間宮の反応/もう一つの昔話
「――ってな感じ。どうかな、あっくん?」
「……なんか、俺の知ってる間宮さんじゃないんだけど」
俺の知ってる間宮さんはもっとテキパキした、まるで軍人みたいな人だ。それが仕事に対するプライドから来てることも、その裏に優しさを持ってるのももちろん知ってるけど、でも仕事中にそれを表に出す人じゃなかったはずだ。
「まあ、私もそのころはまだまだ新米でしたから」
「そうそう、昔はもっと――って、間宮!?」
突如話に入ってきた声に驚く。見れば、玄関にいつも通りのきりっとした表情の間宮さんが立っていた。
「お久しぶりです、お嬢様、南雲さん。ただいま到着いたしました」
「その、早いですね……」
時計を見ると、時刻はまだ午前7時になるかどうかという頃合い。予定より三時間くらい早い到着だ。
「まあ、片付けなどもあるでしょうから、早めに赴いてお手伝いをしようかと」
「ありがとう間宮! ちょうど私たちだけじゃここのお掃除大変だね、って話してたんだー」
「ええ、お任せください。少し早いかもしれませんが、朝食前の腹ごなしと致しましょうか。南雲さんもお手伝い頂けますか?」
そもそも俺らでやる予定だったんだし、間宮さんの提案は願ったりかなったりだ。……まあ、どの道俺はやらないといけないんだけど、そこはまあ従者の宿命だろう。別に嫌じゃないし。
「了解しました。……じゃあ、ちょっとやってくるよ」
「うんっ! 頑張ってねあっくん」
*
という訳で間宮さんと共にまずはキッチンへ。
「あの、南雲さん」
「はい? なにかありましたか?」
掃除道具を取りに行こうとした瞬間、間宮さんに呼び止められる。振り返って見た間宮さんの顔は、なんだかいつより少しだけ穏やかな表情な気がした。
「奥様より、事情は聞いております。――おめでとうございます」
「……知ってたんですね。その、すみません」
まさかもう聞いてるとは思わなかった。……でもまあ確かに、奥様の性格を考えると言っててもおかしくはない、か。
「……? どうして謝るのですか?」
「えっと、その……。やっぱり、自分はあくまでクリスお嬢様の従者ですから」
「……はぁ。これは、お嬢様もご苦労されたのでしょうね……」
ため息をつく間宮さん。あれ、間違ったこと言ったかな……?
「私が最初の日にお願いした内容を覚えておりますか? “今まで通り、幼馴染として接して頂きたい”と言ったはずですよ。……ですから、私は嬉しいのです。お嬢様の恋心が報われたことが、とても」
「そう、ですか……」
「ええ。ですから、謝ったりしないでください。私は、心からお二人のことを祝福しているのですから」
そう言いながら微笑む間宮さん。……これは、確かにクリスが姉のようだと言うのも分かる気がする。
「あ、ありがとうございます。……その、頑張ります」
「ふふっ、ええ、それでいいんです。祝福は素直に受け取らないとダメですよ。――ですが、それと仕事とは話が別です。久々ですが容赦なくいきますよ。まずはここの掃除を10分で終わらせるように。いいですね?」
「――はい、了解です!」
微笑みから一転、いつもの目つきで鋭い指示を飛ばす間宮さん。うん、やっぱりそれはそうですよね。むしろそう言ってくれて安心したくらいだ。
――さて、それじゃあ言われた通り、お仕事頑張りますか!
*
「ただいま戻りましたわ」
「ただいまですー。あれ、クリスセンパイ。おはようございます!」
あっくんと間宮がキッチンの掃除に行ってすぐ、イネスとほたるちゃんが買い出しから帰ってきた。
「おかえりー! ……すごい量買ってきたね」
「早朝から開いていたパン屋さんに行ってきたんですけど、もうどれもこれもおいしそうで! 気づいたら大人買いしてました」
「ええ、むしろこの量で済ませただけ頑張ったほうですわ」
確かに紙袋からおいしそうなパンのいい匂いが既にしてきてる。いいなー、私も行ってみたかったなー。まあ、起きられる気はしないけど。
「あれ、晃センパイはどうしたんです?」
「ああ、今はキッチンで間宮とお掃除してるよ。さっきまでちょっと昔話してたけど」
「さすが間宮さんですわね。行動が早くて素晴らしいですわ。――にしても、昔話ですか。中々興味深いですわね」
「ですね。センパイセンパイ、なに話してたんですか?」
そこまで食いつくようなことじゃないけどなぁ。……まあ、この二人になら言っても全然いいけど。
「私が星之宮家に来たばっかりの頃の話を、ちょっとだけね。全然大した話じゃないけど」
という訳で簡単にさっきあっくんに話した内容をもう一回イネスとほたるちゃんにも繰り返す。
「――ってな話をしたんだ」
「なんか、クリスセンパイも間宮さんも今の様子とは全然違ってびっくりです。もっと最初からすごい人だと思ってましたけど」
「誰だって始めは苦労するって。私でも、間宮でもね」
まあ、間宮はあの頃も十分凄かったけど。家事の速さも質も一流だったし。
「しかし、懐かしいですわね。始めてクリスと会った頃を思い出しますわ」
「……だね」
イネスと仲良くなったのは、あの話のちょっと後のこと。あの頃の私は、ちょっと色々あって大変だった。……イネスがいなかったら、どうなってたか分かんないくらいだ。
「センパイがたの馴れ初め、ですか……。――私、気になります」
「お、気になっちゃう? じゃ、簡単に話してあげよっかな。……イネス、いい?」
「ワタクシは構いませんが……。あれを話すとなると、クリスの方が嫌ではないですか?」
まあ確かに、あんまりいい記憶じゃないけど。でも、やっぱり大事な友達に隠し事はしたくないしね。ほたるちゃんならちゃんと受け止めてくれると思うし。
「大丈夫だって! もう昔の話だしね。それに、私ばっかりほたるちゃんの秘密を知ってるのは不公平だしねっ」
簡単な前置きだけしてから、またも昔話を始める。それは、さっきの話から大体2ヶ月後。今の学校の中等部に入学してから、少し経った頃のこと――




