーマにしようなんて言わないって。ま、私は好きだけどね、あっくんのそのセンス」
なんでもないことのようにさらっと「好きだ」と言われてしまった。クリスはこういう発言を割とよくするから大分慣れたけど……でもやっぱり恥ずかしい。別に俺以外誰も聞いてないんだから気にする必要ないんだろうけど。
「ふふっ、あっくんてば顔真っ赤じゃん」
「……そりゃ、そんなこと言われたらね」
「それはお互いさまでしょ」
「……?」
いや、俺はそんなにクリスが赤面するようなこと言ってないと思うけどなぁ……。
「……無自覚な分あっくんの方が重罪だよね、うん」
そんな俺の反応を見てか、クリスがなにやら小声で呟いた。
「いま、なんて?」
「ううん。なんでもなーい」
笑顔でさらっと流されてしまった。……最近分かってきたけれど、俺はどうやらクリスには絶対に勝てないみたいだ。
*
この日の夜。
「あら、ではそちらは順調なようですわね」
「まあね。私とあっくんはもう出すネタ決まったよ。イネスはどう?」
いつも通りイネスと電話。お互い実力テストの心配はしなくていいので、話題は自然に文化祭へ。
「ワタクシももちろんしっかり考えておりますわよ。来週を楽しみにしておいて欲しいですわ」
「うん、楽しみに待ってるね。ほたるちゃんはどうかな?」
「ホタルは心配いらないでしょう。我々よりも長い間カメラに触れていますし、ネタの引き出しも多いでしょう」
「ま、それもそっか」
実際まだまだカメラの実力はほたるちゃんが一番だしね。
「来週が楽しみですわね。皆さんどんな案を持ってくるのでしょうか」
「イネスってば、中々楽しんでるね」
「そりゃあ、楽しいですから。こういうことこそが、クリスの言う“青春”というやつでしょう?」
「まあ、それは確かにね」
もちろん、私も楽しい。友達も増えて、あっくんにも再会して、恋人にまでなって。……本当に、今年は楽しい年になった。……いや、まだ今年終わってないけどね。
「さて、そろそろワタクシは寝ますわ。おやすみなさい、クリス」
「うんっ、おやすみー」
来週はいよいよ皆の考えてきた写真展のネタ発表だ。
――皆どんなのを考えてくるかな?




