ほたるとデート②
時刻は午後1時頃。場所を移して駅前のアウトレットモールに移動した俺らは、モールの一角にあるカフェでゆっくりと昼食を取っていた。
「んー、美味しいー!」
満面の笑みで食後のチョコケーキを頬張る八橋さん。……女の子って、スイーツ食べてる時は本当に幸せそうな顔するよなぁ。とか思いながらついつい八橋さんの表情を観察していると――
「……なに見てるんです? ひょっとして、顔になんかついてたりしますか?」
気づかれた。……別にやましい理由で見ていた訳じゃないけど、ちょっと申し訳なくなる。
「い、いや別に。……いい笑顔してるなー、と思って」
ちょっと迷ったけど、正直に理由を言うことにした。取り繕ってもいいことないし、こんなことで嘘つくのも変な話だし。……ただ、俺のこの発言を聞いた八橋さんは途端に顔を真っ赤にし、アワアワ焦りながら手で顔をあおぎ始めた。
「へっ、へぇっ!? ちょ、ちょっとなに言ってるんですかセセンパイ!? 」
「あっ、いやっ、その……。ごめん、そんなに驚くとは思ってなかった……」
俺の謝罪を聞いて、今度は途端に呆れ顔になる八橋さん。
「はぁ……。変わらないですねセンパイは。もうセンパイには立派に彼女さんがいるんですから、それ以外の女の子にそういう褒め言葉を気軽に言っちゃダメですよ?」
「……そういうものなの?」
「そういうもんです。誰彼構わずその気にさせるような言動しちゃダメなんです。……そのうち刺されますよ」
刺されるって大げさな……。でもまあ、忠告はしっかり聞いておこう。俺がその辺の知識に疎いのは間違いない訳だし。
「ま、ありがとうございますとは言っときます。……嬉しかったのは事実ですから」
真っ赤な顔で、でも冷静を装いながら再びチョコケーキを食べ始めた八橋さん。……だが、俺は見逃さなかった。八橋さんが机の下で左手の拳を小さくグッと握りしめ、ガッツポーズをしていたことを。
*
「さてっ、腹ごしらえも終わりましたし、あとはここで皆へのお土産でも買いましょうか」
という訳でアウトレットモール内をしばし散策。……にしても滅茶苦茶広いな、ここ。ちゃんと見る場所を決めてからじゃないととても散策しきれなさそうだ。
「……クリスには何がいいかな」
「それはアタシより晃センパイの方が詳しいんじゃないです?」
「どうかなぁ……。小学校の頃の好みならわかるけど、最近のはあんまり……」
そういう話はほとんどしてないのでマジで全然分からない。こうなるなら事前に聞いておくんだった。……何がいいんだろうか。相当な甘党だし、やっぱりスイーツ系かな。
「小学校の頃のクリスセンパイの好みってどんなのなんです?」
興味津々という様子で八橋さんが聞いてきた。
「普通に、可愛いぬいぐるみとかだったよ。誕生日には毎年色んなぬいぐるみを贈ってたっけ。……後はとにかく甘いものとかかな」
「へぇ、やっぱりクリスセンパイも普通の女の子なんですねー。ちょっとホッとしました」
「ホッと、って……。どんなだと思ってたの……」
「うーん。すっごいお金持ちっぽい好みかと。だってあんなにお嬢様モードがサマになってるんですもん。昔っからそういう一面があったのかと」
まあ、それには同意するけどね……。でも、昔は全くそんな様子はなかったのは本当だ。だからこそ再会した時にもすぐにはクリスだと気づけなかった訳だし。
「せっかくですし、ちょっと奮発してみたらどうです? ほら、指輪とか、ネックレスとか。……まあ、お土産っていうよりプレゼントになっちゃいますけど」
「うーん、それはどうなんだろう……。俺が買えるレベルのものより何倍もいいやつをもう持ってるだろうし……」
俺がプレゼントしたやつを身に着ける機会もあまりないだろうし。学校では校則的にムリだし、出かける際やパーティーの時なんかだと周りのお金持ちの人たちに“なんであんな安物を”とか思われかねないし。
「バカですねぇセンパイ。そういう問題じゃないですよ、こういうのは。金額とか関係なしに、贈る相手のことをどれだけ想いながら選んだかが大事なんですよ。……少なくとも、アタシはそう思います」
「そういうものか……」
「そういうもんだと思いますよ。まあ、一切使う機会がないもの贈っても確かに困りますけど。でも、ちゃんと使うタイミングならあるじゃないですか」
「あるっけ……?」
再度考えてみるけれど、まったくもって思い当たらない。そんな都合のいいタイミングなんてあったっけ……?
「ええ。――センパイとのデートです。ちゃんと似合うものを贈ることが出来てれば、つけて来てくれると思いますよ?」
「なるほど。……ちょっと頑張って探してみようかな」
「ええ、ぜひそうしてあげてください。アタシも手伝いますから」
屈託のない笑顔でそう言ってくれる……のは嬉しいしありがたいんだけど……。ちょっと気になることがある。
「……その、答えにくかったら、別にいいんだけどさ」
「どうしました?」
「今日は、その、一応はデートなんだよね? だったら、クリスへのプレゼント選びとかは、本当は嫌だったり、って思ってさ……」
あくまでもこれは俺と八橋さんのデート。いくら俺の恋人がクリスだからって、あんまりクリスのことばかり話題にするのもどうなんだろうか……、と思って聞いてみたんだけど、八橋さんは聞くやいなやまたも呆れ顔になってしまった。
「はぁ……。ほんと、ほんっとそういうとこですよセンパイ。このままだとマジで近いうちに刺されますからね。さっきも言いましたけど、あんまりクリスセンパイ以外の女性に優しくしちゃダメですよ。……だから、アタシのことはあまり気にしないでください。あんまり優しくされると、その……勘違いしちゃいます」
八橋さんはそうひとしきりまくしたてた後、急にあはは……と乾いた笑顔に変わり、こう続けた。
「ま、このデートに付き合わせてるアタシがこんなこと言えた立場じゃないのは分かってますけどね。……ほらっ、行きますよっ! もう夕方まであんまり時間ないんですからねっ!」
八橋さんが走りだす。俺から顔を隠すように、やけに急いで。……やっぱり、八橋さんはいい子だな。うん、せっかくの厚意なんだし、受け取らない方が失礼ってものかもしれない。
「分かったって、行くからちょっと待って……」
「あははっ、センパイはやくはやくー!」
真夏の太陽の下で、年甲斐もなく追いかけっこする俺と八橋さん。……来てよかったな、本当に。そう思わずにはいられないくらい、楽しいひと時だった。




