手紙
「……ふぅ。あー緊張した……」
あっくんが部屋を出たので、一旦呼吸を整える。……前々から“キスしたいな”とは思ってたけど、いざするとなるととんでもなく緊張したし、恥ずかしかった。まあ、それを差し引いても、してよかったとは思えたけどね。
「にしても……、あっくんからの手紙、か……」
なんか、昔を思い出すな。……そう思いながら、自分の机の引き出しを開けて、一通の手紙を取り出してみる。便せんには、決して上手ではない、子供っぽい字で「クリスへ」と書かれている。……小学4年生の秋、私が引っ越すとき、別れ際にあっくんがくれたものだ。内容は……、今までありがとうという感謝の言葉と、今までの思い出の回想、そしてこれからも頑張れよ、という応援の言葉。
「ふふっ、懐かしいな、ホント」
この手紙には何度励まされたか分からないくらいだ。……さて、今回のあっくんからの手紙は、どんな言葉が、想いが書かれてるのかな。
「……うぅ、なんかまた緊張してきた……」
あのあっくんの反応的に、そうとう恥ずかしいこと書いたっぽいし……。まあ、読まないなんて選択肢はないけど。
「……さて、読みますか」
*
拝啓、星之宮クリス様
こうしてクリスに手紙を送るのは二度目かな? あの手紙、まだ持ってるのかな。もしまだ持っていてくれてるなら、嬉しいです。
さて、前置きはこんくらいにして、と。……今回俺がクリスに手紙を書こうと思ったのは、まだキチンとクリスに伝えてないことがあったからです。面と向かって言葉で伝えるのが一番なのは分かってるけど、やっぱり緊張するし、多分上手く伝えられないと思うから。なので、手紙にしてみました。まあ手紙なんてあまり書いたことないし、上手く書けるか分からないけど……。
――まずは、ありがとう。クリスのおかげで、今俺は生きています。別に冗談でも言い過ぎでもなく、あの時、クリスが家に来て俺を助けてくれなかったら、今頃きっとどこかで野垂れ死んでるだろうから。だから、クリスは俺にとって間違いなく命の恩人です。ありがとう。
それこそ一生かけてでも恩返ししないといけないような、とてもとても大きな恩だけど、今俺はどこまで恩返し出来てるかな。毎日従者として働いてはいるけれど、クリスになにか特別なことはまだ全くできてないし……。だから、なにか困ったことがあったら、迷わず俺に言って欲しいです。俺なんかが助けになれるかは分からないけど、相談相手くらいにはなれると思うから。
*
「……ばか。恩返しなんて考えなくていいのに」
というか、もう十分すぎるくらいに恩返ししてもらってるし。……なんか、あっくんは気づいてないみたいだけど。
……手紙はまだ続きがある。さて、ここからはどんな言葉が綴られているかな。
*
……これは、正直手紙に書くか悩んだけど。でも、書きます。きっと口では上手く伝えられないから。
星之宮クリスさん。……好きです。思えば、ちゃんと言葉で好きだと言ったのはあの花火大会の夜の一回きりだった気がするので、ここでもう一度ちゃんと言っておこうと思って書いてみました。……手紙に言葉を書くだけなのに、中々恥ずかしいなこれ……。自分にはラブレターで告白するのは無理そうだ。まあ、今さらそんなことする必要はないけれど。
クリスのことは、思えば小学校の頃からずっと好きでした。……あの頃は恥ずかしくて、結局言えなかったけど。だから今、こうしてその気持ちが叶ってることがとても嬉しいです。クリスが引っ越してからも、ずっと忘れられないくらい大事な気持ちだったから。長い長い片想いが報われて、それを周りの皆に祝福してもらえて、本当に俺は幸せ者です。ありがとう、クリス。……やっぱり、クリスには何回感謝してもし足りない。まだまだ先の話になるだろうけど、クリスのことも絶対に幸せにするから。だから、その日まで恋人でいてください。大好きです。本当に、大好きです。
*
「……もうっ」
顔が真っ赤になってるのが自分でもよく分かる。あっくんてば、恥ずかし気もなくこんなに「好き」を連呼して。嬉しいけど、読んでるこっちの身にもなってよ……。恥ずかしさで発火しそうだよもう……。
「……というか、私も十分幸せなんだけどな」
さっきの恩返しもそうだけど、あっくんは妙に自己評価が低いというか……。まだまだこの程度じゃ足りない、という向上心なのかもだけど。それに、
――“まだまだ先の話になるだろうけど、クリスのことも絶対に幸せにするから“
なんというか、この書き方だと別のことを想像してしまう。なんというか、プロポーズの言葉みたい。……ひょっとして、本当にプロポーズだったりして?
「……いやいや」
流石にあっくんもそこまでじゃない……よね? いや例えプロポーズだとしても全く問題ないしむしろ大歓迎だけど……、って私もなに考えてんの!?
「あとであっくんに聞いてみよう……」
……聞ける度胸が私にあればの話だけど。
「でもなんというか、そこまで恥ずかしがる内容でもない気が……」
手紙は最後にもう一回感謝の言葉が書かれて、それで終わっている。まあ、最後の「好き」のラッシュは確かに赤面ものだけど……。でも、さっきのあっくんの反応からしてもっと凄い、それこそ悶えそうなものが待ってると思ってたからちょっと意外だ。もちろんとっても嬉しいけどね。こんなにも私のことを想ってくれてる人が私の恋人なんだ、って再認識できて、嬉しかった。うん、やっぱり私も十分すぎるくらいに幸せものだ。
「ふふっ、私もお返事書こうかな?」
私だって面と向かっては言えないような言葉の一つや二つくらいあるし。……よし、そうしよう、善は急げだ。迷うくらいなら実行した方がいい筈だし。
机から昔買ったきり使ってなかったレターキットを取り出し、ペンを走らせる。……私の想い、ちゃんと届けられたらいいな。
――果たしてどんな手紙を書いたのか。そしてそれを晃に渡せたのか。それはまた、別の話。




