ほたるとデート①
「あ、おはようございまう、センパイィ……。ふわぁ……」
「おはよ、八橋さん。……ねむい?」
「あんまり寝れなくて……。大丈夫ですぅ、もうちょっとで目ぇ覚めると思うので……。ふわぁ……」
朝四時。昨日の約束通り、きっちり目を覚ましてから別荘の玄関に来たんだけど……どうやら八橋さんはまだまだ眠たそうな様子。というか、寝不足なのかな?
「あんまり寝れなかった、って……。大丈夫? ひょっとして体調不良とか……」
「……鈍感ですねセンパイはもう。楽しみすぎて寝れなかったんですよ。まあ、緊張もありましたけど」
「……あー、なるほど」
俺もついこの前に同じような状態になったので、とても共感できる理由だ。かくいう俺の今日の体調はと言うと、普段通りの睡眠を取れたこともあり特に問題なしだ。もちろん楽しみじゃなかった訳じゃない……けど、八橋さんの方が俺より楽しみにしてたのは間違いないだろう。……なんか、少し申し訳ない。
「ふふっ。その顔、なに考えてるかは大体わかりましたよ。……あんまり気に病まないでください。そもそもアタシのワガママに付き合ってもらってるんですし。センパイは気楽に楽しんでください」
「あぁ、うん……努力してみるよ」
「ま、アタシのこと色々考えてくれるのは嬉しいんですけどね。でも、今日は純粋に楽しみましょうっ! アタシもそうしたいから誘ったんですし」
どうやら、今のやり取りをしてる間に八橋さんの眠気も取れたみたいで、すっかりいつも通りのテンションだ。
「そういえば、デートはどこに行こうか? 一応、昨日寝る前に考えてはみたんだけど、イマイチ思いつかなくって……」
「はぁ……。センパイもまだまだですねぇ。今度クリスセンパイとデートするときに困りますよ?」
「確かに……こういうの今まで考えたことなかったから難しいな」
クリスとならどこに行っても楽しそうだとは思うけど、やっぱりデートなんだしちゃんと考えなきゃダメだよなぁ。ただ、全然できる気がしないなぁ……。
「ま、今日のデートコースは昨日のうちにイネスセンパイと考えておいたんでご心配なく。せっかくなんで今後の参考にしてください」
「そうさせてもらうよ……」
まだデート開始前にも関わらず完全に八橋さんのペースだ。仮にも俺の方がセンパイなのに……。まあ、なにはともあれ、楽しい一日になればいいな。
*
「おー、この時間でもぽつぽつ人いますねー」
「だね。まだ6時前なのに」
とりあえず別荘で簡単な朝食だけ済ませてから近くの公園へ。ここは一昨日の花火大会の会場でもあった場所だ。昨日までは出店が出てたりしたみたいだけど、今はもう全部綺麗に撤収済みだ。一昨日の喧噪が嘘のように静かで落ち着いた雰囲気だ。神社に併設されているせいもあってか、いっそ荘厳な気配すら感じるくらいだ。
「木がいっぱいなんで、結構涼しいですね」
「……ここまで来るのは結構暑かったもんね」
それでも都会のコンクリートジャングルに比べれば圧倒的にマシではあるレベルだったけど。でもしかしこの公園内はまるで一足先に秋になっているのかというくらいに涼しい。もう一着上着が欲しいくらいだ。
「さてっ、ぐるっと一回りしたら駅の方に行きますよっ!」
「駅の方って……、確か大きいショッピングセンターがあったっけ」
軽井沢駅のすぐ隣には超巨大なアウトレットモールがあるのだ。八橋さん、そこで買い物デートをするつもりなのかな?
「あー、それも確かにありますけど。目的はバスです。ちょっと行きたいとこがあるんです」
「バス……どこか遠くにいくつもり?」
「いやいや、せいぜい30分前後ですよ。……白糸の滝って知ってます?」
――白糸の滝。観光ブックの受け売り程度の知識しかないけど、軽井沢にあるそれはかなりの幅があってさながらステージのようなんだとか。俺自身は実際に行ったことはないけど、かなりの人気スポットらしい。
「そこに行くの?」
「はいっ! ここ、この合宿が決まったときからずっと行きたいと思ってたんです! いい写真も撮れそうだし、なによりすっごい涼しそうですし!」
すごいテンションだ。さっきまで眠そうにあくびをこらえてた人と同一人物とは思えない。
「だね。俺、あんまり写真撮れてないし、ここで何枚か撮ってみようかな」
「センパイ、一昨日は花火そっちのけで追いかけっこしてましたし、昨日も一日お勉強してたんですもんね。……センパイ、これ一応写真部の合宿なんですし、もうちょっと写真部らしいことしましょうよ」
「……まったくもっておっしゃる通りです」
反論できずガクッと項垂れる俺。だって俺、まだ一枚も写真撮ってないんだもの……。
*
「……すごいですね」
「うん。……ここまでだとは」
言葉がうまく出てこない。それくらいの圧倒的な衝撃を受けた。
ここが目的地である白糸の滝。その正面で立ち尽くす俺と八橋さん。これでも滝としては特別大きなものではないらしいんだけど……とてもそんな気がしないくらいの迫力と存在感がある。
「アタシ、今まであんまり滝とか見に行ったことなかったんですけど、すごい後悔してます。……こんなにすごいんですね」
「だね……。迫力もすごいし、水しぶきがここまで来るとは思ってなかったし」
と、こんな調子でひとしきり放心してから、いそいそと目的である写真撮影を行う。……でも正直、俺の撮った写真でこの場所の凄さを切り取れてる気は全くしなかった。
「どうでしたか? いい写真は撮れましたか?」
「うーん、どうだろ……。八橋さんはどうだった? ……楽しめたかな?」
このデートの目的は、まだあんまり分からないけど。でも、八橋さん自身が楽しむことが大事なのは確かだ。楽しんでくれてたらいいんだけど……。
「はいっ。元々想定してた楽しみ方じゃなかったですけどね。……センパイと来れてよかったです」
「ならよかったよ。俺も楽しかったし、感動した。……いい思い出になりそうだよ」
……今の俺の発言を聞いた八橋さんが涙ぐんでいるように見えるのは、気のせい、かな……? そんな顔をさせるようなこと言ったつもりはなかったんだけどな……。
「――さてっ! それじゃあ一旦駅まで戻りましょうか。まだまだデートは始まったばっかりですからね。もっともっと色んなところに振り回すので、覚悟してくださいねっ!」
*
――いい思い出になりそうだよ
晃センパイの何気ない一言。……でも、なにより嬉しかった一言。だって、このデートの目的はまさに、“二人だけの思い出を作ること”だから。
「一昔前のアタシから“嫉妬乙”って突っ込まれそうですね、ははっ」
バスの中で、晃センパイに聞こえないように小さく自嘲気味に呟く。
……あと何個、“二人だけの思い出”を作れるかな。




