アタシとデートしてください!
「……つまり、せっかく一日中二人っきりにして差し上げたのにも関わらず、特にこれといって恋人らしいことは何もしなかった、ということですか?」
「あはは……まあ、そうなる、かな?」
「まったく、この二人は恋人になってからもこの調子なんですね……。まあ、あなた方らしいとは思いますけれども」
一日の終わりに、イネスさんの作った夕食を囲みながら今日一日の活動報告をする俺たち。……確かに、今日はおばさんが帰ってからは二人で淡々と宿題をこなしただけで、特に恋人っぽいはしていない。イネスさんと八橋さんはどうやら意図的に二人きりにしてくれてたみたいだし、なにかした方が良かったかな。……でも、恋人っぽいことって、なんなんだろう?
「でも結構楽しかったよね、二人でただ宿題してるのも」
「まあ、そうかな。……あんまり集中できなかったけど」
「あー、それは私もかも。ついついあっくんのこと見つめちゃったりして」
「……俺も、目の前にクリスがいると思うと、ちょっと気になって……」
そんなことを話していると、ふとクリスと目が合ってしまった。でも、すぐにお互い顔を赤くして目をそらしてしまった。……恋人という立場になってから、なんだかこういうことでの気恥ずかしさが前より増してしまった気がする。
「イネスセンパイ。どうやら、十分に恋人っぽいことしてたみたいですね」
「ですね。自覚がない辺りがとてもこの二人らしいですわ」
「?」
「?」
イネスさんと八橋さんの意味深な会話に首を傾げる俺とクリス。……なんの話をしてるんだろう?
*
「ふーっ、ごちそうさま。美味しかったー!」
「お粗末様ですわ。お口にあったようでなによりです」
夕食も食べ終わって、あとはもう寝るだけ。……なんだけど、見たところ八橋さんの様子が少し変だ。なんだか緊張しているように見えるけど、どうしちゃったんだろう……?
「さて、と。……ホタル?」
「……あー、その。今日は勉強しかしてなかったみたいですし、やっぱりまた今度にした方が――」
「なにを腑抜けたことを言ってるのですか。下手に気遣う必要はないと言ったでしょうに」
見ているとイネスさんとなにやらよく分からない会話をし始めた。……なんか、八橋さんをイネスさんが焚き付けてるように見えるけど、なにをしようとしてるんだ?
「分かりましたよセンパイ。……聞くだけ聞いてみますよ」
「ええ。……大丈夫ですわ。ワタクシがついていますから」
……そこまでやり取りした所で、八橋さんが俺の方に向き直った。えっと、なんでしょう……? なんだか、告白してきた時みたいにガチガチで、真っ赤になってるけど……。
「あ、晃センパイッ!!」
「は、はいっ!?」
びっくりした。とんでもない声量だった。
「あ、ごめんなさい、つい。……えっと、その。もし、もしよければ、その……明日、アタシとデートしてくれませんかっ?」
「……はい?」
「……え?」
俺とクリスの裏返った声が揃う。……えっと、今、デートって言った?
「え、ええっと……デートって、あの、主に恋人同士がする、アレのこと……?」
「そっ、そうです。その、主に恋人同士がする、アレです……」
……俺に浮気しろと? いや、いくらなんでも八橋さんがそんなこと、しかもクリスの目の前でお願いしてくる訳ないか。……じゃあ、なんでいきなり?
「……あー、なるほどね。――ねぇ、あっくん。私からもお願い。明日は一日ほたるちゃんとデートしてあげて?」
どうやらクリスは八橋さんの言葉の真意が分かっている様子。……それでも、まさかクリスからもお願いされるとは思ってなかったけど。
「クリスセンパイ……その、いいんですか? いや、自分から言っといてアレですけど……」
「うん。なんとなく理由は分かったしね。……でも、寝取ったりしたらダメだからね」
「寝取っ……んなことしませんよっ! 安心してくださいっ!」
「……あははっ、ほたるちゃん顔真っ赤だー。大丈夫、分かってるから。でも、貸し一つだよ」
「もちろんです。後で利子たっぷりつけて返します」
なんか、女子二人で通じ合ってる。うーん、そこはかとない疎外感を感じる……。
「えっと、つまり、デートしたほうがいい、ってこと?」
「私はそうして欲しい、かな。……その方があっくんの為にもなると思うし」
「……アタシ的には、それについては晃センパイに任せます。嫌々してもらっても意味ないですし」
判断を任されてしまった。……どうしよう。もちろん俺はクリスのことが好きな訳だし、そもそも恋人同士だ。だから、普通は断るべきなんだろう。でも、そのクリスから直々に「デートしてあげて」とお願いされてる訳で……。
「ワタクシからも、お願い致しますわ。……ホタルに、一日だけ時間をくださいな」
イネスさんからまでもお願いされてしまった。……うん、そうしよう。それが多分一番いいはずだ。
「……うん。分かったよ。明日デートしよう、八橋さん」
「いっ、いいんですかっ!? ……やった,やったーっ!!」
俺の一言を聞いた途端、子供みたいにピョンピョン跳ねながら喜び始めた八橋さん。……それを見ただけで、OKと返事してよかったなと実感する。やっぱり、可愛い後輩の落ち込んだ顔は見たくないし。
「じゃあ、明日の朝4時に玄関に来てくださいっ! それではアタシは準備がありますので失礼しますおやすみなさいっ!!」
「4時っ!?」
いくら俺も八橋さんも早起きだといっても、それは流石に早すぎるよ……。
*
あっくんがお風呂に行って、リビングには私とイネスだけ。ふと、イネスが私にむかってペコリと頭を下げてきた。
「ごめんなさい、クリス。まだ付き合い始めたばかりなのに、このようなことになってしまって」
「やっぱりイネスの差し金だったかぁ。……まあ、いいっていいって。私のせいでもあるんだし」
多分だけど、私とあっくんが正式にお付き合いすることになったのが一番の原因だろうしね。
「それはちょっと違うと思いますけれど。あくまでもホタルの心の内の問題ですから。……さて、これでキチンと吹っ切れるといいんですけれど」
「大丈夫じゃないかな。なにせ、私の自慢の後輩だからねっ!」
どっちかというと問題はあっくんの方かなぁ……。まだあんまり分かってないみたいだし。これは、ほたるちゃんの手腕次第かな?
「頑張れ、ほたるちゃん」
私に応援する資格はない気がするけれど。それでも、そう応援せずにはいられなかった。




