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イネスとの出会い

「……はぁ」


 中学に転入してから二週間が過ぎた。……正直、この学校に入ったことを後悔していた。今すぐにでも逃げ出したいくらいに。


「ごきげんよう星之宮さん」

「ご、ごきげんよう……です」


 ……苦手だなぁ、これ。お嬢様らしい口調で、お嬢様らしい態度で、お嬢様らしい振舞いで。間宮にそう言われて結構練習もしたけれど、それでもやっぱり苦手なものは苦手だ。


「ねぇ、あの子……」

「えぇ……」


 教室の端から、そんなひそひそ話が聞こえてくる。そう、皆薄々気づいてはいるんだ。……私が、生粋のお嬢様じゃない、ってことに。


「私、大丈夫かな……」


 ――でも、そのころの私はまだ知らなかったんだ。


「……まったく」


 その教室の端の子たちに向けて、小声でそう呟いていた少女がいたことを。


 *


「……最後のって、ひょっとしてイネスセンパイですか?」

「そーいうこと。まあ、まだ面識はなくって、後から聞いたんだけどね」

「……いまでこそ落ち着きましたが、あの頃のクリスに対する教室の雰囲気は最悪なものでしたから。少しイラっと来ただけですわ」


 *


 その最悪な雰囲気は、もちろん私も分かってた。でも、だからって振舞いを変えるなんてまだ私には無理な話で。……だから、あの時、とうとう爆発してしまったんだ。


「星之宮さん? お時間はよろしくって?」

「えっと……、ええ、問題ない、です」


 ある日の放課後。間宮が迎えに来る少し前に、クラスの女子――特別コースの中でも特に存在感の強い、私のことを陰で色々言っていた子――に声を掛けられた。本当なら断りたかったけど、後のことを考えるとそういう訳にはいかないし、仕方なくついていくことにした。


「……その、お話って……」

「アナタ、いったいどういうつもりなんですか?」

「えっ……?」


 いきなりの問い。意図を掴みかねた私は、思わず聞き返してしまった。


「そのままの意味です。わたしたちの雰囲気に馴染もうともせず、輪を乱してばかりではないですか。あなたのせいでこのクラス全体の品位まで低く見られるということが分からないのですか?」

「……え、その……」


 まあ、何か悪口を言われるのかな、とは思ってたけど。まさかそこまで言ってくるとは思ってなかった。……まあ、品位どうこうは完全に考えすぎなんだけど、当時の私はそこまで頭が回らなかったし、そう思ってたとしても言えなかっただろう。


「なにか弁明の一つでも言ったらどうなんです?」

「……」


 返す言葉がない。……だって、このクラスの空気に自分が合ってないことは自分でも百も承知だから。そう思いながら俯いて黙っていた私に、目に見えてイライラした様子の相手から次の言葉が発せられようとしたその瞬間――


「――それくらいにしなさいな。見苦しいですわよ」


 はっきりと、芯の通った声が私たちに響いてきた。


「……イ、ネスさん……?」


 声の主の名は、イネス・フランソワ・ラ・マリニャーヌ。由緒正しいフランス貴族の生まれで、今年からここ日本に留学に来ている、クラスでも異質な雰囲気を纏っている女子。


「あら、なにか問題でもありまして? わたしは本当のことを言ったまでですが」

「それが見苦しいと言っているのです。どんな人にも得意不得意はあるものでしょう。それを馬鹿にすることが見苦しくなくてなんだと言うのです。……まったく、この国ではノブレスオブリージュも教わらないのですか?」


 凄い気迫だった。ここまではっきりと怒りをあらわにしたイネスを見たのは、未だにこれっきりだ。


「くっ……。分かりました。――ごきげんよう」


 返す言葉がなかったのか、吐き捨てるようにそれだけ言って、さっさと相手の女子は去っていった。


「……その。ありがとうございます」

「別に、たいしたことはしてませんわ。まあ、あまり気にしなくていいと思いますわよ」

「い、いえ。家族のためにも、なんとかしないといけないんです。……このままじゃ、迷惑になるのは間違いないですから」

「……まあ、確かにそれはそうですわね。――分かりましたわ。では、ワタクシと特訓しませんこと?」

「……特訓、ですか?」


 突拍子もない提案に面喰って、思わずそう聞き返してしまった。


「ええ。かくいうワタクシもまだまだ日本語には不慣れですから。お互いに特訓できればと思ったのです。アナタはワタクシに日本語を。ワタクシはアナタに立場にふさわしい振舞いを。それぞれ教え合いながら特訓するのです。……ダメ、でしょうか?」

「……ダメ、じゃないですけど……。でも、私でいいんですか? その、日本語を教わるって……」

「ええ。……これはその、なんというか、直観に過ぎないのですが。ワタクシ、アナタとなら、仲良くなれそうだと、思うのです。……だから、アナタにお願いしたいのです」


 真っ赤な顔で、ぎこちない笑顔で、イネスがそう言った。……私も、イネスさんとなら仲良くなれるかもしれない。そう思えるような、本心からの言葉に聞こえた。だから私も、同じようなぎこちない笑顔で、こう返したんだ。


「……はい、もちろんです。――よろしくお願いします、イネスさん」


 *


「とまあ、これが私とイネスの出会いの話だよ」

「……なんか、軽はずみに聞いて良かったんですかね、この話」

「まあ、クリスがいいと言ったのだからいいのでしょう。ふふっ、懐かしいですわね」

「だねー。もう三年も前だなんてね」


 あの後すぐ、私たちは特訓場所を作るために部活を設立して、部室を手に入れ、そこで部活動と称して特訓を始めた。成果はすぐに出て、私はあの「お嬢様モード」を周りに違和感を持たれないくらいにまで完璧に扱えるようになった。イネスの日本語は……正直、出会ったあの時から十分に上手かったし、そんなに変わってないかもしれない。


「……ありがとね、イネス」

「ふふっ、それはワタクシの台詞ですわ。――ありがとうございます、クリス」


 お互いに照れ笑いしながら、感謝の言葉を言い合う。……これからも、ずっと、いつまでも友達でいれたらいいな。まあ、こんなこと流石に恥ずかしくて言えないけど。でも、多分言う必要はないだろう。


 ――だって、イネスもそう思ってくれてるはずだからね!


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