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クリスとデート

「凄いね、あっくん」

「……うん」


 商店街からタクシーで移動すること約20分。俺たちは軽井沢の森の中にある美術館を訪れていた。今いるのはその美術館の庭園。ここにも様々な彫刻が置いてあって、幻想的な雰囲気で包まれている。


「普段はあんまりこういうの興味ないんだけど、これは凄いね。……来れてよかった、かな?」


 確かに、クリスはあんまりこういう芸術に対する興味を見せたことはない。……あれ、ならそもそもなんでここに行きたい、って言い始めたんだ?


「クリス、その……」

「なーに、あっくん?」

「いや、なんでここに行きたい、って言ったんだろうと思ってさ」


 途端に、ピシッ、と効果音が聞こえそうな勢いで固まるクリス。その反応、もしかして……


「あはは、いや、その、えーっと……。デ、デートって言ったら、やっぱりこーいう所に行くのがいいのかなー、って思って。はは……」

「……まあ、そんなとこだろうと思ってたけど」

「そんなー!?」


 ガビーン、という効果音にピッタリな表情で驚きを隠せない様子のクリス。……そんなに驚くことでもないと思うけどなぁ。


「いや、クリスにそういう趣味があんまりないのは知ってたし」

「そんなぁ……」


 ガクッと少しオーバー気味なリアクションで肩を落としてる。……なんか、今日のクリスはいつも以上にテンションが高い気がする。


「なんか、今日テンション高いね?」

「えっ、そ、そうかな?」


 どうやら特に自覚なしなご様子。……今もなんか若干スキップみたいな歩き方になってるし、絶対ハイテンションなはずなんだけどなぁ。


 *


 庭園から戻り、美術館に併設されているカフェスペースへ。二人ともここまで結構な時間歩きっぱなしだったし、少し休憩することに。


「うーんっ、美味しいっ」

「さっきもアイス食ってたのに……」

「甘いものは別腹って言うでしょ? アレ、この世の真理だから」


 幸せそうな笑顔でアップルパイを頬張るクリス。最初は“太るぞ”、とでも言おうかと思ったんだけど……。そんな心配が一切ないようなプロポーションしてらっしゃるからなぁ、と思いその言葉を飲み込んだ。結果、ただジーっとクリスを見つめることになってしまう。そのせいで、クリスに少し怪訝な顔で見つめ返されてしまった。


「……? 顔、なんか付いてる?」

「い、いや。……幸せそうな顔してるなぁ、って思って」

「……そりゃ、あっくんと二人でデートしてるんだもん。幸せに決まってるじゃん」


 臆面もなくそう言い切られてしまい、却ってこっちが面喰ってしまった。クリスのやつ、昔なら絶対そんなこと素面で言える奴じゃ無かったのに……。


「お、おう……、そっか。……俺も、その……し、幸せ……です」

「ふふっ、恥ずかしいなら無理に言わなくていいのに。……分かってるから」

「流石にそういうわけにはいかないって。クリスが言ったのに、俺が言わないのはダメだろ」


 確かに恥ずかしいけど。でも、この恥ずかしいのもまた恋愛の一部、だと思う……多分。とかなんとか思ってると――


「……食べる?」

「いいの?」

「うんっ! こんなに美味しいのに、私だけで独占するなんて勿体ないもん。……はいっ」


 一口分に切り分けられたアップルパイを、フォークに刺してこちらに差し出すクリス。いや、その、それってまさか……。


「……直接食べろ、と?」

「うんっ。こういうの、恋人同士の醍醐味でしょ? まあ、ちょっと恥ずかしいけど。でもまあ、誰が見てる訳でもないし」

「……ま、まあいいけど」


 観念して口を開ける。……ま、まあ、こういうのに憧れがないと言えば嘘になるし。


「はい、あーん、っと」

「……ありがとうございます」


 何故か敬語になりつつも一口。


「……どう? 美味しいでしょ?」

「あー、うん。……美味しい、かな」


 正直、まったく味は分からなかったです、はい。


 *


「んーっ! 楽しかったねあっくん!」

「……ちょっと疲れたけどね」

「もうっ、あっくんはやっぱり体力ないなぁ」


 お土産の購入まで済ませ、待ち合わせ場所の商店街の入り口まで戻ってきた。クリスの言う通りもちろん楽しかったけど、精神的疲労が半端ない。……主に最後のあの「あーん」のせいで。


「帰ったらさ、あんまりデートとかできないから。今日ちゃんとデートできて良かった、かな」

「……だな」


 ――そっか。すっかり忘れてたけど、別に俺とクリスの間の「お嬢様と従者」の関係が無くなった訳じゃない。だから、家に帰ってしまえば中々家の外でこういうことはできない。俺も仕事があるし、なによりもし星之宮家と面識のある家の人に見つかったりしたら大ごとだからだ。


「……そう言えば、さ」

「ん? なに、あっくん?」


 少し暗くなってしまった空気を戻すため、ちょっと気になってたことを聞いてみることにした。


「……その、“あっくん“って呼び方だけどさ」

「あー、やっぱり嫌だった?」

「いや、そういう訳じゃないけど。あの花火大会の時に、恥ずかしいから他の人の前じゃ呼ばないって言ってたけどさ。……もう大丈夫なの?」


 割と普通にスルーしてたけど、今はもうイネスさんや八橋さんの前でも普通に“あっくん”呼びだ。俺としては別に嫌ってわけではないし、いいんだけど。……まあ、恥ずかしさがない訳じゃないけど。


「ああ、そういうこと? ……まあ、ちょっと恥ずかしいけど。でも、やっぱり彼氏の呼び名だし……ね?」

「こだわりたい、ってこと?」

「そーいうことっ」


 少し恥ずかしそうに頬を染めながら、握る手の力を強めるクリス。


 ――どうか、これからもずっと恋人でいられますように


 そんな願いを込めながら、俺もまた握る手に力を込め握り返すのだった。


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