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告白と、決意と、涙

「いやー、真っ暗ですね!」

「……ちょっと時間かけすぎたな」


 時刻は20時半。いくら日の入りの遅い真夏と言えど、流石にもう真っ暗だ。


「クリスセンパイたちにはさっき電話入れておきましたよ。流石に少し心配してました」

「あ、ごめん。……いつのまに」

「センパイがお会計の為にレジに並んでる時にです。にしても、いいの見つかってよかったですね、ホント」


 俺の手には一つの紙袋。……ついさっき、アウトレットモールで買ってきたものだ。クリスへのプレゼント――いままでありがとうと、これからもよろしくの気持ちを込めた贈り物。


「助かったよ、八橋さん。俺だけじゃ良いの選べなかったと思うから、居てくれて助かった」

「いえいえ! そもそもアタシが提案したんですし、付き合うのは当然です」


 えっへん、と胸を反らしながら自慢げな顔をする八橋さん。……なんだろう、気のせいかもしれないけれど、少しだけ無理をしているように見えるというか……虚勢を張っているように見える。


「えっと、八橋、さん……?」

「……はぁ、センパイってたまーに鋭くなりますよね、ホント」


 こちらからわざと目を逸らしてから大きなため息を一つ。……その後俺の方に向き直った八橋さんの目は、微かに、でも確かに潤んでいた。


「――センパイ。アタシに少しだけ、時間をくれませんか? 言いたいことがあるんです」


 その表情には、見覚えがあった。……およそひと月前。俺の部屋に忍び込んできた時の、あの表情だ。


「……うん。いいよ」

「ふふっ、センパイは本当に優しいですね。優しくしちゃダメって言ったのに。……でも、ありがとうございます」


 *


「ここなら大丈夫ですかね」


 駅前から歩くこと数分。八橋さんがふと立ち止まる。ここは早朝立ち寄った公園にある、小さな神社……の裏手。誰も近寄らない、人から身を隠すには打って付けな場所。こんな場所を選ぶって、八橋さんは一体何を言うつもりなんだろう……。


「……まあ、その。大体想像ついてるとは思いますけど」


 八橋さんはそう前置きして、深く深呼吸をした。……正直言ってまったく内容は想像ついてない。けど、八橋さんのその鬼気迫る表情から、とても大事なことなのは分かる。


「やっぱりアタシ、センパイのこと好きです。……分かってますよ、叶わない想いだってことも、センパイの迷惑にしかならないってことも」


 ポツリ、ポツリとゆっくり、でもしっかりと言葉を紡ぐ。


「それにアタシじゃ、本当の意味でセンパイを幸せにはしてあげれないですから。……だから、センパイがクリスセンパイと恋人になったことは本当の本当に嬉しいんです」


 涙で顔中ぐちゃぐちゃにしながら、それでも言葉は止まらない。


「だって、アタシとより、クリスセンパイと恋人になる方が、センパイにとって幸せなのは間違いないですから。だから、アタシはお二人の仲を心から祝福してますし、ずっと応援してます」


 そこで一瞬、八橋さんが俯く。なにかを躊躇うように。……でも、すぐに顔は上がった。


「――でも、でもっ! アタシやっぱり悔しいんですっ、悲しいんですっ! アタシだって、本当に、本気で、センパイのこと大好きなんですっ……、なのに、なんでっ……」


 絶叫、としか表現できない叫びだった。


「……八橋さん……」

「……センパイ、さっき言ったこと、思い出してくださいね。……センパイが今優しくすべき相手は、アタシじゃないですよ」


 その一言で、今日何度か言われた言葉が頭の中で反芻される。


 ――あんまりクリスセンパイ以外の女の子に優しくしちゃダメですよ。


「……ごめん」

「……それでいいんです、センパイ。今に限っては、優しくされる方が辛いですから。――それに」


 八橋さんの表情が、決意に満ちる。さっきまでとは違う、自信に満ちた笑顔を浮かべながら。


「それにアタシ、もう大丈夫です。……そりゃ、すぐには忘れられないですけどね。でも、今日でいっぱい思い出を作れましたから。だから、少なくとも未練はないです。――なのでっ! 前も言いましたけど、これからも今までどおり仲良くしてくださいっ! ……これが、アタシからの最後のお願いです」


 そこまで一息に言いきった後、勢いよくペコリとお辞儀する。


「これからも、よろしくお願いします!」


 顔を上げた八橋さんの表情は、すっきりとした笑顔だった。


「――うん。これからもよろしく、八橋さん」

「……はいっ! ――さっ、帰りましょ、センパイ。クリスセンパイたち心配してますし、急ぎますよっ」


 *


「イネスセンパイ~!」


 別荘に戻って晃センパイと解散したアタシは、涙を必死でこらえながらイネスセンパイの部屋に直行した。


「まったく、アキラに聞こえますわよ。――大丈夫でしたか?」

「はい、すっごい楽しかったです! ……それに、キチンと言いたいこと言えました。センパイのおかげです」


 昨日の作戦会議がなかったら絶対失敗してた。一日中付き合ってくれたイネスセンパイのおかげだ。


「ワタクシは少し手助けしただけですわ。……ほら、こっちに来なさいな。我慢してるつもりかもしれませんが、今のあなた、すごい顔してますわよ」

「……へ?」


 気になってつい顔をペタペタ触る。あれ、なんでこんなにびしょびしょなんだろう……? おかしいな、涙はさっきちゃんと拭いたはずなのに。


「よく頑張りましたわ。……ほら、好きなだけ泣きなさいな。これなら、アキラやクリスには聞こえませんから」


 そう言いながら優しく抱きしめるイネスセンパイ。……限界だった。今の今までずっと耐えてきた涙が、堰を切ったように溢れてきた。


 ……今だけは、泣いても、いい、よね?


「ふふっ、特別ですわよ」


 ――どうか、明日には綺麗に笑えてますように。


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