私からの贈り物
「さて、では始めますわよ。……言っておきますが、ワタクシはアキラや間宮さんのように優しくはしませんからね。あいにく、優しくできる程上手い訳ではないので」
「よっし、どんとこい!」
「アタシ的にはちょーっと手加減してくれると嬉しいです……」
ここはイネスの家のキッチン。今日はイネスから料理を教わる為にここへ来たのだ。……なぜわざわざイネスの家に出向いてまで料理を教わろうとしているのかというと、それは三日前のある会話が発端で――
*
「そういえば、クリスセンパイは晃センパイになにかプレゼントとかしないんですか?」
三日前。あっくんは従者の仕事で家でお仕事づくしということなので、私とほたるちゃんとイネスの女子三人で集まっていた。……まあ、集まったと言っても私の部屋だけど。
「あー、そっか……。私、確かになんにもしてあげれてないなぁ……」
ほたるちゃんの何気ない発言で気づいた。あっくんは私にネックレスをくれたし、料理だって色々教えてくれたし、なんなら従者として毎日毎日私に尽くしてくれてる。……でも、私からなにかしたりは、まだなにも出来てない。
「……ひょっとして、なにもしてないんですの?」
「まあ、そうなるかな。でも私、あっくんにしてあげれるようなこと、なんにもないしなぁ……」
「それはちょっとどうなんですの……。今はよくても、そのうち愛想尽かされますわよ」
……確かに、このままじゃ結構マズいよね。日頃からお世話になりっぱなしなのは間違いない訳だし、なにかお返ししたいなぁ。
――そうだ、閃いた!
「ねね、イネス。……ちょおっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
「普段なら断ってますけれど、今回はアキラの為ですわ。……して、お願いはなんですの?」
「……料理、教えて?」
*
――と、いう訳なのだ。
「あの日は聞かなかったですけど。……そもそも、なんで料理なんですの? 別になにかプレゼントするとかでも良かったでしょうに」
「まあそれはそうなんだけどね。……でも、やっぱり自分で作ったものを渡す方が、ちゃんと想いが伝わるかなって」
まあ、超料理上手なあっくんを唸らせる料理なんてそう簡単には作れないだろうけど。でもだからこそ、挑戦し甲斐があるってものだろう。
「なるほど、その気概は認めましょうか。……でも、もう一度言っておきますが、ワタクシは別にアキラ程料理上手という訳ではありませんからね。一応故郷の料理ならば一通り実家で仕込まれましたし、恥ずかしくない出来のものは作れますが、それ以外は全然ですわ」
「それは分かってるって。大丈夫大丈夫!」
フランス料理ならあっくんもそんなに作ったことないだろうし、意外性もあってばっちりだろう。……まあ、ちゃんとしたものを作れたら、だけど。
「で、イネス先生、今日はなにを教えてくれるんですか?」
「……ホタル、先生は止めてくれませんか? 流石に柄じゃないですわ」
「そうですか? 割と似合ってると思いますけど」
私の料理教室に付き合ってくれてるほたるちゃん。でも、下手すると私以上にノリノリな気がするんだけど……。
「さて、今日作る料理ですけれど……。まあ、簡単で美味しく、かつ教えやすい定番ものとして、“アッシェ パルマンティエ”というものを作りますわ」
「……えっと、それってどんな料理なの?」
フランス語は残念ながらさっぱりなので、どんな料理かも想像できなかった。
「そうですわね……。まあ簡単に言えば、グラタンですわ。ジャガイモと牛肉をたっぷり使ったものです。フランスではこれを食べない人はベジタリアン認定されるくらいの肉料理の定番ですわ」
「おお、美味しそう……」
「ですね。……でも、結構難しそうですね」
確かに、グラタンなんて作ったことないし……。
「まあ、存外簡単ですわよ。そんなに調理が難しい材料は使いませんし」
「……まあ、イネスがそう言うんなら」
ちょっと不安は残るけど、だからってここまで来て止めるなんて有り得ない。
――よし、頑張ってみよう!
*
イネスに教えてもらった翌日の夕方。早速あっくんに覚えた料理を作ってみることにした。お仕事とお仕事の合間で少し休憩しているあっくんにそっと近づき、声を掛ける。
「……ねえ、あっくん。今日ってまだ夜ご飯食べてない、よね?」
「うん、まだだけど。……なにかあった?」
「――えっと、ね? その、あっくんに夜ご飯作ってあげたいな、って思ってさ。いや、その、迷惑じゃなければだけど……」
「え、いいの!?」
うわ、すごい食いつき。私が料理下手なこと忘れてるんじゃないかってくらいだ。
「うん。一応、このためにイネスに色々教えてもらったんだ。一人でやるのは始めてだし、失敗するかもだけど……」
「そんなの別に気にしないって。俺だって最初は失敗してばっかだったんだし。……クリスが俺の為に料理を作ってくれる、ってだけでもう十分すぎるくらい嬉しい」
一切の嘘を感じさせない満面の笑みを浮かべているあっくん。……そういう純粋なところ、本当に反則だ。
「ふふっ、ありがと。……じゃ、作って持ってくるから。――待っててね!」
キッチンに向かう私の足が、無意識にスキップをしてしまう。なんか、結局私の方が嬉しい思いをしてる気はするけど。でも、それも仕方ないのかもしれない。……だって、私はあっくんの言うことなら、なんでも嬉しいから。
……あっくんも、そうだったらいいな。
「――ふふっ、なーんてね」




