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ガールズ・トークⅤ

「あら。遅かったわね」

「片付けに少々手間取ってしまって。すみません……七海()()

「いいっていいって。無理言って付き合ってもらってるのはこっちなんだしね、()()


 とある日の深夜1時。私は先輩に呼ばれ屋敷にほど近い場所にある小さなバーに来ていた。


「こうして二人で飲むのは久しぶりですね」

「そうね。……私の卒業パーティーの後に、二人で抜け出したのが最後かしら」

「確かそうでしたね。――もう十八年前ですか」


 私と七海先輩――奥様は、大学時代にゼミの先輩後輩関係だった。あの頃友人も少なく、ゼミ内でも少し浮いていた私に色々と優しくしてくださった、とても尊敬できる先輩だった。……まさか十年近く経った後に、自分がメイドとして仕えている方の結婚相手として再会するとは思ってなかったけれど。


「仕事はどう? いや、働きぶりはよく知ってるけどね。でも、大変かどうかは私には分からないからさ」

「……まったく大変ということはないですけどね。しかし、楽しいですよ。この仕事を選んで良かったと思ってます」

「そう? ならいいんだけどね。ほら、私にはあなたの仕事を手伝ったりできないからね。本当は家事くらい私がやってもいいんだけど」

「そういう訳にはいきませんよ。先輩は先輩で、旦那様のお仕事を手伝っておられるのでしょう?」


 七海先輩と旦那様がいつどこで知り合ったかは、私は知らない。……ある日旦那様から、「いつかタイミングを見て、この人を結婚相手として迎え入れたいんだ」と私に紹介された時の衝撃は今も忘れられない。まさか見知った相手を紹介されるとは思ってなくて、私も先輩も呆然としてしまった。


「話は変わるけど。……晃君は、どうかしら?」

「どう、とは?」

「そのままの意味よ。同じ屋敷で仕事をする仲間として、どう思う? ってことよ」

「そういうことですか。……正直、想定以上に素晴らしいですよ、彼は」

「あら。あなたがそこまで手放しで褒めるなんてね。珍しいわね」


 南雲晃。――お嬢様の強い要望で星之宮家で雇うことになった従者。最初は、まだ高校一年生になったばかりの子だし、と色々手加減して教えていたけれど、彼のポテンシャルはそんな物ではなかった。みるみるうちに私から教わった知識やスキルを身に着けていき、今では家事のスピード以外はほぼ私と遜色ないレベルで仕事をこなせるようになった。


「実際、彼はかなり凄いですから。……最初は、幼馴染であることを活かしてお嬢様のサポートになれればそれでいいと思ってましたが、彼はそんな枠じゃ収まりませんでした」

「なるほどね。晃君が十分間宮の役に立ってるんなら、良かったわ」

「役に立ってるどころではないですよ。もう彼なしでは仕事が回らないくらいです」


 実際、彼に明日の仕事を任せたからこそ、今日こうしてここに来れているわけだし。


「本当に、彼とお嬢様には感謝しかないですよ」


 *


「しっかし、クリスも彼氏ができる年頃になっちゃったか~。母親として嬉しいやら寂しいやら」


 飲み始めて一時間が経過した。流石に奥様も少し酔いが回ってきたようで、若干怪しい呂律でそんなことを呟いた。


「やはり、複雑なものですか」

「そーねぇ。そりゃ嬉しいのよ、もちろん。でもこう、なんというか……ちょっと遠くなっちゃったような気がしてねぇ」

「遠く、ですか……」


 子供のいない自分には、あまりよく分からない感覚だ。


「あの頃のちっこくて可愛いクリスはもういないんだなぁ、って思っちゃうわけよ。……まあ、相手はあの晃君だし、心配はしてないけど」

「そうですね。彼ならば、お嬢様を不幸な目に合わせるようなことはないでしょう」

「間宮もそう思う? なら、大丈夫ってことね」


 彼はとても誠実な人だ。……ちょっとばかり鈍いところはあったけれど。だから私も、そういった面の心配はしていない。


「いつか“結婚します!”って言われる日が来るのよねぇ」

「……そうですね。いつになるかは分かりませんが、きっと」


 学生恋愛なんて、遊びの延長みたいなもので結婚まで行きつくようなケースはほぼないけれど……、あの二人に関しては話が別だろう。


「私、笑ってクリスを送り出せるかしら」

「先輩なら、大丈夫だと思いますよ。……それに」

「……それに?」

「たとえ泣いたとしても、問題はないでしょう。それほど、お嬢様のことを愛しく思っていた、ということなのですから」


 先輩がこの屋敷に来てから約三年。旦那様の仕事の都合もあってお嬢様と二人で過ごす時間は減ってしまってるはずだが、それでも二人の仲はとても良好に見える。だから、やはり別れがきたら泣いてしまうだろう。……先輩の性格的にも、多分それは間違いない。でも、それはそれでいい思い出になるはずだ。


「いいこと言うわね、間宮。そうね、泣いてもいいわよね、別に」

「ええ。……正直、私も泣かない自信がありませんし」


 正直、先輩から二人が付き合うことになった報告を聞いた時でさえ、涙腺がかなり緩んだくらいなのだ。……もしそんなことになったら、私の涙腺は間違いなく保たないだろう。


「ふふっ。間宮の泣き顔かー。見たことないし見てみたいわねぇ」

「もう……。先輩は意地悪ですね、昔から変わりません」


 先輩の好奇の視線から逃れるように、クイッとグラスを傾ける。……久しぶりの楽しい夜は、まだまだこれからだ。


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