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旦那様へご挨拶

「ただいまー!」

「ただいま戻りました」


 間宮さんの運転で星之宮邸に戻ってきた。イネスさんと八橋さんは道中で下ろしてきたので、今は俺とクリスと間宮さんの三人だけだ。


「そーいえばさ。間宮、お父さんって帰って来てる?」

「ええ、今日は一日在宅される予定とのことですよ」

「そっか、ありがとー」


 間宮からの返答を聞いたクリスが、少し顔を赤らめつつ俺の方へ振り返った。


「ねえ、あっくん。これからちょっと時間取れる?」

「時間……? 間宮さん次第、かな。――間宮さん、その……」


 クリスの質問の意図はよくわかんないけど、とりあえず間宮さんに確認を取ってみる。


「ええ、いいですよ。旦那様へご報告に行かれるのでしょう? そういうことは早い方がいいですからね」

「……えっと、そうなの?」


 想定内の返答と想定外の返答が一緒に帰ってきて戸惑う。――旦那様に報告する? 報告って、もしかしなくても、クリスと付き合い始めたことを、ってこと? ……ちょっとそれはまだ心の準備が……


「そうだよ? 大丈夫大丈夫、お母さんが応援してることを否定するなんて、お父さんに限ってありえないから!」

「……そうは言ってもなぁ」


 怖いものは怖い。が、言っても仕方ないことも分かってはいる。なにせ、もう間宮さんすら知っているのだ。……確かに、報告しない訳にはいかないよなぁ。


「さ、行こ行こ! 書斎にいるよね?」

「ええ、いらっしゃいますよ。……いってらっしゃいませ。ご武運を」

「うんっ、行ってきまーすっ!」


 半ば引っ張られるような形で旦那様の元へ。……まあ、クリスも間宮さんもああ言ってるし、大丈夫、だよね?


 *


「お父さん、ただいまー!」

「た、ただいま戻りました、旦那様」


 勢い良く書斎に突撃するクリス。えっと、書斎って、本を読んだり仕事したりする場所だよね? あんまり騒がしくしない方がいいんじゃ……。


「ああ、おかえり。……なにかあったのかい?」


 いつも通りの穏やかな笑顔で、旦那様がこちらに振り返った。……いつもと一見変わらない表情だけど、心なしかいつもより笑顔なような気がする。


「えと、お父さん。ちょっと話したいことがあるんだけど……」

「話、かい? ああ、構わないよ」


 旦那様からの返答を聞き、クリスが話始めようとする。……いや、それでいいのか、俺?


「……お嬢様、ここは自分が言います」

「そう? ……ふふっ、りょーかい」


 うん、流石にこれは俺から言うべきだろう。いくらなんでもそこまでクリスに引っ張られてばかりじゃあ男が廃るってものだろう。


「旦那様。……私は、お嬢様とお付き合いさせていただいております。どうか、私とお嬢様の交際を認めてもらえないでしょうか」


 回りくどいことはせず、ド直球で言ってみた。あんまり下手なこと言っても逆効果だろうし。さて、どんな答えが返ってくるか……


「……ははっ。そこまでストレートに言ってくるとはね。うん、これなら心配はいらないかな?」

「……へ?」

「えっと、旦那様……?」


 クリスと俺がほぼ同時に口から疑問符を吐き出した。えっと、それはどういう意味ですか……?


「キミになら、クリスを任せられるって意味だよ。……義理とはいえ、父親だからね、私も。娘がいい相手を見つけられたことが嬉しいんだよ。――おめでとう、二人とも」


 先程より一層穏やかな笑顔で、俺とクリスをまっすぐに見つめながら、そう祝福してくれた。……良かった。しっかり自分で言った甲斐があったみたいだ。


「やったっ! ありがとうお父さん!」

「ありがとうございます、旦那様。……これからも、よろしくお願いいたします」


 二人そろって頭を下げる。……これで名実ともに、クリスとの仲が認められた。


「はは、そんなに感謝されるような事はしてないさ。……南雲くん、クリスのことを、今まで以上によろしく頼むよ」

「――はいっ!」


 *


 書斎から、二人でクリスの部屋まで戻ってきた。俺は本当なら間宮さんの所に行った方がいいんだろうけど、流石にちょっと疲れたので休憩したい。


「ね、大丈夫だったでしょ?」

「すっごい緊張したけどね……」


 今になって冷や汗がどっと吹き出してきている。……ちょっと情けないけど、旦那様の前でなくて良かったと思っておこう。


「緊張しすぎだよ、もう。お父さんってそんなに怖い?」

「怖い訳じゃなくってさ。……彼女の親に挨拶するって、普通に滅茶苦茶緊張するイベントじゃない?」

「なるほど。確かによくドラマとかであるもんね。“お前なんかに娘はやらん!”ってシーン」

「そうそれ」


 まあ、だいぶ古典的なイメージではあると思うけど。でも、やっぱりそういうイメージのあるイベントなのは間違いない。


「でも、そんなことなかったでしょ?」

「うん。もうちょっと色々聞かれるかな、とは思ってたんだけど。思ってたよりあっさりしててちょっとビックリした」


 本気なのか、とか、覚悟はあるのか、とか、従者の仕事はどうするつもりだ、とかもっと聞かれると思ってたので、ちょっと拍子抜けだ。


「それくらい、さっきのアレが良かったってことだよ。……その、私も、カッコよかったと思う、よ?」

「……えっと、その……、あ、ありがとう、ございます」


 まさかクリスに“カッコイイ”なんて言われる日がくるとは思ってなかった。……今の俺は多分、とても人には見せられないような顔をしているに違いない。意識して戻そうとしても頬が勝手に緩んでしまう。好きな女の子にカッコイイって言われることが、こんなに嬉しいとは。


「ふふっ、あっくんニヤけすぎ」

「し、仕方ないだろ……」


 プイっとそっぽを向き、クリスの視線から逃れようとする。……まあ、すぐにクリスに回り込まれたから、その抵抗は全くの無意味だったけど。


「ふふっ。改めてよろしくね、あっくん」

「――うん。これからも、よろしく、クリス」


 言い合ってからしばらく無言で見つめ合い、そしてほぼ同時に吹き出した。


「あはは、なんか恥ずかしいね、まだ」

「ははっ、だね」


 いつか、当たり前のように見つめ合える日がくるのだろうか。


 ――どうか、そんな日が来るまで、仲の良いカップルでいられますように。


 そう思わずにはいられない俺だった。

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