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星明りの下、君への贈りもの

「……あれ、あっくん。どうしたの?」

「いや、その……。ちょっとね」

「なにそれ。――変なあっくん」


 カレーを作った日の夜。雨あがりのバルコニーで涼んでいたクリスにそっと近づき、声を掛ける。昼間あれだけ降っていた雨もすっかり上がり、今は雲間から星が煌めいている。予報によれば、明日には完全に晴れるらしい。


「昼間はごめんね、手間取らせちゃって。大変だったでしょ?」

「まあ、ラクではなかったけど。でも別に大変ではなかったよ、むしろ楽しかった」


 そりゃ一人でやった方がラクだったとは思うけど。でも、ラクなのと、楽しいのは違う。いつも通りに俺一人で作っても、別に楽しくはなかっただろうし。そういう意味では、むしろクリスと二人で作業できてよかったくらいだ。


「なら、良かった……かな。――それで、なんの用事だったの?」

「あー、えっと、その、あの……」


 いざ本題に入ろうとすると途端に言葉が出なくなる自分が恨めしい。ほら、もうちょっと頑張れ俺。このまま「いやー、実は特になにもないんだよねアハハ」とか言ったらいくら何でもカッコ悪すぎるぞ。


「えっと……。ちょっと、渡したいものがあってさ」

「私に?」

「う、うん」


 言いながら、右手に持っていた紙袋を差し出す。


「こ、これ。……どうぞ」

「ふふっ、ガッチガチじゃん。……ありがと、開けていい?」

「もちろん、いいよ。……そんなに大したものじゃないけど。でも、クリスが喜びそうなものを選んだ……つもり」

「あはは、気にしないでいいのに。……私は、あっくんが気持ちを込めてくれてるんなら、なんでも嬉しいよ」


 言いながら、紙袋からプレゼントの品を取り出す。クリスの右手には細長いケースが一つ。


「これ、ネックレス……かな?」

「そう。……はっきり言って安物だし、あんまりつける機会はないかも。でも、その……似合う、とは思う」


 流石に他のお金持ちの方が参加するようなパーティーには使えないだろうからなぁ……。ああいうとこは、身に着けてる物の価値一つでその家の未来が決まると言っても過言ではないような恐ろしいところだし。


 クリスがケースをゆっくり開ける。……無意識に唾を飲み込む。下手したらこの前の告白の時以上に緊張してるかもしれない。


「これ、くま、さん……?」

「……昔、好きだったな、って思ってさ。……どうかな?」


 クリスが今言った通り、ネックレスの先端には可愛らしいテディベアがついている。……少し子供っぽいかな、とも思ったけれど、クリスの反応は果たしてどうだろうか――


「……うっ、うぅ……」

「ク、クリス……?」


 ……泣き始めてしまった。これは、その……やってしまったのか?


「ご、ごめん。……嬉しいの……ホントに……。嬉しくって……泣いちゃった、はは」

「……よかった……」


 本当に良かった。涙ながらにはにかむような笑顔を見せてくれたクリスを見た途端、不意に視界がかすむ。……どうやら俺も釣られて泣いているみたいだ。


「ははっ、あっくんも泣いてんじゃん。……私たち、泣いてばっかりだね」

「いいだろ、別に……。全部嬉し涙なんだから」

「まあ、そうだね。改めてありがと、あっくん。――ねね、付けてくれない?」

「……え、マジ?」

「マジマジ。……ダメ?」


 なんか、思ってなかった方向に話が飛んでしまった……。ただ、純粋な期待の眼差しを向けてくれるクリスを見ると、それを裏切る訳にもいかない。


「……わ、分かった。ほら、後ろ向いて」

「はーい。ふふっ、そっとつけてね? ヘンなとこ触ったらダメだよ?」

「……そっとするし、そんなとこ触らないよ」


 ヘンなとこ、って……。いや、ネタで言ってるんだろうけどね? それでも、誤解はされたくない。


「……別に、ちょっとくらいなら触ってもいいのに」

「――クリスお嬢様?」

「……むぅ。ここでとっさに従者モードでたしなめる辺り、成長したよねー、ホント。昔だったらアタフタしてたでしょ、絶対」

「いつまでも振り回されてばかりという訳にもいきませんので」


 俺だっていつまでも子供じゃないのだ。……いや、心臓はバックバク鳴ってるけど。でも、流石にそれをクリスに悟られたくはない。


「……ほら、出来た」

「おー、ありがとあっくん! ねね、どう? 似合う?」


 クルっと向き直ったクリス。その胸元では、小さなテディベアがキラキラと輝いている。


「うん。すごい似合ってる。……よかった」

「そんなに緊張しなくていいのに。うん、これ可愛いね、ホント。ありがとっ、あっくん!」


 弾けるような笑顔で喜んでいるクリスを見て、ようやくホッと一息吐けた。……よかった、本当に。


「――そういえばさ。これ、いつの間に買ったの? 今日じゃないでしょ?」

「昨日、八橋さんと駅前のアウトレットに行った時に。八橋さんも手伝ってくれたんだ」

「……そっか。じゃ、ほたるちゃんにもお礼しなきゃね」


 今、返答まで少し間があったけど、なんだったんだろう……?


 *


「ほたるちゃん、まだ起きてる?」

「はい、起きてますよー?」


 返答を聞いてからほたるちゃんの寝室のドアを開ける。……流石に寝る直前だったみたいで、ほたるちゃんは既にベッドに寝転んでいた。


「センパイ、どうしました? ――お、それ。似合ってますよ、センパイ」

「ありがと。もう気づくとは、流石ほたるちゃん。……その、ごめんね」


 私の謝罪を聞いて、ほたるちゃんはすぐに、あははっ、と大きく笑った。


「気にしないでくださいよ、もうっ。……アタシ、お二人のことは本気で応援してるんですから。ちょっとした恩返しですよ、これくらい」

「……そっか」


 それ以上、言えなかった。というか、なにも言ってはいけない。……少なくとも、私になにか言う資格は、ない。


「そうですよ。――おやすみなさい、センパイ。合宿も明日で最終日なんですから、今度こそは目一杯撮りまくりますよっ!」

「うん、そうだねっ。――おやすみ、ほたるちゃん」


 部屋を出て、ドアを閉める。――ほぼ同時に、一筋の涙が目から零れ落ちた。


「ありがと、ほたるちゃん」


 私たちのことを、こんなにも思ってくれる人がいる。……これは、なにがなんでも幸せにならないとね。皆の期待と、応援を無駄にしない為にも。

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