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お嬢さまは質素(当社比)な朝食がお好き?

 朝五時。起床時間。南雲晃の朝は早い。


「ふわぁ……ねむ」


 まあ、大分慣れたけど。初日にちょっと遅れてしまい間宮さんに怒られたのもあって、最近は余裕を持てるようになってきた。制服に着替え、間宮さんの待つ広間に向かう。大抵は朝食作りの手伝いか食事をする部屋の掃除をお願いされるけど、今日はどうなるだろうか。


 *


「えっと、今日は土曜日ですし、お仕事は夜に行う片付けだけで構いませんよ……?」

「……あ」


 忘れてた。――今日が土曜日だという事を。毎日この時間に起きて働くのが当たり前になってしまい、曜日感覚を失ってしまっていたのだ。


「すみません。曜日を勘違いしてました……」

「いえ、別に謝る事ではないですけどね。……ふふっ」


 小さくではあるけど笑われた。……まあ、自分でも今の俺は笑えると思うけどさ。


「せっかくですし、何か手伝いましょうか……?」

「いえ、大丈夫ですよ。せっかくの休みなんですから、大事に使わないと後悔しますよ? さて、今から南雲さんの朝食を作りますね。部屋に持って行くので戻っていていいですよ」


 うーん。そう言ってくれるのはありがたいけど、あんまり間宮さんに負担をかける訳にもいかないし。……うん、そうするか。


「あー、間宮さん。自分の分は自分で作りますよ。間宮さんは旦那様方の朝食作りに専念してください」

「……いいのですか?」

「ええ。これなら別に手伝いしてるわけじゃないですし」

「そう言う事なら、お願いしていいでしょうか」

「はい」


 お願いもなにも、自分の飯を作るだけなんだけど。まあ、間宮さんとしては俺の朝食を作るのも仕事の内だと思ってたんだろうけど、さすがにそこまで厄介になる訳にも行かない。


 *


 さてという訳で、さっそく厨房にある大きな冷蔵庫の中身を確認することにしよう。従者である俺は基本的に旦那様方の食事に使った食材の残りを食べることになってる。まあ、食材だって旦那様のお金で賄われてるんだし当たり前だ。飲食店バイトの()()()()みたいな物と思えば普通の事だろう。


「卵、ベーコン……あとは野菜か。まあ朝飯ならこれで良いか」


 食パンは食べていいやつがあるのはさっき確認したし……、適当にベーコン入りスクランブルエッグでも作って野菜を添えとけばいいか。


「なーに作んの?」

「ん? 適当にスクランブルエッグでも……、ってク……お嬢様。おはようございます」


 ふと声を掛けられ振り返ると、クリスが興味津々と言った目つきで冷蔵庫の中身と俺が手持っている食材を交互に見ていた。まだ五時半くらいなのに、珍しいな……。


「ああ、言ってなかったけ。土日はボディーガードさんたち家の中入ってこないから普通にしていいよ。……先週はなんかあったみたいでいたけど。ま、少なくとも今はいないから楽にしていいよ」

「そ、そうなんだ。――おはよう、クリス。早いね」

「おはよっ、晃。まぁ、なーんか目が覚めちゃってさ。へー、今日のご飯はスクランブルエッグかー」

「ああ、これは俺用の。クリス達のは間宮さんが向こうで作ってくれてるよ」


 ちなみにクリスや旦那様の分の朝食のメニューはパンとビーフシチュー、それと温野菜の付け合わせだ。――うん、俺のメニューとは比べるのもおこがましい程に格が違うね。俺だって食べれるならそっちを食べたいけど、生憎とそういう訳にはいかない。まあ、今使おうとしてる卵もベーコンも野菜も食パンも、一般家庭ではとても手を出せないような高級ブランド品なのだし、これでも十分すぎるくらいに贅沢だけどね。


 さて、じゃあテキトーに作りますか。


 *


「んー、おいしー! ねぇねぇ、作りかた教えてよー? お礼はするからさー」

「……作りかたも何も、テキトーにベーコンと卵をフライパンに突っ込んで、塩コショウ振ってからいい感じに炒めるだけだけど……」

「そのテキトー、とか、いい感じ、とかが分かんないから聞いてんじゃん」


 自室。今は使ってない客間の一つを使わせてもらっているこの部屋で、俺は何故かクリスと一緒に朝食のスクランブルエッグを食べていた。


 数十分前、厨房にて――


「そっか。……間宮、私の分は作んなくていいよー。晃のとおんなじの食べるから」

「……はい。かしこまりました。どこでお食べになりますか?」

「うーん、晃の部屋で一緒に食べようかな。その方が片付け楽だろうし。……てな訳で、二人分よろしくね、晃?」

「……はい?」


 という事があったのだ。


 正直に言おう。……なんでだか理由が全く分からない。サックサクの超高級クロワッサンに、昨晩から煮込み続けホロホロになった牛肉の入ったビーフシチュー、さらには口に入れた瞬間に野菜本来の甘さが溶け出してくる程までに丁寧に丁寧に蒸された温野菜。これらの手間暇がかかりまくった、ホテルのモーニングかと見まごうレベルの朝食を蹴って俺のテキトーに作った飯を食べるなんて。はっきり言って正気を疑うレベルの暴挙だと思う。


「……なんで俺と同じの食べようと思ったの?」

「えー、だって晃なら自分の分でも美味しいの作るだろうし。――それに、久々に晃が作る料理を食べたかったんだよね。うん、あの頃より格段に美味しい。あの頃のも美味しかったけど」

「……ま、あの頃は小学生だったしな。上達してなきゃダメだろ」


 そう言われると言い返せない。……俺も、クリスの為に飯を作ったあの頃の記憶が、大切な思い出なのは同じだから。


 ふっ、と昔の記憶が脳裏に蘇る。……それは、クリスがまだ俺ん家の隣に住んでた頃の記憶。今思い返してもくだらない、子供らしくも馬鹿馬鹿しい遊びに興じてばかりの記憶。


 ――それは俺にとって、最初で最後の恋の記憶。いまとなっては叶わない、いや、叶ってはいけない恋の思い出。


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